アンケート調査から見る音大ピアノ科大学院生像/熊澤 由花さん
熊澤 由花(お茶の水女子大学3年)
音大生の進路選択の一つに「大学院進学」がある。彼らは、いつ、どのように大学院進学を決意し、どのような将来像を描いて大学院生活を送っているのか、同じく音楽を学ぶ学生として非常に興味を持った。そこで今回は、2016年4月現在音楽大学大学院にてピアノソロもしくはピアノ伴奏を専門に学ぶ83名にアンケートをとり、学部3,4年時の過ごし方、大学院進学を意識した時期、そしてどのような将来像を描いているのか等について、調査を行った。
まずは、その調査から見えてくる音大ピアノ科大学院生の実態に関する考察を行った。さらに2人の大学院生にはインタビュー取材にもご協力いただき、具体的なエピソードを交えてこれまでのこと、今思うこと、将来のことについて語っていただいた。
グラフを見る通り、学部3年時に意識し始めた人、次いで4年になってから決めた人が最も多いという結果になった。就職活動が本格化する時期でもある学部3年時に意識し始める人が多いのは頷けるが、中には願書提出直前、という人もおり、前々から決めていたというよりは、学部時代を過ごす中で意識し始める人が多い、ということが判明した。
圧倒的に多かったのが、学部時代を過ごす中で、まだまだ学び足りないと感じたから、という回答であった。次いで多いのが「指導教員に勧められたから」という理由である。「修士の学歴が欲しい」と回答した人は、将来音楽を使って仕事をしていく上で、修士の学歴は必須であると考えている傾向にあった。その他の主な例として、「師事したい先生がいるから」「コンサートに選抜されたり、コンクールで入賞できたりしたため」「両親の許可が下りたため」「一度就職したがやはり自分には音楽を使った仕事がしたいと思った」などが挙げられる。
この質問には、ほとんどの人ができる限りの時間を練習に回していたと回答している。練習時間は少ない人で1日平均2時間、多い人で平均8時間と回答していたが、どの方も共通して、アルバイトや通学に費やす時間以外は、最大限練習に充てようと努力したと回答しているのが印象的であった。また場数を踏むために、かなりの人が海外セミナーやコンクール、演奏会へ出演していた。
春季は新人演奏会に出演する人が多く見られた。協奏曲や室内楽に学部時代よりも積極的に取り組んだと答えた人が多かった。自由な時間が多くとれ、より自分がやりたい専門的な勉強に力を注げた人が多い中、中には逆に自己管理が難しく、練習にあまり身が入らなかったと答えた人もいた。
83人のうち、「選出された」と回答したのは42人、「選出されなかった」と回答したのは41人でほぼ2人に1人は何らかの選抜式の演奏会に出演しているという結果になった。例として、大学の定期演奏会や読売新人演奏会等が挙げられる。
指導者が最多で、次いで演奏者として活動したい(伴奏ピアニスト含む)と回答した人が多かった。ただし、「演奏者」として回答した36人のうち、32人が楽器店や自宅での指導・大学の非常勤講師・助手との両立を視野に入れていると答えていた。
全体の特徴として、(音楽にかかわる企業を含む)企業に就職しようと決めている人は全体のわずか5パーセントで、ほとんどの人が「教えること」で生計を立てようとしていることが挙げられる。このように考えている理由として、「ここまで続けてきたからには音楽と密接に関わることができる仕事がしたい、しかし自立もしたいので、演奏家だけでは厳しい側面があるため、同時に教える立場でもありたい」と回答した人が圧倒的に多かった。
ここの「就職」をいわゆる一般企業就職とすると、⑦で「企業就職」と答えた人は、全体の回答のわずか5パーセント(8人)であった。「企業就職」を意識した時期は、学部2年生時~大学院1年時の冬頃と本当にさまざまで、個人により差がある結果となった。
多種多様な回答が集まったが、大きく3つに分類すると、次のような結果になった。
- 音楽を専門にしていく、または仕事にしていくことへの意識が高まった
- 進路についてより深く考えられた
- プライドを持って演奏することができるようになった
- 4年時に就職活動がなかったのでその分落ち着いて練習できた
- 協奏曲・室内楽の勉強(より専門的な勉強)
- 論文を書いたので学術的にも知識を深められた
- レパートリーの増加
- 仕事の幅が広がった
- 共演者、先生方との人脈が広がった
①あなたはいつ頃から大学院・専攻科進学を意識し始めましたか、という質問では、学部入学時、もしくは初期段階から院・専攻科進学を意識していた人は少数派であることが判明した。1,2年を過ごす中でだんだんと「4年間では足りない」という思いにつながり、結果的に院・専攻科進学を決めているというケースが大多数を占める結果となった。進学を選んだ決定的な理由においても、「先生や親」といった他者・外部からの働きかけというよりは、学部時代を過ごす中で、「もっと勉強したい」という自分の中での強い思いが多数派を占めることが分かった。さらには学部3・4年時代の過ごし方においても、「演奏会やコンクールに向けて時間の許す限り練習に時間を割いていた」と回答した人がほとんどであった。その姿勢こそが、「もっと勉強したい」という思いにつながったのではないかと考察する。
その後の進路においては、「教えること」「演奏」で生計を立てていきたいと思っている人が圧倒的に多く、一般企業就職を希望している人はわずか5パーセントであった。個人的には、「主たる収入源」は一度社会に出るという意味合いも含めて一般企業で、と考える人はもう少しいると予想していたが、予想外に少なかった。「音楽が好き、自分には音楽しかない、だからこそどんな形でも音楽に直接かかわる形で生計を立てていきたい」という強い気持ちを持つ人が院生には多いことが分かった。
一方で、「大学院・専攻科進学」という決定をしたことで影響を受けたこと(自分自身の中での葛藤など)があればご自由にお書きくださいとしたところ、「同世代の友達は立派に社会人になって働いているのに自分はまだ学生をやっていて本当に良いのかという思い」「院進学ではなく、やはり社会に出たほうが良かったのではないかという思い」「果たして自分の考えている進路で本当に生計が成り立つのか」「学費がかさんでしまい親に迷惑をかけてしまっている」「これから本当に演奏関係(伴奏等)の仕事がもらえるのか」といった不安を吐露する人が多数いたことも特徴のひとつであった。現在の日本において、確かにいわゆる「一般企業」で働くよりも仕事としては安定しない「レッスン講師・演奏関連」の仕事。「音楽で生計を立てたい」「もっと音楽を勉強したい」という気持ちと現実との間で葛藤している思いをひしひしと感じた。
一方少数ではあるが、「院まで行ったからには絶対に音楽で食べていこうと強く思うようになった」「自信がついた」「周りが働く中自分が院に進学したからにはできることをすべてやるしかないという思いが生まれた」という前向きな声も聞かれた。
全体の傾向として「経済的自立の不安はあるがそれでも音楽を勉強し、音楽で生きていきたい。だから今全力で練習し、自己研鑽に励んでいる」という姿勢が、大学院でピアノを学ぶ学生に共通していることが判明した。今回アンケートに答えてくださった中の半数は「学校等の選抜式の演奏会」には特に出演していない、という結果であったので、現実を見れば音楽界で生き残っていくのは大変厳しいということもできる。しかし、それでも強い意志をもって音楽の道を選び、どんな困難に見舞われても、まわりがなんと言おうともくもくと日々努力を続けることができる人材は、ピアノ業界のみならず「ゆとり世代」「さとり世代」と言われているこの世代全体においても稀有な存在といってよいだろう。
今回は、山根真優さん(エリザベト音楽大学大学院2年)、後藤里帆さん(東京音楽大学大学院鍵盤楽器研究領域(伴奏)2年)のお二人にご協力いただき、これまでの音楽遍歴、そして今思うこと、将来のことについて語っていただいた。将来音楽を仕事にしていきたいと考えているお二人。共通しているのは「自分がやっていることを最後まであきらめず、貫くこと、またその覚悟が必要」という姿勢だった。
音楽をやり続けていくことは、常に自分自身との闘いである、というこのメッセージは、音楽を将来的に仕事にするか否かに関わらず、今音楽に真剣に取り組んでいるすべての人に届けたい。
- ピアノを始めたのはいつ頃ですか
- 5歳、幼稚園の年中の頃です。高校までは普通高校に通っていました。
- 小さい頃からコンクール等は受けられていたのですか
- はい、コンクールは小学生の時から受けていたのですが、中学、高校と学年が上がるにつれて、だんだんと回数を増やしていきました。
- ではその流れで自然に音大へ進学することになったのですね?
- いえ、音大に入るにあたっては親の反対があり、なんとか説得して入学した、という感じです。ですので、入学当初は大学院には行かず学部まで、と思っていました。ですが4年生の初めのころ、両親に大学院に行きたい気持ちを思い切って伝えて、納得してもらいました。
- アンケートによると学部3年生時代にはコンクールに加えてコンチェルトのオーディションに参加したり、4年生時には大学院入試の準備があったりと、忙しい毎日を過ごされていたようですが、それらのエピソードや、大学院入試に向けて特に頑張ったことを教えてください
- このような生活の中で、練習時間を増やしていくと元々持っていた腱鞘炎が再発しました。その時に先生から弾くことだけでなく、楽譜を見ることでも大事な練習になると言われました。それまではとにかく弾いて練習していましたが、それからは楽譜から読み取れることがどれだけあるのかを探し、またその曲への知識を深めていくようにすることで、練習の仕方が大きく変わったように思います。また、腱鞘炎とも上手く付き合っていけるようになりました。大学院入試においては、実技だけでなく筆記テストもありましたので、その両立がとても大変でしたが、勉強することで知識を増やせる良い機会となりました。
- その努力の甲斐あって、大学院1年生の時には広島新人演奏会で優秀演奏者に選出され、広島交響楽団と共演なさったそうですが、共演に至るまでの印象に残っている出来事、また成長したと思うことはありますか
- ずっとやりたかったコンチェルト、ということもあって憧れの曲であるラフマニノフのピアノコンチェルト2番を選びましたが、それと同時に自分の未熟さを痛感しました。練習は今までにないくらい辛く、投げ出したくなった時もたくさんあったのですが、先生や周りの方々が支えてくれました。本番は初めてのコンチェルトだったのでとても緊張しましたが、弾き終わった後の達成感は今でも忘れません。本当にピアノを続けてきて良かったな、と思った瞬間でした。また、ピアノという楽器はどうしても個人プレーになってしまいがちですが、コンチェルトをやることで、アンサンブル力を身につけるとても貴重な勉強となりました。
- 大学院卒業後も、音楽に携わって、ソロや伴奏、指導で生活していきたいとアンケートに書いてくださいましたが、一般企業に就職することを考えたときはありましたか
- やはり現実を見たときに、音楽で生活していくことは厳しいことであることは分かっているので、少し考えたこともありますが、最終的には今まで自分がやってきたことを貫こう、と思うようになりました。両親にも、大学院まで行ったからには音楽の道を極めてほしい、と言われました。これからも音楽の道を貫いていこうと思います。
- これから音楽、ピアノを仕事にしていこうと思っている人たちに、メッセージをお願いします。
- 音楽を仕事にすることを決定するということは、同時に将来への不安も感じると思いますが、自分がやっていること、やりたいと思ったことをあきらめずに最後まで貫くことが大切なのではないかと思います。
- 本日はありがとうございました
- ピアノを始めたのは何歳のころですか
- 6歳のころからです。最初はヤマハで習い始めました。
- 小学生、中学生、高校時代はどのような練習をしていらっしゃいましたか
- 小学校までヤマハで習い、中学生からは地元名古屋にある音楽学校に通うようになりました。高校で音楽科に進学してからは、授業が始まる前の朝30分と、できるときにはお昼休み、そして放課後と、合わせて4,5時間、休日はほぼ一日中練習していました。
- 院進学を意識したのは学部4年生のころと回答されていましたが、それまで一般就職を意識したことはありましたか
- 大学に入学した当時は海外に留学したいと思っていました。家族からは一般就職を勧められたこともありましたが、自分自身が一般就職を意識したことはありません。
- 院進学の決め手となった出来事を教えてください
- 学部3年生の時に、大学の授業でアンサンブルをする15人程度のコースに受かったことをきっかけに、アンサンブルを専門的に学ぶようになりました。多いときは、フルートの伴奏、声楽の伴奏を10人以上、ピアノカルテット、ヴァイオリンソナタ、自分の勉強のための歌曲を4曲程度など、様々な伴奏を同時に抱えていたこともありました。コースの授業は演習するものばかりで、正直その量を人前で弾くことに、当時はプレッシャーを感じていました。そのため一日中暇さえあれば練習、練習。とにかく体のことをあまりよく考えずに練習に明け暮れていました。そして自分の試験に向けて追い込んでソロの曲を練習していたとき、突然手に異変を感じたのです。腱鞘炎でした。暫くは楽譜を見ることしかできませんでした。
そんなことがありいろいろと奏法を模索している学部4年の時に、そのアンサンブルのコースで師事していた先生が、ブラームスの歌曲の音の出し方の説明をされたときに、たった一音だけ音を鳴らされたのです。その時の音があまりに美しくて、わたしもこのような音が出したい、伴奏をもっと深く追究したいと思うようになりました。 - それがきっかけとなり、大学院で伴奏を専攻することを決められたのですね
伴奏を学んでいる中で、特に印象に残っているエピソードがあれば教えてください - やはり合わせていて思うのは、お互いがお互いのことをしっかり考えているときには、初対面の相手であっても自然と呼吸が合ってきます。お互いの音楽性を大事にすることが大切だと思いました。もう一つは、自分が音に何を求めているのか、何を求めるべきなのかがだんだん分かってきたことです。周りからも「音がきれいだね」と音色の質を褒めていただけるようにもなりました。
- 将来は伴奏での共演活動と、指導者での進路を希望しているようですが、就職を考えたり、悩んだりしたことはありましたか
- ありませんでした。両親は一般就職をしてほしいようでしたが、大学院生になってから、自分がいままでやってきたことが形になってきている実感があり(奏法の面でも伴奏の仕事の面でも)、やはり私は音楽を仕事にしていきたいなと強く思うようになりました。
- これから音楽、ピアノを仕事にしていこうと思っている人たちに、メッセージをお願いします。
- もちろん「音楽が好き」という気持ちは大事だと思いますが、それだけではなく、音楽を突き詰めていく覚悟、音楽をやっていることに対して何か目的を持つことが大事だと思います。私自身以前は周りと比べてしまった時期もありましたが、音楽をするということは結局自分との闘いだと気づきました。
- 本日はありがとうございました
◆レポート
熊澤 由花(お茶の水女子大学3年)