第62回 Be Yourself!/曲:シューマン クライスレリアーナ より第4番、第5番、第6番
「Be Yourself!」英語でよく使う言葉です。
日本語に訳すと「自分らしく生きよう」という意味です。映画を見たり、ポップスを聴いたり、例えば誰かのアドバイスの中にもこのフレーズがよく登場します。あまりによく使われるので、なんとなく陳腐なきまり文句のように聞こえてしまう事もあるけれど、本当はとても大事な言葉だと思います。
私は毎年楽しく「アメリカンアイドル」といFOXテレビの番組を見ています。アメリカのトップ歌手になる為のオーディション番組で3人の審査員がアメリカ全国を回って歌手の卵を探します。第1次審査に続いて予選があり、最終的には24人に絞られます。ここからの審査は1時間番組となってテレビで放映されますが、毎週のオーディションで少しづつ皆が脱落して行き、最後に残った1名はトップスターへの道を約束されます。
あまりテレビを見ない私も、この番組には毎週釘付けです。皆が頑張って歌っている姿、段々上手になる人、この人はかなりユニーク!あの人は歌手は難しいかも・・・・この人はずっと応援したい・・・などなど。
審査員は出演者に「Be Yourself!」とよく言います。皆の前で自分らしく歌うことは難しいですね!この番組の中で、12人のファイナリストは超有名な歌手のレッスンを受けることができます。面白いのは審査員から時には辛らつなアドバイスが出る一方、現役の歌手達はめったに厳しい事を言わないということ。歌うことの難しさを分かっているからでしょうか。その代わりに歌手が必ず言う言葉は「歌詞の意味をよく理解しなさい!」。確かに、オーディションで皆が歌ってもなかなか歌詞の意味が伝わってこない・・確かに上手いのですが、それを聞いている私達もあまり感動しません。でも、「本物の」歌手が歌うと1音1音、1つ1つの言葉が意味を持って、ストレートに心から出てくるように聴こえます。その時はやはり感動します。歌詞の言葉の意味、言葉に含まれた感情を理解し、その感情を伝えた時、それが伝わった時にはじめて人間の心を動かす事ができる。でも、誰にでも「伝える」事が出来るわけではない・・「伝える」ことは1つの才能かも知れません。
歌を聴くと、その人が「伝えられる」歌手かどうかすぐに分かります。演歌でも「故郷に帰った?♪」「お前が好きだ?」など。ただそれらしく言っているだけか、本当に心から信じて歌っているかでは、全く違って聞こえます!美空ひばりさんの歌を聴くとビリビリ感じます!彼女が歌っている歌詞は全て正直に、彼女の言葉で、彼女が心から歌っているように聴こえる。言葉や音楽の意味が伝わってきます。美空ひばりさんとマリア・カラスの歌には同じ何かを感じます。2人の共通点;それは彼女達は「本物」だったということではないでしょうか。
私は色々な人たちの演奏を聴くことがとても好きですし、実際に様々なコンクールの審査やステップのアドバイス、学校の試験など、色んな所で色んな人の演奏を楽しむ機会があります。どの審査員も自分の「基準」があると思いますが、私の審査基準は「正しい演奏・上手な演奏」よりも、「ピアノから出てくる音が『言葉』に聴こえるか」ということです。
クラシック音楽の人はいつもどこか偉そうにしている人が多いように感じますが、ピアノ演奏は演技することと同じだと思います。作家(=作曲家)が台本(=楽譜)を書いて、そして俳優さん(=演奏家)がセリフ(=音符)を読んで、セリフの意味を理解(=練習)して、セリフを覚える(=暗譜)。そして、「あーいーうーえーお」(=ド・レ・ミ)でできた単語ではなく、言葉やセリフの意味を皆に伝えます。声に強弱を付けたり、絶妙なタイミングでお客さんに向けて表現します。そして、映画(=CD)で記録もします、舞台の上で芝居(=リサイタル)もします。作家が生きていた頃の時代背景・衣装の芝居(=古楽器)もある。
しかし、例えばロミオとジュリエットのお芝居を見て、果たして「正しい」演技を求めるお客さんはいるでしょうか。シェークスピアが求めた演出や当時と全く同じスタイルの演技より、私が興味があるのは話の「内容」です。芝居の「形」より、登場人物が感じている事や話の流れを味わうことが好きです。俳優さん自身への興味より、その人の演じている役柄とストーリーに興味があります。シェークスピア自身がどういう人であったか、どんな演技を求めたか、ではなく、話の内容に興味があります。
もしシェークスピアが天国から私達を見ていたらどうでしょうか。この演技は良いか悪いか、とか、この俳優の動きは全然ダメだとか、気にするでしょうか。実はシェークスピアにとって大切なのは、俳優が自分の作品を上手く演じることではなく、今でも自分の話で感動する人がいる事、話で心を慰られ、元気をもらえる人がいる、ということではないでしょうか。
残念ながら、演劇とクラシック音楽には大きな差があります。
俳優さん達が、「セリフの意味」や「言葉の中の真実」を探求する旅に出た一方で、音楽家たち=先生や演奏家は正反対の方向へ、正しい演奏はなんだ?と探しはじめました。ベートーヴェンはベートーヴェンらしくないとだめだ!彼らは音楽の内容より、演奏の技巧ばかりを見て、本当の音楽の良さを見失いました。この音の弾き方・・ここのミス・・・。歌手や俳優が作品のメッセージを伝えて新たな作品を作り出す一方、クラシックの奏者は自己中心的に自分の技巧を披露する傾向があるようです。でも、作曲家がもし天国で自分の作品が演奏されるのを聴いていたとしたら、「あっ、この演奏家、ここをスタッカートで弾いていない」「ミスをした」「そのテンポ速すぎ」・・と言うでしょうか。そんなつまらないことの為に美しい音楽を書いたのでしょうか。自分が曲を書いた時に感じていた事が、今その曲を聴いている人々に伝わって、その曲によって人が元気づけられたり、癒されたり、なんて美しい音楽だろう、と心を震わせている・・・天国にいる作曲家にとって一番うれしいことではないでしょうか。
それでは、また!
ルイ・レーリンク
オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。
NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。
ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp