美術館コンサートのススメ 第一回 美術館コンサートに出かけよう/上田あゆみさん
上田あゆみ(パリ第四大学 美術考古学学科博士課程)
近年、iTune を通した音源ダウンロードやストリーミング配信、ピティナ・ピアノ曲事典に代表されるYouTubeなど様々なサービスの出現によって、ピアノを聴く機会が多様化しています。パソコンやスマートフォンで音楽を簡単に入手し、いつでも聴くことが出来るようになりました。聴く空間も、専用のホール以外に、公園やショッピングモール、駅など、音楽とは関わりが薄いと思われる場所がコンサート会場として使用されています。このような傾向は日本だけに見られるものではなく、筆者が滞在するフランスでも同様です。
美術館もその空間の一つです。ここ十数年、パリにおける美術館の作品展示室や付属のオーディトリアムでは、様々な講演会や映画上演会が企画されるようになり、コンサートもその一端を担っています。クロード・モネ(1840 年~1926 年)晩年の大作、《睡蓮》を所蔵しているオランジュリー美術館では、モネ展の際、ドビュッシーをはじめとする同時代の作曲家のピアノ作品がこの絵画と同じ空間で演奏されました。音楽と美術は同じ芸術分野。双方が集う空間ではどのような相乗効果が生まれるのでしょうか。
こうした領域横断的な企画の中では、音楽は音楽の専門家や通人だけでなく、美術や歴史に関心のある来場者が聴取に参加します。このような鑑賞様式はパリだけでなく、日本でも1950 年、大原美術館創立20 周年を記念して開催された、ラザール・レヴィのピアノ・リサイタルに見られるように、早い時期から着手されてきました。日本でも増えてきている美術館コンサート。このリサーチではフランス、特にパリの場合を採り上げ、美術館でコンサートを聴く楽しさについて、三回に分けて探っていこうと思います。
パリには世界有数の美術館が存在します。いったいどの美術館が、どのような場所でコンサートを開催しているのでしょうか。ここでは主な美術館5 件(うち博物館1 件)のケースをご紹介したいと思います。
オルセー美術館が美術館として駅舎から生まれ変わったのは1986 年のこと。1848 年から1914 年までの作品を所蔵しています。コンサートは美術館の地下2 階にあるオーディトリアムで開催されます。座席は全部で339 席。
13 世紀から近代までの武器や大砲の軍事品コレクションを所蔵する博物館。建物内のサン=ルイ教会にはフランス皇帝、ナポレオン一世の墓が置かれています。コンサートが開催される場所は大サロン、テュレンヌの間、そして教会。いずれも本来は別の用途で使用されていました。収容可能人数は約200 人、教会は約550 人と、スケールの大きいコンサートを企画することが出来ます。
ジャックマール・アンドレ美術館は、元来フランスの裕福な銀行家兼、美術品コレクターであったエドゥアール・アンドレ(1833 年~1894 年)が建てた邸宅でした。館内にはイタリア・ルネサンス、18 世紀フランス、オランダ等の絵画作品とともに、美術工芸品や調度品が展示されています。コンサート会場は大サロン、音楽の間、食堂の三室で、各々150 人程度を収容できます。こぢんまりしており、その規模から個人宅として使用していた形跡が偲ばれます。
1900 年に建てられたプチ・パレは、パリ市が運営する美術館です。中世、ルネサンス期の絵画や調度品、18 世紀の家具コレクションや19 世紀に活躍した画家ドラクロワ、クールベ、モネの絵画など、幅広い時代、国、ジャンルの作品が所蔵されています。コンサートはオーディトリアムで行われ、座席は車椅子専用のものも含めて全187 席あります。
中世から1848 年までの西洋美術やエジプト、メソポタミア等の古代美術作品を所蔵するルーブル美術館。コンサートが行われるのは巨大ピラミッドの真下に位置する階段講堂形式のオーディトリアムで、ピラミッド建築20 周年を記念して作られました。同じオーディトリアムでもオルセー美術館やプチ・パレと比較すると座席数は三つの中で最も多く、420 席あります。
(アイウエオ順)
以上の美術館コンサートは、会場を次の三つのパターンに分類することが出来ます:
- 常設展の一部を使用したコンサート(ジャックマール・アンドレ美術館)
- 普段一般公開されていない、特別室で行うコンサート(軍事博物館)
- オーディトリアムでのコンサート(ルーブル美術館、オルセー美術館、プチ・パレ)
これらは更に「常設展の一部を使用した会場/特別室」と「オーディトリアム」の、二つに分類することが出来ます。
双方に装飾や座席の違いがあるものの、二つの共通点があります:美術館が「歴史的」であることと、会場が「多目的」であることです。上に挙げた美術館が「歴史的」であるのは周知の通り。それぞれがフランスの「歴史的」記念建造物に登録されており、国から保護されています。会場が「多目的」であるとは、美術館側がコンサートのために提供する空間が、音楽に特化したものではなく多目的になり得ることを指します。実際にパリの美術館では、演劇鑑賞や映画上演会、講演会等、多種多様なイベントが企画されています。コンサートが開催される会場は、音楽の枠を超えた芸術ないし文化の発信源となる空間であると言えます。
このような歴史的で多目的な美術館内の会場は、個人単位のコンサートでも借りることが可能です。その場合、レンタル料金は日本円に換算して10 万円から400 万円です。このように金額の幅が広がる理由の一つに、料金確定の基準が美術館によって異なることが挙げられます。例えば、軍事博物館はコンサートの回数、プチ・パレは借りる時間、ジャックマール・アンドレ美術館は推定来場者数と使用する部屋数によって決定されます。建物がどの管轄下にあるか、ということもレンタル料金に差が開いたもう一つの理由です。ルーブル美術館とジャックマール・アンドレ美術館の会場レンタル料金を比較してみましょう。
場所 | 単位 | レンタル費 | 管理費 | 合計 |
---|---|---|---|---|
多目的ホール | 半日 | 192,000円 | 表記なし | 192,000円 |
一日 | 256,000円 | 表記なし | 256,000円 |
- 管理費は来場者の数、準備と片付けの具合などによって変化する
場所 | レンタル費 | 管理費 | 合計 |
---|---|---|---|
一ヶ所 | 896,000円 | 32,000円 | 928,000円 |
二ヶ所 | 1,728,000円 | 32,000円 | 1,760,000円 |
三ヶ所 | 2,406,400円 | 384,000円 | 2,790,400円 |
全館 | 3,584,000円 | 448,000円 | 4,032,000円 |
- 費用は来場者数や借りる会場数によって変化する。また上の費用はレンタル一回あたりのものである
- ※ ピアノは個人で業者にレンタル
管理費を含めずに、双方の会場を一日一ヵ所借りた場合を比較すると(表の中のオレンジ色で強調した箇所)、64 万円の差が生じます。実のところ、フランス学士院も国立のアカデミー。同じ国立の機関にも拘らずこのような差が見られるということは、「フランス学士院管下」という肩書がレンタル料金の設定に大きく影響を及ぼしていると推測出来ます。
では、日本の美術館における会場のレンタル料金はどうでしょうか。リサーチにあたって、コンサートを開催している国立西洋美術館、横浜美術館、兵庫県立美術館、岩手県立美術館、山梨県立美術館に会場の貸出事業を行っているかどうか問い合わせてみました。回答をいただいた中で、コンサートホール、あるいはそれに近い会場を所有し民間へ貸し出しをしているのは横浜美術館と兵庫県立美術館です。
場所 | 時間 | 平日 | 土・日・祝日 |
---|---|---|---|
レクチャーホール | 午前 | 4,000円 | 5,000円 |
午後 | 9,000円 | 10,500円 | |
夜間 | 7,000円 | 8,500円 | |
一日 | 20,000円 | 24,000円 | |
時間外 | 2,500円/時間 | 3,000円/時間 |
- 管理費、人件費に関する表記なし
- ※ ピアノは別途でレンタル(下の表を参照)
種別 | 貸出 単位 |
使用料 (1 区分当たり) |
使用料 (時間外:1 時間当たり) |
備考 |
---|---|---|---|---|
ピアノ(スタンウェイ) | 1台 | 5,000円 | 1,500円 | フルコンサートピアノ |
ピアノ(ヤマハS-6) | 1台 | 3,000円 | 1,100円 | セミコンサートピアノ |
場所 | 時間 | 平日 | 土・日・祝日 |
---|---|---|---|
ミュージアムホール | 午前 | 9,700円 | 11,000円 |
午後 | 24,200円 | 27,500円 | |
夜間 | 14,600円 | 16,500円 | |
一日 | 33,900円 | 38,500円 | |
アトリエ1 | 午前 | 2,600円 | 2,900円 |
午後 | 6,300円 | 7,200円 | |
夜間 | 3,900円 | 4,400円 | |
一日 | 8,900円 | 10,100円 |
- 管理費、人件費に関する表記なし
- プロジェクター、映写機、マイク等の附属設備は無料
- ピアノ使用料(8,200 円)は別途
- ピアノ・コンサートの会場に該当するものを採り上げました。ミュージアムホールとアトリエ1の他に、ギャラリー、アトリエ2(美術の実技教室に利用)、レクチャールームの貸し出しをしている
市立と県立という違いはさておき、会場のレンタル料金を確定する単位は、両館とも曜日と時間で、区分に関しても午前・午後・夜間・一日とほぼ同じ。ピアノの使用料を加えて一日借りた場合の最高額は、横浜美術館で2万9,000 円、兵庫県立美術館では4万6,700 円です。これらの額に管理費と人件費を足したとしても、パリの美術館ほど高くはなりません。
民間ベースにおける美術館のコンサート会場のレンタル料金をパリと日本とで比較してみると、前者の方が遥かに高額ということは明白です。では、なぜパリの美術館がこれほどまで高い金額を設定して会場を提供しているのでしょうか。ジャックマール・アンドレ美術館のコンサート企画担当者、エルヴェ・アルシャンボー氏によると、その答えは「場所の有効活用(valorisation des lieux)」にあると言います。歴史的な観点からも魅力的な空間を、多くの人と共有したいという気持ちがコンサートを開催する動機になっているようです。フランス語のvalorisationには「活用」の他に「より高い価値を与えること」という意味もあります。従って美術館の場合、音楽家に演奏してもらうことでその空間の歴史的、文化的価値が上がるということになります。パリにおける美術館コンサートは、音楽家にとって自身の演奏を披露する機会、美術館側にとっては場所を有効活用できる絶好の機会であることから、双方の需要に応じた理想的なイベントであると言えます。では、歴史的で場所価値の高い美術館がパリほど多くない日本では、どのような付加価値を付けるとコンサートは成立するのでしょうか。次回、パリの美術館コンサートの中でも特に企画の工夫に着目して、そのヒントを見つけたいと思います。
◆レポート
上田あゆみ(パリ第四大学 美術考古学学科博士課程)