「石井なをみの(秘)スーパーレッスン術 ~自分から進んで練習したくなる~」での独自の指導論が大きな反響と共感を呼んでいる石井なをみ先生。国内のコンクールでも数々の成績優秀者を輩出する傍ら、石井先生が目指す「コミュニケーション・レッスン」の秘密とは?
◆ 講座では、オーストリア、ザルツブルグ留学時代のことを多くお話になっているそうですね。先生の指導観の基盤が出来たのもこの時期なのでしょうか?
「大学を卒業してからザルツブルグの大学院で音楽を学んでいた時、向こうの教育システムに大きな衝撃を受けました。私がそれまで受けてきた教育の世界では、生徒は出来るだけ意見は言わない方が良いとされ、先生も生徒へのすりこみがうまい人が一番評価されていました。もちろん時代的な要因もあるのでしょうが、私がザルツブルグで受けたレッスンはそれまでのものと全く正反対。一番初めのレッスンで、"let's study together!"と先生に言われて非常に驚いたのを今でも覚えています。私が教えていただいた海外の先生方は皆、生徒の主体性を大事にして、自分も一緒に学んで行こう、という心構えでレッスンに臨んでいました。
受身の教育が浸透している日本では、レッスンは与えられたテーマをこなして行く場であり、先生は『偉い』『怖い』といったイメージが先行することが多いですよね。しかし実際の所、自分が学ぶことができない先生は、生徒に教えることも出来ないと思います。生徒の主体性を大事にしてこそ、真の教育と言える。こういった教育の基本を学ぶことが出来たのも、海外の教育システムに触れる機会があったからこそだと思います。」
◆ 海外では、どのようなレッスンを受けられていましたか?
「オーストリア、ザルツブルグではライグラフ先生に師事して勉強していて、この時のレッスンは私の今の指導に大きな影響を与えています。ライグラフ先生の初めの半年間のレッスンは、タッチと楽譜の読み方のみでした。
その時学んだのが、メカニックとテクニックの違いと、その両方を身につけることの大切さです。メカニックはいわゆる運動能力~指の強度や独立、回転などの技術的なもので、テクニックはそれらの技術の引出しをつくり、曲を弾く時に応用する能力のことです。私の講座でも、チェルニーの練習曲やバッハのインベンション、ショパンの曲などの演奏を交えて、メカニックの習得に繋がる脱力や関節の使い方について詳しくお話させていただいています。
一方で、テクニックに関しては、例えばバロック・古典・ロマン・近現代の4時代のうち、曲がいつ書かれたものであるかによって、関節の使い方やタッチも大きく異なってくること。また、同じ時代の曲でも、曲によって体の6つの関節の使い方や、脱力の方法が違ってくることも知る必要があります。そして、ある程度関節の使い方やタッチ、脱力のパターンなどがわかったら、それを曲を読んだ時に分析して、パッチワークのようにその部分に必要な奏法を当てはめて行くのです。ピアノ指導の面でも、技術面でも音楽面でも、こういった基礎を築いた上で、生徒から曲を引き出していくことが大切になります。」
◆ それは、どのように?
「まずは、指導者がティーチングとコーチングの違いをはっきり認識することが必要だと思います。
ティーチングとは、いわゆるコピーの世界。日本の教育はこちらに偏っている傾向が見られるのではないでしょうか。しかし、『この部分はどう弾きたいのか』、『どんな音が欲しいのか』、『どういうタッチを使うのか』...このように試行錯誤することによって、初めて曲の解釈というものが生まれます。そのためには、生徒が自分の演奏に対して、『どうして』そう弾いているかという疑問を持ち、自分で答えを発見することが必要になってきます。
まず曲を弾く前に頭の中でイメージする、その後手で弾いてみて、最後に耳でチェックすること。この頭、手、耳の使い方を説明しながら、生徒と一緒に考えて、上手く音楽を引き出すのがコーチングです。そして、頭、耳、手、全ての使い方を工夫することで、生徒に自分の演奏への疑問に対する答えを探したり、見つける能力がつく。すると、『目的をもった練習』が実現でき、自ら進んで練習するようになるのです。」
◆ そのような教育が日本でも浸透するために、指導者側に求められる一番重要な心構えとは?
「日本人の一番の特徴は、主体性が少ないことだと思います。割り算も実験も、解き方や結果については学校で詳しく習っても、『どうして』そうなるのかということはなかなか教えてくれません。音楽でも、なぜここはフォルテなのか、どういう理由でここにアクセントがあって、TENUTOではないのか・・・そういったことを考えることが許されないのが今の日本の教育です。
子供の自立性や、普段の生活でどれだけ自分で考えて行動できるかということは、演奏にもはっきり出ます。主張のある音楽を演奏するには、精神面の発達が不可欠だと思います。そこでまず大事にしたいのが、とにかく生徒ときちんとコミュニケーションを取り、受け入れてあげること。先生や親が『やってあげすぎない』ことが一番子供の成長につながるのではないでしょうか。『こうしなさい』と言いつつそれに対しての説明はしないですませるのではなく、生徒が自分の考えを言いやすい環境を作ってあげて、積極的に曲を一緒に考えて組み立て、自分でも納得出来る演奏をする。このような、決して一方通行ではない、相手を認めたコミュニケーション・レッスンを目指したいと日々考えています。」
◆ ありがとうございました!