レポート/三上香子『成人のピアノ学習者と指導者の意識のずれに関する調査報告』
本稿は、成人のピアノ学習者がもつ指導者像と、自宅ピアノ指導者がもつ成人のピアノ学習者像を比較し検証した調査報告書である。学習者を対象にした調査では、2つのインターネット調査(総投票数184)を行い、さらに、大人のピアノ教室に通う10名の学習者を対象にした聞き取りアンケート調査の結果を入手した。自宅ピアノ指導者を対象にした調査では、大人のピアノ指導者・ピアニスト・声楽家・楽器店認定講師2名・無所属のピアノ指導者2名の合計7名を対象にフリートークによるグループ調査を行い、さらに、楽器店講師会において、7名の自宅ピアノ指導者を対象に構造化インタビュー調査を行った。その結果、成人のピアノ学習者には、先導的立場である指導者と、学習者を援助する方向での指導者という二つの指導者像が存在した。しかし指導者からは、明確な成人のピアノ学習者像を得ることができなかった。なかには、趣味のピアノ学習者を指導の範疇に入れていないのではないかと思われる回答もみられた。今後増え続けると思われる成人のピアノ学習者に対応するには、このような学習者と指導者の意識のずれを早急に是正しなければならない。そのためには、自宅ピアノ指導者が積極的に成人のピアノ指導法について学ぶ必要性があるという結論に達した。
なお、本稿の調査結果は、筆者に関わりのある限られたピアノ指導者から得た推論であることは否めない。しかし、現在の日本のピアノ研究では、自宅ピアノ指導者を対象にした研究はほとんどみあたらない現状がある。おそらく自宅でのピアノ指導は、極めてプライベートに行われるものであり、情報が得にくいからであろう。しかし日本のピアノ教育を支えてきたのは、自宅ピアノ指導者である。また、生涯学習としてピアノを学ぶ成人の学習者に柔軟な個別対応が可能であるのは、自宅ピアノ教室にほかならない。したがって、このような理由からも、自宅ピアノ指導者の学びの必要性があると思われた。さらに末章では、成人のピアノ学習について書かれた書籍の一部を紹介し、楽器店などが中心となり、成人へのピアノ指導について話し合える場の設定を提案した。
- 成人のピアノ学習者
- 自宅ピアノ指導者
- 意識のずれ
- 学びの必要性
1990年代以降、音楽学習を希望する成人が増加してきた1。そこで大手楽器制作会社では、楽器店を中心にした、それぞれの特徴のあるピアノ教育が行なわれている2。また、成人のピアノ教育は、一般的に「自宅ピアノ教室」といわれる、指導者の自宅での個人レッスンでも行われている。しかしそこでの指導は、従来から子どもを対象に指導者自身の学習経験を伝承する方法で行われてきたことから、近年急激に増えてきた、いわゆる「趣味のピアノ学習者」のニーズに即した指導が行われているとは考えにくい。このことから筆者は、「自宅ピアノ指導者は、いつどこでどのように成人へのピアノ指導法を学んでいるのか」という疑問をもった。そこで、ピアノ指導者を対象にした講座を調べたところ、次のような例があげられた。
一般財団法人ヤマハ音楽振興会の直営センターでは、単発または継続的なピアノ指導法講座が開講されている3。また、一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(PTNA)4でも、同様の講座が開講されている。これらはともに全国規模の団体であり、受講を希望する指導者が、身近な会場で講座を受けることができるという利点がある。しかしここでの講座内容は、主に子どもを対象にしたピアノ指導法やコンクール課題曲の楽曲分析であり、受講内容をそのまま成人へのピアノ指導にあてはめるには、やや無理がある。また、ヤマハ音楽振興会は、PSTA指導者5を対象に、オンデマンド音楽講座6を行っている 。ここでは成人へのピアノ指導法を学ぶことができるが、ヤマハの専用教材を使用した指導法であることから、一般の自宅ピアノ指導者むけであるとはいいがたい。しかし、一般のピアノ指導者を対象にした講座には、毎年夏に大阪音楽大学で行われている「指導者研修講座7」がある。2013年度には大人を指導する公開レッスンが行われた。現役の大学教員が成人を指導する様子を実際にみることができるという、とても興味深い内容だったが、レッスン受講者がピアノ科の学生と成人向けコンクールの入賞者であったため、内容が比較的高度であり、趣味のピアノ学習者の指導法とはやや異なる側面があると思われた。このように、数々のピアノ指導法講座が開講されているにもかかわらず、一般のピアノ指導者を対象にした成人のピアノ指導法講座はほとんどない。
