美術館コンサートのススメ 第二回 多種多様な美術館コンサート/上田あゆみさん
上田あゆみ(パリ第四大学 美術考古学学科博士課程)
前回は美術館コンサートの会場とレンタルする場合の経費について、日本とフランスの比較しながら見ていきました。今回はその内容に踏み込み、コンサートの種類とその工夫に触れてみたいと思います。
パリの美術館では、年間数多くのコンサートが行われています。時間帯は、大きく分けてランチタイムコンサートと、夜の部があります。チケット代は、昼は平均15€(約1,800 円)、夜はおよそ20€から80 €(2,400 円から9,500 円)です。やや敷居が高いイメージがある美術館コンサートですが、このように幅広い料金で提供されているため自分の予算に合わせて参加することが出来ます。本リサーチでは、前章で採り上げた美術館の内、オルセー美術館、軍事博物館、ジャックマール・アンドレ美術館、そしてプチ・パレで行われた合計六つのピアノ・コンサートに足を運びました。
美術館 | タイトル |
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オルセー美術館 | マックゴナヴァン氏(バリトン)、バイユー氏(ピアノ)によるランチタイムコンサート(テーマ:『アポリネールの音楽家たち』) |
ブランドン氏(ソプラノ)、アルドリッジ氏(メゾ・ソプラノ)、グリン氏(ピアノ)によるランチタイムコンサート(テーマ:『オリエントの渇望』) | |
?軍事博物館 | 「ベートーヴェンと皇帝」(展示会:『セント・ヘレナ島のナポレオン』) |
フランソワ=ルネ・デュシャーブル氏、ピアノ・リサイタル(展示会:『セント・ヘレナ島のナポレオン』) | |
ジャックマール・アンドレ美術館 | ジャン=マルク・ルイサダ氏、ピアノ・リサイタル(シリーズ:『ピアノの周り』) |
プチ・パレ | ポーリーヌ・シュネ氏、ピアノ・リサイタル(シリーズ:『ピアノ休息』) |
パリの美術館におけるピアノ・コンサートは、主に展覧会・常設展のコレクションとタイアップした形式と、それらから独立した形式の二つに分かれます。
パリの美術館では、所蔵コレクションを展示する常設展と、世界中の美術館から借りてきた作品を、ある一つのテーマの下で展示する特設展(以下、展覧会)が開催されます。コンサートの演目もそのテーマに応じて選ばれます。今回取材したオルセー美術館と軍事博物館のコンサートもその場合に当てはまります。軍事博物館の例を見てみましょう。ここでは展覧会『セント・ヘレナ島のナポレオン―記憶の征服』に合わせて、8 回シリーズのコンサートが開催されました。展覧会では、皇帝の記憶を後世の人たちがどのように伝えていったのかを、最晩年に幽閉されていたセント・ヘレナ島で彼が実際に使用していた品々や、様々な証言、文献等を通して紹介していました。このような内容の展覧会とタイアップしたコンサートでは、どのような工夫が凝らされているのでしょうか。
ピアニスト、フランソワ=ルネ・デュシャーブルと、役者アラン・カレによる詩の朗読付きのコンサート。デュシャーブル氏はベートーヴェンの三大ソナタとリストの超絶技巧練習曲集第5 番《鬼火》を選曲しました。カレ氏はナポレオンについて書いたヴィクトル・ユゴーの詩と、ド・ラスカーズによる『聖ヘレナにおけるナポレオン回想録』を演奏の合間に読み上げます。これらの朗読は、ナポレオン伝説が皇帝の死後どのように形成されていったかを考えるという展覧会の主旨を補う、教育的要素が含まれたものでした。
プログラム中に有名な曲と「どうして?」と思われる曲を入れる
シリーズ中には協奏曲も見られます。『ベートーヴェンと皇帝』と題したコンサートでは、《皇帝》の名称で有名なピアノ協奏曲第5 番が演奏されました。ピアニストはフェルナンド・ロッサーノ。この日のプログラムには実はもう一曲、ハイドンのオラトリオ《四季》から「春」が組み込まれていました。なぜここでハイドンなのでしょうか。
《皇帝》終了後
その答えはある逸話に基づいています。ナポレオン一世がフランスの第一統領だった1800 年12 月24 日、彼を狙った暗殺未遂事件が起こります。皇帝に怪我はなく、その後予定通り劇場に向かったというのです。その時に彼が聴いた曲がハイドンのオラトリオ《天地創造》だったとのこと。また、皇帝はハイドンの崇拝者であったと言われています。このように逸話が選曲のヒントになるのは興味深い工夫です。
展覧会・常設展のコレクションとタイアップ形式のコンサートは、上で見たように展覧会の内容と関連付けて企画されており、小規模な演目から大規模なものまでが見受けられました。コンサート自体は、役者と提携してピアノと詩の朗読と掛け合わせたり、プログラム作成の段階で演目に意外性を取り入れたりする工夫により、通常のものに+αの価値を付けていました。これらを総合的に考えて、この形式における美術館コンサートは、展覧会の内容をよりよく理解するため、美術館側と演奏者側が一体となって盛り上げる重要なイベントと見做すことができます。
美術館では展覧会や常設展から独立した形式のコンサートが企画されるケースがあります。今回取材した中では、ジャックマール・アンドレ美術館のジャン=マルク・ルイサダのピアノ・リサイタルとプチ・パレで開催されたポリーヌ・シュネの『フランスの響き』がこの形式に該当します。
ジャックマール・アンドレ美術館で開催された、ピアニスト、ルイサダ氏のリサイタルでは、モーツァルトのピアノ・ソナタK 331 とショパンのノクターンop. 27の2、幻想曲ニ短調op. 49とスケルツォop. 54の4が披露されました。コンサートが行われたのは19 世紀の内装が現在も残る音楽の間。150 人ほど収容できる空間にピアノと観客席を配置するのですが、その距離の近いこと。普段大きな音楽ホールで、遠くからしか演奏を聴くことが出来ないピアニストが数歩先にいるという環境には驚きました。 さて、とても贅沢なピアノ・リサイタルですが、そのように感じる理由は美術館側独自の工夫に多くを負っています。コンサート企画担当責任者のアルシャンボー氏は、ジャックマール・アンドレ美術館のコンサートについて、ここが個人邸だった19 世紀後半、実際に行われていた夜会を小規模にして再現したものだと言います。来場者はその夜会に来た客人という位置づけです。そのため、このコンサートは美術館の営業終了時間が過ぎ、中にいた人がいなくなった後一旦扉を閉め、開始時間なると再び扉が開き、改めて人を招き入れるという「儀式」を行っています。集まった人たちは彼の誘導により全員で大サロンに移動。そこでコンサートの前にシャンパンやおつまみが提供されます。また、普段一般公開されている部屋を観て回ることも出来ます。このようなサービスは、美術館という特別な空間で音楽を楽しんでほしいという、ピアニストと企画者の協力なしには実現しません。
全員揃って中に入ります
展覧会や常設展から独立した美術館コンサート形式のコンサートでもう一つ採り上げるべき工夫は、「気軽さ」です。プチ・パレを例に見てみましょう。この美術館ではランチライムコンサートを開催しています。コンサートというと夜に行われるイメージがありますが、パリではお昼時のものも多く企画されています。これは、昼食休憩中の会社員や学生、また昼間の方が好都合という人たちに対して、忙しい一日の合間に「気軽に」上質な演奏を提供することを目的としています。そしてその気軽さは、予約なしの無料で参加することが出来るという事実にも表れています。このような企画は、美術館側と演奏家の「万人に音楽を楽しんでもらいたい」「音楽をより身近に感じてもらいたい」という考えが根底にあるからこそ実現しています。
3年前に亡くなったアンリ・デュティユーとフランス音楽へのオマージュ
この回ではパリの美術館における多種多様なコンサートを、企画の工夫に着目してご紹介しました。コンサートを展覧会や常設展のコレクションとタイアップしているか否かで大きく二つに形式分けをしましたが、上で採り上げた四つの工夫に関しては、必ずしも二つのうちどちらかに当てはまるものではありません。
これらの工夫は日本の美術館で開催するコンサートにも応用できます。前回、歴史的で場所の価値がフランスの美術館に比べてあまり高くない日本の場合、美術館コンサートを成立させるためには、他の要素で価値を見出す必要があると書きました。そのヒントになるのが企画における四つの工夫です。これらを元に提案された企画は、娯楽と教育がバランスよく採り入れられて、音楽を楽しみたい人だけでなく、プログラムに+αの価値を求める人の両方の要求を満たせます。一例として、音楽と美術作品を関連付けた企画やレクチャーコンサートなどが挙げられます。日本でもピティナで公開レッスンと提携して開催されているように、様々な場所で行われています。これらの工夫を参考にしたプログラムの企画は、美術館の展覧会や所蔵コレクションにも注目が集まる機会になり、美術館側と音楽家で相乗効果を生むと考えます。来場者のコンサートを通して「音楽をもっと楽しみたい」気持ちと「音楽をもっと知りたい」気持ちの両方に応えることが出来る空間は、美術館でなくとも日本に複数存在しますが、パリの例で見たように、美術館では工夫一つで多種多様なコンサートを企画しています。日本においても今後ますますコンサート会場の候補地として美術館が台頭してくるに違いありません。次の最終回では美術館でコンサートを行うことの社会的意義について触れていきましょう。
◆レポート
上田あゆみ(パリ第四大学 美術考古学学科博士課程)