【実施レポ】知られざるショパンの世界(関 孝弘先生)

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2010/03/19

blog_100308machida_seki.jpg2010年3月8日(月)スガナミ楽器町田店2Fハーモニーホールにて、演奏活動と研究のため、日本とイタリアの往復生活で名高い
実力派ピアニスト 関 孝弘先生をお招きし、 
「知られざるショパンの世界- イタリアの音を目指したショパン - 」
 の講座が開かれました。先生のお話に感動し、最後まで聞き入ることができました。

◆初めに、本日の目玉となる、2月に日本初出版される唯一の
珍しい連弾曲「四手のための変奏曲"ムーアの民謡風主題による"」は、ショパン16歳の作品で、1964年になって存在が明らかとなった楽譜です。(姉のルードヴィーガが未出版遺作目録に掲載した主題の冒頭4小節の楽譜と一致。) 本日ゲストに、まちだtriangleステーション(東京都町田支部)の中澤朋子先生との連弾が紹介されるなど、温かな先生のお人柄に好感もてる内容でのスタートでした。

ショパンが初めて7歳の時に作曲したポロネーズの演奏と解説に続き、
2曲目は11歳の- 変化・飛躍の時 - 、3曲目は16歳で作曲した「別れのポロネーズ」へと当時の背景が描かれて行きます。

19歳の時には2つの祖国を持つ亡命者となり、「音」を目指しますが、遺言に
「イタリアの大歌手を目指しなさい。あなたの指で拾いなさい。心の奥底の魂で弾きなさい・・・」と
残していたそうです。
ショパンが幼少の頃のワルシャワは文化が栄え、モーツァルトやイタリアのオペラ
-ロッシーニ、ベッリーニ、イタリア人の人間の声(アリア)を愛し聴きながら育った- 事から、
原点はイタリアであったと解明できました。

レガート奏法(リ・テヌート)を好むショパンにとって、苦手な作曲家は、ベルリオーズの「幻想交響曲」。もう一人は大作曲家のベートーヴェンであり、中でも「ソナタ12番」だけは愛した・・・という
お話から発展し、ベートヴェンは書物の数から哲学的存在に対し、ショパンは感覚人物であり、
遺品からも書物は3冊だけ。1冊はポーランドの辞典、もう1冊は旅行ガイドといった驚くべき
エピソードに思わず納得です。

世界でも未発表であった「遺作集」よりアレグレット&マズールの楽譜は1974年に存在が
認められたように、出版を好まなかったショパンにとって、当時の様子から紛失している
楽譜が多く、資料は少ない、とのことです。

遺作の中に cis moll のノクターン(19歳の時の作品)が入っていて、ショパンにとって、
亡命直前の「パガニーニの想い出」からピアノ演奏の原点を見つめることができました。
素敵な演奏と解説でした。ショパン愛好家の方には是非楽譜(作品)を手にとって戴く事が
お薦めです。
(Rep:ピティナ町田支部 島岡光子) 


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