以上のことから筆者は、ピアノ指導者が成人の学習者に対するニーズに合わせた指導法を学ぶ必要性があるのではないかという仮説を立て、以下の6つの調査をとおして、成人のピアノ学習者のもつ指導者像とピアノ指導者がもつ成人の学習者像を比較し、これらの結果から、自宅ピアノ指導者の学びの必要性について検討することを本稿の目的とした。成人の学習者を対象とした調査では、インターネットを媒体とした二つのアンケート調査と大人のピアノ教室での聞き取り調査結果を入手し、自宅ピアノ指導者を対象にした調査では、2組のグループ調査と楽器店講師会での構造化インタビュー調査を行った。
インターネット調査は2種類行った。下記の図表1は、それぞれの調査についてまとめたものである。
種類 | 期間 | 質問内容 | 対象者 | 理由 |
調査1 | 2011年5月19日から2012年8月7日までの約1年3か月間 | 学習者がピアノ学習に求めるものは何か | 30歳以上で現在ピアノ学習を行っている者 | 20代の音楽大学や保育者養成校に通う学生を除外するため |
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調査2 | 2012年8月7日から2013年3月31日までの約8か月間 | 学習者がピアノ指導者に求めるものは何か | 成人のピアノ学習者全般 | - |
調査方法は、筆者のホームページに設置してある投票コンテンツを利用し、訪問者が項目のなかからひとつを選択してラジオボタンにチェックを入れて投票するというものであった。またこのアンケートでは、50文字以内のフリーコメントを残すことができる仕様になっていた。
調査は、教室開設3周年記念のイベントとして、生徒の声を聞き、今後の教室運営に役立てることを目的として、2011年秋に知人の大人のピアノ教室で実施された。調査の対象は、1年以上ピアノ学習を継続している成人のピアノ学習者10人である。彼女らは、20歳までにピアノ学習経験をもつ者が8名、ない者が2名で、ピアノ学習経験者8名のうち3名は成人後にピアノ学習経験をもっていた。調査の方法は、各生徒のレッスン時間を利用し、指導者が質問項目を読み上げ、生徒がそれに答える構造化インタビュー調査法であった。
グループトーク調査に協力可能な自宅ピアノ指導者を募集したところ、7名の調査協力者が得られたため、会話のしやすさを考慮して2つのグループに分けた。グループ1の調査は、大人のピアノ教室主催者(A)、ピアニスト(B)、X楽器店認定講師(C)、無所属(D)の4名で行われた。日時は2012年3月27日(火曜日)の11時から13時である。グループ2の調査は、声楽家(E)、Y楽器店認定講師(F)、無所属(G)の3名で行われた。日時は2012年3月29日(木曜日)の11時から13時である。調査協力者の共通点は、女性であること・自宅ピアノ指導者であることの2点である。成人のピアノ指導経験については問わなかった。調査の方法は、調査協力者に対し、成人へのピアノ指導についての質問をいくつか投げかけ、それに沿って自由に発言をしてもらうフリートークによるグループ調査で、調査時間はそれぞれ約2時間であった。
