第78回 ピアノの向こう側/ラフマニノフ:プレリュード作品23の6番
家の近くにとても気に入っている小さなイタリア料理屋さんがあります。お店に入って行くとニコニコと「いっらしゃいませ」とオープンキッチンから料理人(兼オーナー)が声を掛けてくれます。彼はいつも一生懸命に料理を作っています。一流とは言えないまでも、彼の「心」─皆に美味しく食べて欲しい・・そしてお料理を愛している心─がすごくよく伝わってきます。だから彼の作ったお料理はお腹も満たしてくれると同時に心までポカポカになります。並ばないと入れないような人気店ではありませんが(混んでいる事もあるけど)、彼が自分のベストを尽くして、私達の為に頑張って作ってくれる事に感謝しながら「おいしいな」と味わいます。やっぱり「心」って本当に伝わるんですね!私は音楽でこのような話をよくしますが、音楽だけではなく、お料理も全く同じです。
いわゆる高級なレストランで食べる料理は絶品です。でも達人による、最高級の食材を使ったお料理は間違いなく美味しいですが、何か足りないと感じることがあります。これを作った有名シェフはキッチンの向こう側にいるお客さんの顔を想像していたでしょうか。美味しいものを食べて幸せを感じて欲しい、お料理の素晴らしさを信じているでしょうか。いくら腕が良くても、材料が良くても、必ずしも「心」が伝わる料理かとういうと、そうとは限りません。何十万円のワインは当たり前に上手いはずです(飲んだ事はないです・・・涙)。最高級の牛肉は当たり前に美味です。でもすごい材料がなくても・・達人シェフがいなくても「心」があれば、お客さんはお料理を味わい、とても楽しむ事ができるのではないでしょうか。
この前、生徒からいい話を聞きました。彼女は音大生ですが、最近は「サンマルク」というレストランでピアノ演奏のバイトを始めました。BGMを弾いたり、お誕生日のお客さんが居ればお客さんが選んだ曲を弾いてあげたりする仕事です。周りの音で自分の弾くピアノがよく聞こえなかったり集中できなかったり・・・小さな頃からずっと真面目にバリバリ練習してきた彼女にとっては正直戸惑いもあるそうです。でも、とても重要な発見があったと聞いてすごく嬉しくなりました。それはひとことで言うと「音楽は何の為にあるかを初めて感じた」という事です。
彼女のもとに「音楽を聴いて涙が出ました」「ピアノの音色がモヤモヤを吹き飛ばしてくれました」「幸せな気分になった、ありがとう」というお客さんからの声が届きます。今まで親や先生や審査員、または自分の為だけに弾いてきたピアノ。この仕事を通じて、音楽は、自分の演奏は人々に感動を与えたり、癒したり、励ましたりできる可能性があると実感できたのです。音楽は自分の為だけではなく、人の為にもあるのだと身を持って知ることができたのです。これこそ音楽の持つ本質、音楽の素晴らしさではないでしょうか。このような事は学校ではなかなか教えてもらえませんが、彼女は自力で若い時に「ピアノの向こう側に世界がある」ことに気がつきました。この経験はどんな練習よりも彼女の音楽を成長させてくれると信じています。
一流のピアニストではなくても、頑張って私達の為に弾いてくれた演奏は必ず心に届きます。今年もたくさんの人たちの演奏からたくさんの感動をもらいました。美しい音楽や心にジーンとくる演奏は技術のレベルとは別次元のものです。演奏から弾く人の心が素直に伝わって来る時、私は幸せを感じます。音楽って良いな!身体に耳が付いていて音楽を聴けるって嬉しいな、ありがたいな、と思います。
もうすぐ2009年。
来年もまた感動できる演奏と出会えますように。
そして、僕も来年は少しずつでもより良い演奏ができるように更にがんばります!
HAPPY NEW YEAR!
素晴らしい新年を
ルイ・レーリンク
オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。
NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。
ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp