ファイナル(ソロ)の演奏
ソロリサイタルでは、6人がそれぞれに魅力ある演奏を披露し、会場から大きな拍手を浴びていました。
●14時
(11)Antoine de GROLEE (23歳、フランス)
モーツァルト:ロンド イ短調K.511
ショパン:バラード第3番変イ長調Op.47
フォーレ:主題と変奏 Op.73
B.Jolas:O Bach
ベートーヴェン:ピアノソナタ第28番イ長調Op.101
最初に登場は、地元フランスのGROLEEさん。パリ国立高等音楽院のブルーノ・リグット先生門下だそうです。
1次予選から一貫して、各作品の性格をよく捉え、そこにどう自分の個性を盛り込むか、よく心得ているピアニスト。精神と肉体をバランスよくコントロールし、音楽全体のペース配分が入念に練られています。
フォーレの淡い情感、mp-pの音量の計画的な配置、まろやかながらよく響く音。ベートーヴェンのフレーズの彫りの深さ、様式を崩さない最大限の範囲での積極的な個性の表出、左手の見事なニュアンス。トップバッターを務めるに十分の知的な演奏に仕上がっていました。
(14)Tae-Hyung KIM (22歳、韓国)
モーツァルト:ソナタ 変ロ長調 K.570
リスト:巡礼の年第3年より「エステ荘の噴水」
B.Jolas:O Bach
フォーレ:ノクターン第6番変ニ長調Op.63
プロコフィエフ:ピアノソナタ第7番変ロ長調Op.83
浜コン3位のキム・テヒョンの登場。
モーツァルトから、コクのある美しい音で、深みと幅を感じさせますが、好調時に高音域に見せる、ハッとするような繊細な美しさが出きらない印象。続く「エステ荘」でも、本来のテヒョンの輝きのある処理を知っていると、それが調子の悪さなのかピアノのコンディションなのか、心配になるところです。とはいえ、安定的に技巧・解釈が成立しており、見通しの良いオーソドックスな音楽の魅力を崩さないところはさすがです。プロコフィエフのコーダの見事さに、盛大なブラボーが飛びました。
●17時
(16)Jun Hee KIM (17歳、韓国)
モーツァルト:ソナタ ニ長調 K.311
フォーレ:バルカローレ第1番イ短調Op.26
B.Jolas:O Bach
ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 Op.42
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ファイナリスト最年少、17歳のJun Hee KIMの登場。
モーツァルト、フォーレとも、くっきりとした粒立ちの良い音ではっきりと音楽を刻んでいき、響きの処理も極めてクリアなのですが、音楽を自分のものにしきれておらず、つまらないミスも散見されてしまいます。ラフマニノフでも、硬質な音色と対照的に配置する柔らかい音色を持っていないために、「押す」だけの音楽で、変奏曲の意味合いがぼやけてしまいます。ただ、最後のラ・ヴァルスでは、素晴らしくクリアに処理できる技術と耳を持ち合わせていることを示し、ダイナミックに締めくくりました。将来が楽しみな17歳です。
(18)Tristan PFAFF (22歳、フランス)
B.Jolas:O Bach
モーツァルト:「ああ、ママに言うわ」による12の変奏曲ハ長調K.265(キラキラ星変奏曲)
フォーレ:ノクターン第1番変ホ短調Op.33-1
プロコフィエフ:ピアノソナタ第8番変ロ長調Op.84
地元フランスから、Tristan PFAFFの登場。
この人は、1次予選の出来がいまいちだった印象から入りましたが、セミファイナルのラヴェル「ソナチネ」の名演といい、今日のファイナルといい、尻上がりに調子を上げてきました。
知性と芸術的感性のバランスが高いレベルで取れているピアニストで、モーツァルトの有名な変奏曲でさえ、主題提示の繊細さだけで、引き込まれるものを持っています。ガラス細工のような透明な輝きのある細くて美しい音で、各変奏のニュアンスを自在に付けてチャーミングなモーツァルトを描くと、次のフォーレでは、冒頭から凄まじい美しさの音を出し、少し弾き崩した即興的な運びも好ましく感じられます。プロコフィエフでも、轟音をひけらかすわけではないのですが、美しさ・切なさ・儚さ・豊かさ、様々なニュアンスを実際に音によって複雑に絡み合わせて示すことができる素晴らしい才能を披露しました。
●20時
(24)Hibiki TAMURA 田村響 (20歳、日本)
モーツァルト:ソナタ イ短調 K.310
フォーレ:主題と変奏 Op.73
B.Jolas:O Bach
シュトラウス=ゴドフスキー:「こうもり」による演奏会用パラフレーズ
日本から唯一のファイナリスト、田村響さん。
硬い表情で登場しましたが、自分の持てる力を全て出し切ろうという決意が感じられます。モーツァルトは、ゆっくりとしたテンポで、鍵盤に一音一音を刻み込んでいくような演奏。楽譜にある細かいスラーや強弱のニュアンスも、左右ともに極めて丁寧になぞっていき、楷書体の誠実なモーツァルトに仕上げます。音楽の停滞を感じさせるほどのテンポで犠牲を払いながら、深遠な音色で、「こうありたい」という確固たる意志の感じられる音楽を提示します。
続くフォーレは、宗教作品のような出色の仕上がり。ハーモニーの変化に対応する色彩感の調整が見事で、光が差し込んでくるような高音のピアニッシモは感動的なほど。
驚かせたのが、現代作品課題「O Bach」での深い読みと理解、そしてイマジネーション。音楽がその場に生まれている、と感じさせるに十分でした。
最後は得意のシュトラウス=ゴドフスキー。スピード感あふれる超絶のトランスクリプションさえ、一音一音を誠実に扱ってしまう田村君らしい演奏。もっとはじけてもいいのに!とさえ感じさせるのですが、トランスクリプションにさえ真正面から向き合って芸術に敬意を払う彼の音楽観は、20歳とは思えないものです。
テンポ、音楽構成、自分の見せ方、評価の分かれる要素を数多く持つ演奏でしたが、日本で田村君の健闘を祈っている皆さんには、ひとまず彼が、ハプニングなく彼らしい音楽をパリの聴衆に披露したことをお知らせしたいと思います。
(25)Sofya GULYAK (ロシア、27歳)
B.Jolas:O Bach
モーツァルト:ロンド イ短調 K.511
リスト:超絶技巧練習曲第12番変ロ短調「雪かき」
ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 Op.42
フォーレ:ノクターン第4番変ホ長調 Op.36
スクリャービン:ピアノソナタ第4番嬰ヘ長調Op.30
最後は、フランスにもファンの多い、コンクール上位常連のGULYAKさん。
音楽が高まると細部が粗くなるのですが、GULYAKさんの美点は、なんといっても豊かな響をもったその音色。モーツァルトのロンドの右手、ラフマニノフの主題提示、フォーレの中音域、すべてに、ふくよかでよく伸びる、やさしく柔らかな音色をふんだんに織り交ぜます。演奏順も、緩急を付け、技巧的なアピールと叙情的な歌わせぶりを交互に配置し、どちらにも高い能力を持っていることを網羅的に印象付けました。
気になるのは細部の粗さ、3段階通じての小品集的な選曲で、最大規模の作品(ベートーヴェンの後期や近現代の大ソナタ)の解釈能力が示されなかったことでしょうか。とはいえ、高い技巧、見事なステージ構成に、スタインディングオベーションと、今日初の3回目の呼び出しがかかり、大声援がGULYAKさんの演奏を称えていました。