調査の対象は、楽器店講師会に在籍するピアノ講師7名で、調査日時は、2012年6月8日(金曜日)11時から30分間である。この時間は、講師会の後半30分間であり、楽器店関係者の司会と立ち会いのもと行われた。この調査では、成人の学習者をより明確にイメージしてもらうため、「学生を含まない20歳以上のピアノ学習者」と設定した。調査協力者の共通点は、全員が楽器店認定講師であること・女性であること・自宅ピアノ指導者であること・過去または現在において成人の指導経験を有していることであった。調査の方法は、筆者が事前に用意した質問項目を司会者が読み上げ回答を得るという、構造化インタビュー調査であった。
調査1では、成人のピアノ学習者の半数以上が学習の目的で「好きな曲が弾ける喜び」を選択し、フリーコメントでは、ピアノ学習を楽しんでいる様子がわかる、明るく楽しい内容が記載されていた。年代は40代がもっとも多く、4分の3が女性であった。以下の図表2から4は、調査1の結果を選択肢別・年代・性別にわけたものと、フリーコメントの抜粋である。
50歳です。37歳から続けています。ベーソナ弾かせてくれた先生に感謝!楽しくてやめられません。 | 50代 | 女性 |
20歳からはじめて憧れの曲が弾けて、先生から花丸をもらった時の喜び。他では体験できません!楽しいです! | 40代 | 女性 |
クラシックもですが、アニメやゲーム音楽も魅力的に感じるこの頃です | 50代 | 男性 |
練習で少しずつ弾けるようになる課程がなんとも楽しい | 40代 | 女性 |
上手く弾くよりも、自分の好きな曲を自分で作って聞いて、ストレス解消! | 40代 | 男性 |
仕事だけをしていると機械のようになってしまっているので、人間らしさを追求したいなと思っています | 30代 | 女性 |
調査2では、成人の学習者は指導者を選ぶ条件として、教室に通いやすいという物理的な条件と、指導者の指導力や知識という学習者の主観的な条件の二つの選択方法が示された。フリーコメントでは調査1の結果と比較すると、やや厳しいコメントが寄せられた。年代や性別の割合は調査1と同じである。以下の図表5から7は、調査2の結果を選択肢別・年代・性別にわけたものとフリーコメントの抜粋である。
自分より(例えば10歳)若い人は、やはり経験が少ないのでピアノのことは長けていても、それ以外のことで何かが足りないと思ってしまうから | 40代 | 女性 |
正直そこそこの音大を出ていれば、生徒側は遠慮しないでいいから | 40代 | 女性 |
場所・土日あり、振替ありは必須条件になっています。その上で、教えることへの熱心さ、知識、本番演奏の機会があるなどがポイントになっています | 20代 | 女性 |
いい先生がいれば、多少遠くでも行きますが、その場合土日でないと無理です | 60代 | 男性 |
先生自身も向上のために努力していないと・・某音楽教室の発表会とか見に行くと酷かったりするので。 | 20代 | 女性 |
「音楽に対する知識・見識」「時代毎の演奏様式の理解」「ペダルテクニックをきちんと教えられること」「簡単な曲の即興伴奏が出来ること」は必須 | 40代 | 女性 |
先生との相性。これにつきます。煩わしいのは嫌です | 40代 | 女性 |
ピアノ学習をはじめた動機の項目では、仕事や家庭など社会的な役割から解放されたこと、直前のイベントやピアノに関連する経験の問題解決、好奇心などがみられた。実際に学習を楽しいと感じる項目では、指導者との会話・課題の達成・イベントの参加などがあげられた。ピアノを辞めたいと思ったさいの理由としては、内因的なもの・進捗状況への不満・経済的な理由があげられたが、それでもピアノ学習を継続している理由としては、進捗状況の満足感・他の会員との関わり・指導者との相互的な会話があげられた。さらに自由発言では、指導者に対して子どもとは異なる対応を望む回答が得られた。図表8は、質問と回答の表である。
- 質問1:大人になってからピアノを習おうと思ったきっかけは何か
-
- 子供のころに習わせてもらえなかったから
- 子育てがひと段落したから
- 子供の結婚式で弾くため
- 日常からの逃避
- すでに習っている友達を見て
