「基礎的脱力奏法から美しい音へのアプローチ」の講座が大好評の佐々木恵子先生。体の力を抜くこんにゃく体操から、効果的なレガート奏法まで、今まで先生方が悩んでいた問題に、次々とわかりやすく、楽しい解決法が飛び出し、前回の講座も大反響でした。今回はそんな佐々木先生に、脱力や指導に関して色々と語って頂くことで、指導者としての先生の素顔に迫りたいと思います。
先生が、そもそも脱力を講座のテーマとされている理由とは?
「ピアノを弾く時って、まずは脱力だと思うんです。音楽をどう作るとか、指をどう動かす、とか言う前に、まず体の力が抜けていなければ、その第一歩が無理なんですね。だから、そこを一番抑えたいな、と思いました。
私を含め、皆さん小さい頃から、『脱力しなさい』とか『体の力を抜きなさい』とか、ピアノの先生に言われて来たと思うんですね。ただ、具体的にどうやって力を抜いたらいいかということを、段階的に教えてもらうと言うことは実際少なくて、私自身もそういう意味では何も教わってこなかった。だから、そのノウハウをもっとわかりやすく砕いていったら、正しい脱力が浸透するかな、と思ったんです。もちろん、ピアノを弾き始めた一番最初の段階から、脱力をマスターしてしまえば問題ないわけですが、途中から来る生徒にも、ただ『リラックスしなさい』、とか、『力を抜きなさい』、と言うよりも、段階的に直して行けば、ちゃんとよくなるということが見えていれば、生徒にとってもどうすればいいかがわかりやすいだろう、と思ったんです。そういうことを体系的にまとめたいな、と思ったのが始まりです。」
先生ご自身、脱力で行き詰まった経験がおありですか?
「私自身は、具体的にどうやりなさいと言われたわけではないんですが、最初から脱力については感覚的にはキャッチ出来ていたと思います。だから、それほど苦労したわけでもないんですけど、逆に生徒に教える側に立った時には本当に苦労しました。自分が出来ることも、相手に教えることが出来なければ一方通行だし、自分が出来ちゃう人ほど、生徒には『なんで出来ないの』ということになり兼ねない。それで、『どうしたら生徒がわかってくれるんだろう』ということを常に考えてきました。大学在学中から教えてましたから、もう25年ぐらいになりますね。その間、いろんなタイプの生徒を見てきて、悪い癖は途中から直す方が非常に大変なので、色々と考え出したんです。
それから、コンクールの審査やステップのアドバイスを沢山やらせて頂きましたが、参加者の演奏に対して、『脱力の仕方さえ直してあげれば全然違った音の使い方になるのに...』と思うことは多かったです。実際、本当にいい脱力が出来ている子というのは少数派だと思います。
音楽において、感性と技術は車の両輪なんです。絶対一致していなければいけない。『すごくいい音を持っていて、間の取り方や音楽性は素晴らしいのに、技術の裏付けがあったらどれだけいいんだろう』、と思う子はいっぱいいます。感性がものすごくあっても、結局それだけだと行き詰まっちゃうんですね。逆に技術をばりばり磨いても、感じるものがなければ空回りなんです。だからこそ、我々がちゃんと指導をしなければ、ということを強く感じましたね」
では、先生が脱力やテクニックを実際にレッスンされる際は、どのようなことを考慮されていらっしゃいますか?
「何事も、きちんと生徒に理解してもらえるような教育を心掛けたいと思っています。
例えば私のレッスンでは、生徒に指の一番正しい位置と形を覚えてもらうために、指をあらかじめ固定してしまうテーピングという方法を編み出したんですね。それで、テープを取った時にも、自分の前の手の形に戻った時に、ここが違ったんだ、ということが自然にわかれば悪い癖が直るかな、と。
要するに、『こういうことを頭の中でイメージしながら...』などと言うのではなく、生徒自身に体で手の形を覚えてもらうんです。実際人間って、いくら正しい手の形を頭の中でイメージしても、音符を読みながら、脱力をして、更に音楽的なことも考える...なんていう3つのことを同時になんて出来ないんですよ。だからもう手の形は作ってあげちゃう。それも過保護のひとつなのかな、なんて思うんですけどね(笑)。
スタッカートの奏法などに関しても、色々と教え方はあるようです。中には、『熱いやかんを触るように弾きなさい』と言われた方など(笑)、本当に様々ですね。私自身は、色々な種類のスタッカートをひとつひとつ弾きながら見せて、『こういう時にはこういうスタッカートを』と言う風に教え込みます。一番頻繁に使う、手首からのスタッカートから始まって、腕のスタッカート、指のスタッカート...全部音で例を出しながら弾いていくんですね。そうして基本を教えつつ、今度は手首と指の間のスタッカートや、指と腕の間のスタッカートなど、例外も教えてあげるんです。生徒に教える時に、『ここを使ったスタッカートをしなさい』と言うと、より明確になりますから。
今教えている小さい生徒の中には、楽譜を見ながら『ここは何のスタッカート?』と聞くと、『てくび』とか『ゆび』とか答えられる子が結構いるんです。ちゃんと理解してるんですね。『言ってることはわかるし、弾いてくださった音を聞いてもわかるんだけど、なんか抽象的すぎちゃって...』という教え方は小さい子には通用しません。もっと噛み砕いて言わないと通じないし、ある1つの説明がだめだったら、もう一方の側からの説明をする、っていう、角度を変えた説明をしてあげないとだめなんです。
だから私は、小さい子を教える時は、本人だけでなくお母さんにも、いつも最後に『わからないことはありますか』と聞くようにしています。お母さんが家では先生ですから、お母さんがわからないことがあると、どうしてもレッスンの間の1週間とか、10日が無駄になっちゃう。お母さんがたとえピアノを弾けない人でも、理解できる言い方をする、そうでないと生徒は教えられない、それが私のコンセプトなんです。」
「今一番心苦しいのが、習いたいと言って来て下さる生徒さん全員を見てあげられる時間が取れないことなんです」と残念そうにおっしゃっていた佐々木恵子先生。取材中に見えた、「常に相手の立場に立って、よりわかりやすい指導を」という強い思いと、明るくパワフルなそのキャラクターに先生の人気の秘密を見た気がしました。
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