~豊かな教材からレッスンの可能性を引き出す~
ピティナ相模原支部による、丸山京子先生のセミナーが、10月1日に橋本で行われました。
丸山先生は、現在日本で使われているメソッド全般を長年にわたって研究されてきました。会場には、日本で現在手に入るほぼすべてのメソッドが牛久保ピアノさんによって用意され、一直線にずらりと並べられており、丸山先生はそれらを次々に手に取りながらお話されていきました。
まず、バイエルやメトードローズのあとに使われ始めた新しいメソッドは、アメリカ、ヨーロッパ、日本の3つに大きく分けられるというお話がありました。
丸山先生は、ペースメソッドから勉強を始め、現在はバスティンを中心にさまざまな教材を取り入れているということです。20代のころアメリカ・コロンビア大学のティーチャーズ・カレッジで開講されていたサマースクールにて、ロバート・ペース先生からペース・メソッドを学びました。
そこで知ったのは、ただピアノを弾くのではなく、楽譜・耳・想像力・創造性など、さまざまな角度から生徒を育てる「総合音楽学習」という考え方でした。ピアジェやブルーナーなどの心理学の成果を取り入れ、一直線に伸びるというよりは、らせん階段をのぼるように、スパイラルに音楽家としての成長を目指そうという合理的な考え方が、アメリカのメソッドの背景にあったのです。。
アメリカの多くのメソッドは、どれもこうした「総合音楽学習」の考え方をベースにしており、ペース先生のもとで、あのバスティン先生も学ばれていたということでした。丸山先生はISME(国際音楽教育協会)の分科会などにも参加し、さまざまな教本を研究しようという意欲をますます強く持つようになりました。
総合的なアプローチをとるアメリカの教本に対して、ヨーロッパの教本では、ひとつのことを徹底的にやっていく考え方が見られるそうです。絶版になっていますが、ロシアの代表的なメソッド教本として、ニコラーエフの「ピアノ演奏基礎教法本」では、聴いてまねて弾く「聴奏」や、3の指から弾かせることで、レガートを徹底しています。ロシア系教本:ウクライナ共和国児童音楽学校の教材として書かれた幼児のためのピアノ教本《導入書》1巻でも、3の指によるスラー奏法からスタートします。ハンガリーの「ピアノの学校」では、歌うことを非常に重要視しています。ドイツの「ツィーグラー」は、3の指からスタートして、聴くことを徹底し、「心の耳」を育てることを重視しています。フィンランドの「スオミ」は、絵を見て即興演奏させるなど、「イマジネーションを刺激するアイデアが素晴らしい」と紹介がありました。
日本のメソッドについては、色おんぷの「TANAKA20番」などにみられる創意工夫、「ミッフィーのピアノえほん」については、伴奏くんでデータを流しながら「ぷっぷー」と黒鍵を弾く楽しいアプローチについて紹介していました。またMiyoshiメソッドの第1巻の最初では、子どもはCの音だけを弾いていて、先生の弾く和声を聴くことに重点を置いている点などに触れていました。
丸山先生自身、これまでに多くのメソッドについて研究された結果、「メソッドの個性よりも、生徒の個性を優先させたメソッド選び」ということを強くおっしゃっていました。「ひとつのメソッドにあまりに凝り固まる必要はなく、シリーズの最後まで必ずしも使う必要はないのです」
そして、メソッド全体を見ていく際に、「相対的読譜」と「絶対的読譜」という考え方についてお話されました。五線ではなく、線が1本あって丸が上にあったり下にあるのを高いか低いか、見分けていくのが相対的読譜です。鍵盤の音が「高い」「低い」。紙の上にある丸の位置の上下。それらを「高い」「低い」という言葉で結びつけるのは、子どもにとっては難しいことなのです。
「高い」「低い」を識別する力を育てるため、丸山先生は、さまざまなグッズを活用していました。階段状になっている鉄琴や、金属でできたお菓子の箱ふたを材料に手作りしたマグネットボード、もちろん積み木なども使って、「どっちが高い?」「どっちが低い?」と生徒たちに問いかけているそうです。
これに対して「絶対的読譜」は、大譜表を見て、どこに何の音があるのか覚えて読もうという考え方をします。ト音記号はGから始まっていて、英語では「Gクレフ」ということ、ヘ音記号はFから始まっていて、Fの字がもとになってできていることその場所を覚えます。「2 - 3歳の子は、音符を読む必要はありません。しかし、4 - 5歳になってきたら教えていきます」「導入を終えてブルグミュラーの頃、基礎から応用になってくると、読譜力がないと弾けないということになってきます。レッスンの中では弾くだけでなく、楽譜を読む時間も必要です。弾く前には、生徒に必ず調と拍子を尋ねます」
こうしてさまざまなメソッドを使って、何を教えるかが大事になってきますが、それについても最後に丸山先生は触れていました。
「その子がピアノを離れるとき、どんな姿になっていて欲しいか。楽譜が読めて音楽がわかる人は、ピアノに戻ってきます。でも、悪い手の形が身についてしまったり、カタカナで音符にドレミを書いて音符を読まない習慣がついた生徒が他から移ってきたりすると 、直すのには大変な時間と労力がかかります。良い導入がなければよい基礎もないのです。そこを考えると、導入が、一番大事です。大事なことは、嫌味なく、しつこく言い続けます」
丸山先生がひとつひとつのメソッドを時間をかけて入念に研究してきた姿勢は感動的ですらありましたが、それはあくまで、目標に向かうための手段でありプロセスなのです。ひとつのメソッドにはまりこんでしまうことや、メソッドの普及を目標にしてしまうことなく、どんな生徒を育てたいのかという最終的な目標を常に意識しながら進んでいく、そうした姿勢は、ぜひすべてのピアノ指導者と共有していきたいと感じました。
今回はメソッドについての体系的な知識、読譜についての視点などのポイントをおさえた講座でしたが、機会があれば、ぜひメソッドだけの話で数回に分けた講座、読譜指導についての講座など、テーマを絞ってさらに詳しくお話を聞きたい、そんな思いの残る充実した2時間となりました。、