- 大人は弾きたい曲を競争なく弾けるから
- 独学に限界を感じた
- 家にピアノがあったから
- 質問2:ピアノを始めてみて、どんなことが楽しいか
- ピアノ以外の雑談
- 弾きたかった曲が弾けたとき
- 自分のレベルに合わせて、少し上を目指してがんばらせてくれるので達成感が得られる
- 発表会・イベントが予想以上に楽しかった
- 時間を忘れて集中できる
- 腹が立つときやいらいらするときにピアノを弾くと気持ちが治まる
- 質問3:辞めたくなるときはどんなときか
- プライベートでつらいことがあり、ピアノに向かう気になれないとき
- 忙しいのに練習しないといけないという気持ちだけが焦ってしまう時
- 曲がおもしろくないとき
- 発表の場が近づいてくるときのプレッシャー
- 上手な人を見ると引け目を感じてしまう
- 練習できてないのにレッスンに行く罪悪感
- 弾けていたはずの曲なのに指が動かなくなって弾けないとき
- 経済的に苦しいとき
- 質問4:辞めなかった理由はなにか
- 弾けるようになりたいと思うから
- ピアノを習っていない人に『すごいね』と言ってもらえるから
- 先生との相性
- プライベートな話もできるから
- つらくても理解してもらえるから
- 練習できてなくても『じゃあここで一緒に練習しましょう!おうちで復習してください』と言ってくれるから、安心して通える
- やりたい曲を言えば、レベルに合わせて書き直したりして絶対に弾かせてもらえるから
- 弾けるようになった自分の姿を想像すると『もうちょっとがんばろう!』と思える
- 他の生徒さんの演奏を聞くと、自分もがんばろう!と思えるから
- 先生が何とか上手く弾かせてあげようと自分のために一生懸命になってくれているのがわかったから
- 質問5:自由発言
- 『子供から大人まで』レッスンすると書かれている教室を見ると、なんだか大人にも子供と同じような型に
- はまったレッスンをされるのではないか、怒られるのではないかと不安になってしまう
- 大手の教室は先生のカラーが見えない
- 他の生徒さんとの交流がとにかく楽しい。特に大人のレッスンはカウンセリングと同じようなものだと思う。
- 一人ひとりに合わせて、その人が何を望んでいるのかをしっかり把握してレッスンしてもらえないと長続きしないかも
- 迎合する先生はいやだ。媚びられるといやになる
- 人間は楽しい人が好きだから、先生自身が楽しんでいればおのずと人は集まってくるのだと思う
- 仕事と関係のない習い事をするのは初めて。この時間がとても自分には大切な時間
- たとえ子供と同じ教室だったとしても、大人としてアプローチを変えてくれれば、大人だけに特化していなくても通えると思う
- いつも決まった曜日、決まった時間ではなく、自分と先生の相談で次のレッスン日が決められるので、忙しいときは少し先の予約にするなど無理なく息が詰まらずレッスンに通えている
グループ調査1・2とも、調査時間は2時間を費やした。しかし、大部分の時間は子どもを中心にしたピアノ指導の話題であり、成人の指導について話された時間はわずかだった。筆者が数回にわたり、成人のピアノ指導について話し合ってもらえるよう促したが、話の流れは大きく変わることはなかった。そのようななかで成人のピアノ指導について話された調査結果を以下に示す。
このグループでは、大人のピアノ教室主催者Aが中心となって成人の学習者に関する話題が提供された。しかし、Aの発言に共感するものはあまり多くはなかった。また、指導者がもつ悩みも、成人の指導には直接関係しない回答が目立った。大人の年齢については、19歳以上が2名、年齢については「気にしない」、「考えたことがない」が、それぞれ1名ずつであった。次の図表9は、質問と話し合われた内容である。
- 質問1:大人のピアノ学習についてどう思うか
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大人のピアノ指導と子どもの指導は違う。大人は課題中心の指導が求められる(A)。
