11月から始まった中井正子先生の公開講座「ピアノテクニックシリーズ」Part2の全5回のうち、第4回をレポートします。
モーツァルト、ショパン、リスト、ドビュッシーなどの作品に続き、この日の講座では、ラヴェルの「ソナチネ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「水の戯れ」をとりあげました。
中井先生はフランス音楽のスペシャリストとして知られています。中井先生が16歳でパリ国立高等音楽院に留学した1970年代には、イヴォンヌ・ロリオ先生をはじめとするラヴェルの時代のフランス音楽の伝統が、まだまだ色濃く残っていました。中井先生がショパン社から出版しているドビュッシーとラヴェルの校訂楽譜は、ペダリングや指づかい、フランス語の指示についての日本語訳など、これらの伝統に基づいています。
講座はまず「ソナチネ」の第1楽章から始まりました。フランスで勉強していたとき、「ラヴェルはクリスタルのような音で」と、中井先生はいつも言われていたそうです。そのために、主題は指先を硬くして、内声部とは音色を変えて弾くのだとか。「ドビュッシーだったらもっとやわらかい音になるんですね」といって、ラヴェルをドビュッシー風に弾いて下さったところは、実に面白いものでした。音階の7度音にあたる音が半音上がって導音になっていないために、「旋法」の響きになっている箇所なども、確認していきます。PPPが出てくる前のPはピアノだけれども、ある程度、音を出して、というお話もありました。ラヴェルは楽譜に強弱やテンポなど、非常にたくさんの情報を書いているので、楽譜に忠実に弾けば、ある程度音楽になりやすい、ということです。微妙なテンポのコントロールについても、楽譜の指示を確認しつつ、実際に演奏を聞きながら理解していくことができました。
「亡き王女のためのパヴァーヌ」では、中井先生が演奏する弦楽器のピチカートのような伴奏のタッチが、とにかく素晴らしいものでした。ラヴェルの時代にはロシア音楽がパリで流行していたので、この曲にはムソルグスキー風の半音階や、ボロディン風の部分が隠れているそうです。和音をアルペジオで弾くときに、「ぐちゃっとならないように。指の1本1本が責任をもって」と説明しながら弾いていた明晰なアルペジオと、音と音がくっついてしまった不明瞭なアルペジオの対比がとても印象的でした。
「水の戯れ」では、まず最初の右手の主題は、レガートではなく、フレージングなので、ひとつひとつの音をクリアーに弾くということです。さらに、フォルテのままウナ・コルダのペダルを踏む箇所があり、「ウナ・コルダは、音量を小さくするために使う場合もあるけれど、ここでは、エネルギーを保ったまま音色を変えるために使うので、フォルテで弾く」というお話がありました。この曲ではまさにクリスタルそのものか、または噴水かのように、ピアノの音がほんとうにきらきらと輝き、まぶしく感じられました。
五音音階や旋法、全音音階、形式などの作曲理論、そして曲想に応じたテンポや強弱のコントロール、音色やタッチの使い分け、それらが自然に一体となって、演奏と一緒に説明されていく様子は、セミナーならではの知的な刺激、そしてコンサートで美しい演奏に対して感じる満足感、その両方を満たしてくれるものでした。
最後にラヴェルの「小品集」から、あまり知られていないけれど、取り組みやすい「ボロディン風に」「シャブリエ風に」が演奏されました。参考としてボロディンの「だったん人の踊り」から、途中に出てくる有名なメロディの部分をオーケストラのCDで聴きました。ボロディンとラヴェルのつながり、こうして聴くと「なるほど」と納得です。
次回、カワイ表参道での中井先生の講座は3月28日、ドビュッシーの「小組曲」、フォーレの「ドリー」をとりあげる予定。また、5月からは、ドビュッシー生誕150周年にちなんで、ドビュッシーの講座を新たに始める予定があります。