読み物・連載

特別インタビュー 小原孝先生×木下牧子先生対談

2010/08/13
二倍、四倍の 表現を生む「バトル」の感覚  ~連弾・アンサンブルの極意~

作曲家・木下牧子先生と、木下先生の作品を数多くレコーディングされてきたピアニスト・小原孝先生。木下先生の新作ピアノ連弾曲集「迷宮のピアノ」のCDも、小原先生が演奏・録音されています。今回は作曲家・演奏家それぞれの立場から、新作曲集の魅力、そして連弾・アンサンブルの極意をたっぷりと語っていただきました。

小原孝先生
小原孝 おばらたかし◎1986年国立音楽大学大学院を首席で修了、クロイツァー賞受賞。1990年のCDデビュー以来、「ねこふんじゃったスペシャル」「ピアノよ歌えシリーズ」など30作以上の作品を発表。現在、尚美学園大学客員教授、国立音楽大学非常勤講師、当協会評議員及び正会員、日本ギロック協会名誉会員、日本演奏連盟会員、日本著作権協会正会員。1999年よりNHK-FM「弾き語りフォーユー」パーソナリティー。9月4日にはミューザ川崎シンフォニーホールにてデビュー20周年記念リサイタルが予定されている。 小原孝公式サイト「小原孝の ピアノサロン」

木下牧子先生
木下牧子 きのしたまきこ◎都立芸術高校ピアノ科卒業。東京芸術大学作曲科首席卒業、同大学院修了。日本音楽コンクール作曲(管弦楽曲)部門入選。日本交響楽振興財団作曲賞入選。2003年オペラ「不思議の国のアリス」(モーツァルト劇場創立20周年委嘱作品)初演で三菱信託芸術文化財団奨励賞受賞。2005年同オペラ改訂初演は大好評を博し、主宰・モーツァルト劇場がエクソンモービル音楽賞受賞。管弦楽曲「夜の淵」、吹奏楽のための「ゴシック」他、管弦楽曲・吹奏楽曲・歌曲・合唱曲など出版は80冊を超える。現在日本現代音楽協会会員、当協会正会員。 木下牧子公式サイト
楽譜・CDのご紹介
楽譜
楽譜/ピアノ連弾曲集「迷宮のピアノ」
◎ 作曲:木下牧子
◎ カワイ出版
◎ 収録曲:1.愉快なシネカメラ、2.ローラ・ビーチ、3.夢の結果、4.夢、5.ティオの夜の旅 6.夜は決してじっとは
◎ 定価2,940円(税込)
CD
CD/「木下牧子連弾曲集~迷宮のピアノ」
◎ ピアノ:小原孝、五十嵐稔  石井里乃
◎ ナミ・レコード(ライブ・ノーツ)=WWCC-7640
◎ 収録曲:「迷宮のピアノ」全6曲/「やわらかな雨」全10曲
◎ 定価:2,625円(税込)