- 自分にそのようなことができるか不安である(C)。
- そもそも大人をピアノ指導の念頭においていなかった(C)。
- (子どもと大人の指導は違うという意見に対して)大人も子どもも同じ(B)。
- 子どもの扱いが難しいため、大人のピアノ教室を開室した(D)。
-
大人のピアノ指導と子どもの指導は違う。大人は課題中心の指導が求められる(A)。
- 質問2:現在ピアノのレッスンで悩んでいることはあるか
-
- ピアノ講師対象のセミナーは午前中に行われることが多く、大人を指導していると参加出来ない(A)。
- 自身の練習や遠征、演奏公演など自分のことが優先になって指導に没頭できない(B)。
- レベルの高い生徒はやる気になるが、初心者にはモチベーションが保てない(B)。
- リトミックの需要が高く、それを勉強しなければならないが、自身が上位グレードを目指して学習しているので、学習内容にギャップがある(C)。
- 質問:3 何歳からを大人だと思うか
-
- 19歳以上(A・D)。
- 年齢は気にしない(B)。
- 考えたことがない(C)。
ここではEの経験をもとに、成人男性の学習者について話し合われた。大人の年齢については、高校生以上が2名、19歳以上が2名であった。次の図表10は、質問と話し合われた内容である。
- 質問1:大人のピアノ学習についてどう思うか
-
- 知人男性であるにもかかわらず、男性であるというだけで不安があり引き受けられなかった(E)。
- (男性の成人学習者の受け入れについて)自宅に身内以外の男性を招き入れることへの近所の目と狭いピアノレッスン室で2人きりになることへの不安がある(F・G)。
- 男性は個人宅ではなく楽器店の教室を利用すればいい(G)。
- 現在ピアノのレッスンで悩んでいることはあるか
-
- とくに悩みはない(全員回答)。
- 質問3:何歳からを大人だと思うか
-
- 高校生以上(E・F)。
- 19歳以上(G)。
この楽器店では、学習者に対し音楽教育システムに則ったグレード受験を奨励していることから、講師は成人の学習者に対してもグレード受験を前提とした指導を行っている。このことが、質問2の回答に反映したと推測される。また、グレード受験をしない学習者に対して、「初心者は1段譜と決めている」と回答した調査協力者も存在した。次の図表11は、調査の結果である。
- 質問1:指導者が成人のピアノ学習者に求めるものは何か? ひとつあげてください
-
- 楽しく長く続けてもらうこと。
- 自宅練習を楽しくしてもらうこと。
- 自宅練習をしなくても教室だけで楽しんでもらうこと。
- やりたい曲を弾いてもらうこと。
- 質問2:成人学習者が、ピアノ指導者に求めるものは何だと思われますか?(複数回答可)
-
- 資格やグレードを取ること( 7 )名。
- 課題をこなす楽しさがある( 7 )名。
- 好きな曲が弾ける喜び( 7 )名。
- コンクールに出ること( 2 )名。
- ストレス解消( 2 )名。
- 仲間づくり( 1 )名。
- 先生に会いに来て話すことを目的にしている。
- 音楽の専門家としての意見を求めに来ている。
「その他自由回答」 - 質問3:過去に鍵盤経験がある学習者とない学習者への指導法について違うと思われますか?
- 特に気にしたことがない(全員回答)。
- 質問4:教材の選択方法は、どのように決めてらっしゃいますか?
- 教材の外観が子どもっぽくないもの。
- 生徒の希望した曲。希望の曲がない場合は、生徒と相談する。
- 初心者は1段楽譜からと決めている(楽譜が見やすいため)。学習者から弾きたい曲のリクエストがあった場合も、1段譜で指導する。
- 質問5:学習者の希望する曲と技術に差がある場合の対応はどのようにされていますか?
- 楽譜を簡単にアレンジする。
- ミュージックデーターを利用して、簡単な曲でもゴージャスに聞こえるように工夫する。
- 質問6:成人の学習者に改善して戴きたい点があるとすれば何でしょうか?
