このたび全音楽譜出版社より「ソナチネアルバム(初版および初期楽譜に基づく校訂版)」を出版された今井顕先生が、ピティナ・ピアノセミナーの講師に初登場です。"《なくて七癖、ピアニスト》「生き生きと」ってどうするの?"をテーマに、「ソナチネアルバム」を使用しながら、古典派の書法に関する知識を得ることによって、「楽譜を印刷されているとおり再現する訓練」から「考えながら弾く習慣」への転換をお伝えいたします。
講座開催を前に、ソナチネアルバム出版への経緯や講座内容について、今井先生にインタビューさせていただきました。
ソナチネは皆さんが使っている教材ですが、今回、先生が手を加えて新しく出版なさった経緯を教えてください。
ソナチネアルバムは、日本では昔から誰もが使ってきた定番の教材です。私も今までいろいろな場所でソナチネのレッスンをしてきましたが、いつも「楽譜がどうも変だなあ...」と感じていました。原典版を見慣れている私の目にとっては、古典派の作品なのに、妙にロマン派のようなスラーの多用だとか、古典派にそぐわない表現が多いのが気になり、「19世紀に手を入れられた教材がそのまま使われているんだろうな」、と感じていました。そんなある日、全音楽譜出版社から声がかかって、今回の「ソナチネアルバム」の改訂出版に繋がったわけです。
作業をするにあたり、ウィーンでは複数の図書館や資料館を訪問して資料を集め、加えてロンドンのブリティッシュライブラリからも資料を取り寄せて比較してみたら、やはり従来のソナチネアルバムは18世紀の作品が19世紀に編纂されてまとめられたものであることが分かりました。
今回の出版における一番のポイントは、作曲家が本来作った通りの楽譜(原典)に戻すために、作曲家以外の手による表記を徹底的に洗い落としていった、ということなのです。
楽譜の表記の歴史を追っていくと、バロック時代の楽譜はとても大雑把に書かれていて、即興演奏を加えて披露するのが前提となっており、弾く人によって雰囲気が全然違うこともありえた時代でした。
その後古典派の時代になると、弾くべき音符は一応すべて表記される時代になりましたが、バロック時代の延長として、やはりかなりの部分が演奏家の自由に委ねられている時代だったのです。楽譜に書いてないからどうしたら良いかわからない、何もできない、ではなく、細かく指示されていないからこそ自由に弾いて構わないんだ、と前向きに捕らえて欲しいのです。
ここでポイントになるのが、"自由"の範疇です。その時代の習慣を知らないと、どこまで自由に弾いても良いのかわからない、ということになってしまいます。
今回全音から出版した「ソナチネアルバム」は、作曲家が書いたとおりの楽譜の姿を大切にし、大きな編集は加えていません。そのかわり解説などで、その時代のスタイル感や解釈の仕方を文章で加えて、演奏する際の手助けになるよう工夫してみました。
今回の講座のテーマになっている「生き生きと」、とは実際どのようなことでしょうか。
講座で詳しくお話することになりますが、大切なのは"抑揚"、つまり強いところと弱いところをはっきりと区別する、ということです。実はこれは実際に口で言うよりもとても難しい作業です。とくに日本語は、音程の高低はあるものの(橋と箸、海と膿など)、抑揚(強弱)はあまり顕著でない言葉で、ヨーロッパの言葉とだいぶ違います。こうした母国語の影響もあるのか、日本人の演奏には"抑揚"という面が不足し勝ちなのですよねえ...。
たとえば「音の粒を揃えなさい」という教え方がありますけれども、ほんとうに「音の粒が揃って」しまったら、音楽の流れが止まってしまうんです。"抑揚"があるからこそ「音の粒が揃った」ように聞こえるのです。それが音楽の本来の姿です。
本来の音楽の自然な姿と反抗する勉強が当たり前になってしまって、それがすなわち音楽の本質的な美しさを奪うことになってしまう恐れがあります。リズムも、伸び縮みがあるのが本来の姿です。それらはやはり感覚で、体感して、真似して覚えていくのが一番良いと思います。言語と一緒ですね。
古典派を上手に引く方法として、今井先生の経験等を交えて教えていただけますか。
ピアノの作品以外をたくさん研究するということ。そして他楽器とのアンサンブルをもっと行うこと。演奏会に行くとしたら、ピアノ以外の演奏会に行くこと。究極はやはりオペラです。他の楽器の奏でる音楽をいつも耳にしている、というのはピアノを演奏していく上で大きな影響と大きな糧になりますね。息遣いを感じて、体の動きを見て、言葉を追って、音楽の感動やそれを伝えたい、というところに繋がります。
またちょっといいな、と思った曲をどんどん爪弾きして遊んでみるのも、初見の勉強になりますよ。
私自身の体験で一番良かったと思うことは、器楽とのアンサンブルや歌曲の伴奏を子供のときから体験させてもらったことですね。
私自身は好奇心が旺盛なタイプで、"自分の世界をもっと広くすること""表現力をもっと大きくできること"、などに興味があります。だから私は室内楽が大好きです。ピアノソロよりもずっと世界が広がって、表現できる幅がずっと大きくなりますからね。
貴重なお話をありがとうございました。