収録曲が試聴できます

小原先生の歌心、木下先生のハーモニー
木下
小原さんと私が一緒にお仕事をするようになった最初のきっかけは、奏楽堂日本歌曲コンクールです。小原さんが伴奏なさったソプラノの神野靖子さんが優勝して、小原さんご自身も優秀共演者賞をお取りになったんですが、その時の本選での選曲がたまたま私の作品「C.ロセッティの4つの歌」だったんです。素晴らしい演奏だったという噂を聞いたので、その後小原さんの演奏会に伺って演奏をお聴きしました。小原さんのピアノは繊細でありつつ非常にダイナミックで、まさに「ピアノよ歌え」っていう感じで音楽をのびやかに歌われるんです。私の歌曲作品は特にピアノがとても大切で、声とピアノが対話するみたいな書き方をするので、小原さんのように積極的に音楽に関わって下さるピアニストはとっても魅力的です。
小原
僕はずっと以前から木下さんの作品が大好きで子どもたちに弾かせたりしていたので、作曲家としてはもちろん存じ上げていました。木下さんの作品は、何と言っても独特のハーモニー感が印象的です。流れの中で突然フイ打ちを喰らい、「そう来るか」っていう感じで。そんな箇所を見つけると、弾くほうもワクワクしてきます。
木下
高校卒業までピアノ科だったせいか、私は完全にハーモニー重視です。メロディに伴奏をつけるという作曲のしかたはほとんどしなくて、まず厚みのある響きの流れを作ってその上に自然に浮かび上がる旋律をのせていきます。ですから聴く分にはきれいですが、演奏するとなると、刻々と変化する響きをきちんと感じていないとメロディラインが上手く嵌らないんです。耳のよさが不可欠です。
小原
そのハーモニー感に加えて、木下さんはメロディメーカーなんです。歌いやすくて人の心を打つ、美しく印象的なメロディをお書きになる。一回聴いたら「あ、私も歌いたい」と思うような。聴いた後もどんどん聴きたくなる、歌いたくなるっていう作品が多いんです。
ピアノ連弾曲集「迷宮のピアノ」
木下
今回の曲集「迷宮のピアノ」は、私自身強い思い入れがある初期の合唱作品六曲をピアノ連弾に生まれ変わらせたものです。同じ作品でも編成が変わることで別の世界が大きく広がりそうな気がしたし、なによりピアノ専攻の皆さんにぜひ聴いたり演奏したりしてもらいたいと思いました。本当は二台ピアノで書いた方が楽なんですが、今回は密度の濃い響きを作りたくてあえて連弾で書きました。プリモとセコンドはどちらかが主役でどちらかがサポートというわけではなくて、対等です。音の密度が高い「二人オーケストラ」なので、音色や音質をどんどん変化させて、違う楽器のように弾くと面白いかもしれない。
小原
確かにもともとは合唱の曲なんだけど、ピアノ曲として完成されているので、合唱曲をアレンジしたっていう楽しみ方もできるし、初めて聴く人なら純粋な新作ピアノ連弾曲として楽しむこともできると思います。歌的な部分と器楽的な部分がミックスされた作品ですね。歌の要素を頭に入れつつ、技術的にはピアノ曲としても難しい部分がたくさんありますから。
木下
技術的にはかなり難しいかもしれません。演奏する二人がテクニックでばりばり火花を散らす一方、表情豊かに寄り添ったり対峙したりして楽しめる高度なエンターテインメントのような曲にしたかったんです。それを小原さんたちコンビが理想的に演奏・録音してくださったので、満足しています。
小原
トレモロの部分が多く、それが重要な意味を持っているのも特徴の一つです。トレモロというと、我々はテクニック的な練習から入りがちなんですけど、ハーモニーの色合いの変化を感じながら弾けば無駄な力も入らないんですよね。楽譜上では一見同じトレモロでも、優しくさざ波のように弾くところとか、体重をかけて訴えかけるように弾くところとか、そういった作曲家が楽譜には細かく書けないものを感じつつ弾くというのは、すごく大事なことだと思います。もちろんトレモロ以外の装飾音、トリルやアルペジオも同じで、ただ技術的に完璧に美しく速く弾くだけではなく、フレーズやハーモニーを感じながら様々なタッチや音色を自分なりに研究してみると、音楽の深みが感じられて表情がますます豊かになります。
連弾・アンサンブルの極意とは
小原
例えばコンクールや試験でクラシックの連弾曲を聴く場合、どうしても二人が合っているかどうか、美しくまとまっているかどうかという同調性を審査しがちなんですよね。でも、実は僕は連弾にしても二台ピアノにしてもいつも共演相手との「バトル」の感覚で演奏しています。相手がこう弾くんだったら自分はこう弾く!という、「戦うピアノ」なんですね。そうすると、同じ作品も組む人によって色々違った形に仕上がっていく。今回の作品の中にもバトルのように弾ける工夫や意気込みがたくさんあって、そういった意味でも新しい感覚の作品でした。
 連弾曲を弾くとき、一人一人弾くととても音楽的なのに、二人で弾くと表現が半分になってしまう、ということがよくあります。二人で弾くんだから二倍にも四倍にもなったら楽しいのに、連弾だといつもと違うからどうしたらいいか分からなくなってしまうんですね。人それぞれ音量もバランス感覚も違うし、組み合わせの相手、例えば体の大きな人と連弾するのと細い人同士で連弾するのとでは音色の感覚も違ってきます。だから、いつものソロと違ってせっかく連弾するんだから、こういうことやってみようとか、こういう音色の方があってるんじゃないかとか、新しい自分を発見する気持ちで演奏してみると、それが相手との相乗効果を生んで、一人で弾いている時よりも何倍も表現が豊かになっていくんです。逆に、「必ずこう弾こう」と決め込んでいるとうまくいかない。「相手がそう弾くんだったら自分はこれくらい」っていうバランス感覚が大切なんです。
木下
連弾は一番手軽なアンサンブルの練習になりますよね。「迷宮のピアノ」のような音が多い連弾は特にバランスの勉強になると思います。「伴奏」という言葉は便利なので私もよく使ってしまうのですが、実際はどんなパートも決して「伴奏」ではないと思うんです。どのパートも対等。歌曲でのピアノもそうですし、デュオ、トリオ、カルテットもみんなそうですが、「メロディ」「伴奏」っていう感じで分業してしまうと、音楽が平坦なつまらないものになってしまうんですよね。小原さんがおっしゃった「バトル」というのは、決してけんかという意味ではなくて、この節は私がいただく、それならこの内声は私がいただく、じゃあ今度はこっちがリードしますっていう風に両者が積極的に音楽に関われば、音楽は見違えるほどいきいきと立体的になると思う。これはソロの場合もいえて、右手が一生懸命歌っているとき意外と左手は死んでしまっている場合って多いですよね。
小原
左手が音楽的な人ほど演奏が安定して聴こえます。とても上手なのに、左手の簡単なメロディーさえ全く無表情に弾く人も多いですから、左手って本当に重要ですね。その意味でもこの曲集はとても役に立ちます。
木下
10指の音色や音量を自由にコントロールできるようになれば、すごく面白いですよね。まさに「一人オーケストラ」。子どものうちから意識してみるといいかもしれません。
(取材・文:谷口永利子)


ピティナ編集部
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