- 特になし(全員回答)
調査1では、学習者多くが「好きな曲が弾ける喜び」を選択した。このことは、子どものピアノ学習が運指練習を中心とし、段階的に行われることと方向が異なる。また、調査協力者の年代の大部分が30代から50代という、社会的役割のうえで最も充実した時期であることに着目すると、彼女らがピアノ学習をライフワークとして意識的に組み込もうとしていることがわかる。フリーコメント欄の明るい雰囲気は、それを裏づけているといえる。ところが、調査2のコメントでは、では明るい雰囲気が一変し、成人のピアノ学習者が指導者を厳しい目で吟味する様子がみられた。なお、調査2では回答者の条件を特に設定しなかったことから、このような厳しいコメントが、未経験のピアノ学習希望者の要望なのか、過去に何らかの理由でピアノ学習を辞めてしまった苦い経験にまつわるものなのか、現在の指導者に対する要望なのかがはっきりしないというミスが生じてしまった。しかし、ピアノ学習に興味のある成人が、自分を先導する人物として知識と技術と向上心を兼ね備えた理想的な指導者像をもっているという傾向を示したということはいえるであろう。
インターネット調査2では、成人のピアノ学習者は、先導的な指導者像をあげていたが、ピアノ学習を継続し行っている者を対象にしたこの調査では、そのような指導者に導かれる学習ではなく、むしろ仲間で音楽を楽しむことや指導者と会話を通じて交流することにより、学習が促されていた。このことから、現在ピアノ学習を行っている者は、子どもの指導の際にみられる指導者主導型の学習より、むしろなんでも話し合える並行した位置にある温かい雰囲気をもち、学習を援助してくれる指導者を望んでいると推測される。また、成人の学習者は、成人と子どもの指導法に違いがあると言い、成人には子どもとは異なるアプローチを望んでいることも重要な点であると考えられる。
ここでは、自宅ピアノ指導者が「大人」とイメージする年齢と、男性のピアノ学習者の2点について述べる。まず、調査では指導者が「大人」とイメージする年齢は、高校生または19歳であった。言うまでもなく、これらは社会的には成人ではない。ではなぜ指導者が未成年を大人だとイメージしているかというと、その背景には、音楽大学または保育者養成校をめざす学生や、そこに在籍する学生の存在があると思われる。これらの学生は、「職業上ピアノを必要とする学習者」である。このことから、指導者は、「職業上ピアノが必要な学生を大人と認識し、それらを指導することが大人への指導だと考えている」ということが推測される。なお、グループ調査1で、「そもそも大人をピアノ指導の念頭においていなかった」という回答があったが、おそらくこの調査協力者がいう「大人」とは、職業上ピアノを必要としない趣味のピアノ学習者をさすと思われる。したがって、指導者のなかには、趣味のピアノ学習者の指導は、仕事の範疇外であると認識しながら指導を行っている者も存在すると考えられる。
男性の学習者の受け入れについて、自宅ピアノ指導者はほぼ全員が受け入れに消極的であった。「男性もピアノを学習する権利があるのではないか」という筆者の問いかけにも、回答に変化はなかった。このことについては、ジェンダーにも関わる内容であることから、今後慎重に議論されるべきだと考えられる。
ここでは、「学習者から弾きたい曲のリクエストがあった場合も、1段譜で指導する」という回答について述べる。このように指導者が学習者の学習目標を決定し、教材の選択から手順・評価に至るまですべて指導者主導で行われる学習は、一般的には子どもに対して行われる指導法である。大人のピアノ教室における回答では、どちらかというと彼女のような姿勢の指導は敬遠されていたが、この調査協力者の場合は、とくに問題はないとのことであった。おそらくこの調査協力者が高齢で、講師歴30年以上のベテラン講師であることが、学習者の信頼を得ているのだろうと思われた。なお、時間の都合上調査は打ち切られたが、彼女から初心者以外の成人のピアノ学習者の指導について詳しく話を聞くべきであった。
調査の結果、成人の学習者には、自分の導く者としての先導的な指導者象と、学習をサポートする者としての援助的な指導者像という二通りの指導者像が存在した。また、大人には子どもとは異なるアプローチを望んでいた。それに対しピアノ指導者の調査では、A以外の指導者からは成人の学習者像が示されなかっただけでなく、趣味のピアノ学習者においては指導の範疇外としていたことがあきらかになった。このように、成人のピアノ学習者と指導者の間には、大きな意識のずれが示されたのである。しかし、余暇活動として趣味のピアノ学習者がこれからも増えることが予想されることから、指導者が趣味のピアノ学習者に対しこのままの対応を行うことは、指導者自身の仕事としてのモチベーション低下にも繋がる重要な問題である。一方で、振替レッスンや開室時間など、教室運営面においても、柔軟な個別対応が可能な自宅ピアノ教室の存在は、成人のピアノ学習者の継続学習には不可欠である。以上のことから本稿では、自宅ピアノ指導者が成人のピアノ指導に関して早急に学ぶ必要があるという結論に達した。そこで次章では、成人のピアノ学習について書かれている書籍の紹介と、学びの場について述べる。
ここでは、自宅ピアノ指導者が成人のピアノ学習者の指導法について学ぶ方法として、まず書籍の紹介をする。遠藤三郎は『生涯学習ピアノのすすめ 大人のためのピアノレッスン』のなかで、「生涯学習は、"習う人中心"が原則である」と述べ、「成人のピアノ学習者の最終目的は、脳の活性化をもとにピアノと一生付き合い、最終的には仮にピアノを弾かなくなっても音楽が生活を活性化させることだ」 と結論づけている8。大村典子・大崎妙子は『大人のピアノ 長続きのコツ』のなかで、指導者としての経験をもとに子どもと大人の指導の違いを述べ、大人のピアノ指導の具体例を質疑応答の形で記している9。元吉ひろみの『シニア世代に教える最高のピアノレッスン法』は、成人教育学理論の裏づけをもち、健康科学の領域と教材研究の上に成り立つピアノ指導者向けの書籍であり、60歳以上の学習者をそれぞれの視点から考察している10。これらは、研究者やピアノ指導者の著書である。それぞれ学習の最終目標や対象が異なるが、成人のピアノ指導について指導者の立場からわかりやすく書かれている。
学習者の立場からは、広瀬宣道『おとなのピアノ独学のすすめ ぼくはこうして《英雄ポロネーズ》をマスターした』がある。広瀬は、指導者主導のレッスンに嫌気がさした著者が独学でピアノを学習する様子を詳細に描いている11。鮎川久雄の『大人のピアノ入門 3ヵ月で弾けるようになる「コード奏法」』12では、ピアノ教室に通う時間のない働き盛りの男性が、楽しみながらピアノを独習する様子が鮎川自身の体験をもとに描かれている。なお鮎川は、自身のホームページに下記のようなコメントをしている。
「ピアノの(特にクラシックの)専門家」とは、おそらくピアノ指導者を指すものと考えられる。実際に鮎川とピアノの専門家の間でどのようなやりとりがあったのかは定かではないが、鮎川が不快な感情をもったことは伝わってくる。また、現在形で書かれていることから、これらの出来事は現在も継続されていると考えられる。これからのピアノ指導者は、自身の指導法と異なる指導法を柔軟に受け入れ、それを活用する姿勢が必要だと認識させられるコメントであった。
次に、ピアノ指導者が、成人の指導に関して情報交換をする場の必要性があげられる。第1章でみたように、成人のピアノ指導について指導者が学ぶ場は多くない。しかし、すでに子どもの指導においては、このような情報交換の場は多くの楽器店講師会で設定されている。今回、調査を依頼した楽器店講師会の関係者も、「情報や知識を即時的に実際の子どもの指導に活かせるのは、講座やセミナーではなくむしろ、指導者同士の交流だ」と述べていた。この講師会は、年数回行われ、毎回終了前の30分間は講師のレッスン上の悩みや生徒募集などの情報交換にあてられる。なお、成人の指導に関する情報交換の場が設定された暁には、疑問や悩みを共有することで問題解決が期待できるだけでなく、成人を指導したことがない指導者が、成人の学習者に目を向けるきっかけになることからも、組織による学びの場の設定が必要であろう。
少子高齢化がすすむ現在の日本において、子どもだけを対象にしたピアノ教室の運営は、もはやむずかしいものになっている。しかし、ピアノ指導はあくまでも子どもを中心に行われており、成人のピアノ指導については理論研究もあまり多くない。したがって、現時点では、成人の指導に関して何らかの問題意識をもつ指導者のみを対象に、書籍と情報の場の活用を提案し、今後彼女らの活躍によって成人に目を向け、成人を指導してみたいと思う指導者が生まれてくることを期待するしかないのであろう。
なお本稿では、成人には子どもとは異なる指導が必要であるという結果が得られたが、具体的な内容についてまでは言及されていなかった。そこで筆者は、この調査結果をもとに成人のピアノ指導に対して、成人の特性を活かした学習支援論であるマルカム・ノールズのアンドラゴジー論14の適用の可能性を研究した15。その結果、理論上の可能性が垣間みられたことから、今後は実践面でのアンドラゴジー論の適用の可能性を検討したいと考えている。
- 梅村充「ヤマハ株式会社 楽器事業説明会資料:国内音楽教室事業概況(生徒数推移)」2004年、p.2 (2015年4月30日最終検索)。
- 1993年にカワイは大人のピアノグレードを設立。また2003年にヤマハは大人のためのピアノ教育システム「大人のためのPSTA(Piano-Study Teacher's Association)」を構築した。
- ヤマハなんばセンター講座・セミナーは、年間を通じて行われている(2015年4月30日最終検索)。
- ピティナ(PTNA)は、一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(英語名The Piano Teachers' National Association of Japan) の略称であり、1966年に発足した。ピアノを中心とする音楽指導者の団体で、約14,000人の会員が所属している。
- PSTA(英語名Piano-Study Teachers' Association)の略称であり、2003年に発足した。ヤマハ専用教材、『NEWピアノスタディ』と『大人のためのPiano Study』の使用を中心とする、ピアノの個人レッスンシステムである。
- PSTAオンデマンド音楽講座(2015年4月30日最終検索)。
- 大阪音楽大学「2015年度指導者研修講座」(2015年1月25日最終検索)。
- 遠藤三郎『生涯学習ピアノのすすめ 大人のためのピアノレッスン』春秋社、1992年、p.117。
- 大村典子・大崎妙子『大人のピアノ 長続きのコツ』ヤマハミュージックメディア、1997年。
- 元吉ひろみ『シニア世代に教える最高のピアノレッスン法』ヤマハミュージックメディア、2013年。
- 広瀬宣道『おとなのピアノ独学のすすめ:ぼくはこうして《英雄ポロネーズ》をマスターした』春秋社、2002年。
- 鮎川久雄『大人のピアノ入門 3ヵ月で弾けるようになる「コード奏法」』講談社+α文庫、2014年。
- 『初心者おじさんan弾手のピアノ奮闘記』(2015年4月30日最終検索)。
- マルカム・ノールズ、堀薫夫・三輪建二監訳『成人教育の現代的実践 ペダゴジーからアンドラゴジーへ』鳳書房、 2002年。
- 三上香子・堀薫夫「アンドラゴジーの視点からみた成人のピアノ教育における学習指導に関する研究」『音楽 学習研究』第10巻、2014年、49-60。(PDF)
◆研究論文
音楽を研究する人が多くの人々の批評を受けることで、知的に洗練される場を提供します。学術的な実績を重ねたい方はこちら
※現在募集はおこなっていません
◆研究レポート
必ずしも学術的な枠組みにとらわれない、自由な形式のレポートを募集します。ピアノ音楽について、日常感じたり研究していることを発表してください。
※要項はこちら