第59回 我慢/曲:スクリャービン ソナタ 第3番 第1楽章
動画:(5,10s)
クラシック音楽家達がどんな状況の中で作曲したのかを想像するのは結構難しいで す。人間の寿命は短くて、病気・死・戦争が身近くにあって、食べ物も限られてい て、暖房も水道も下水も無い時代。中には大金持ちの作曲家もいましたが、逆にとて も貧しい作曲家もいました。暖房がない、お風呂がない、食べ物すらほとんどない状 況で、信じ難い程に美しい音楽を書いた作曲家もいます。どうして芸術家はこんなに 辛い時に美しい物を生み出せるのでしょう?美しい物を作るにはあまり贅沢でないほ うが良いのでしょうか?
今日私達は何でもすぐに手に入れられます。24時間のコンビニもある、自動販売機 もどこにでもある。とても便利ですが、便利って良い事でしょうか?
私自身には食糧難の体験はありませんが、私のおじいちゃんや両親は戦時中の話を よくしていました。何も食べる物がなかったそうです。「今はごはんがある事に感謝 しなさい!」食事の度に何千回と言われたお陰で、食べ物に対する感謝の気持ちは強 く感じている方だと思います。本当はステーキや寿司を食べたくても高価なので我慢 する事、させられる事は当然だと思います。物をもらえない・・食べられない・・人 に会えない・・悲しみや寂しさは辛いですが、その悲しみや辛さを感じることなし に、やっと物をもらえた時の嬉しさ・・感動はありえないのではないでしょうか。
私は冬になるとある「実験」?をします。寒くてもわざと少し長い間薄着でガマン して、寒さに絶えられなくなってきて初めて暖かいセーターを着るのです。着る瞬間 の体の暖かさと同時に「ああ暖かい、幸せ・・」と心がぽかぽかと温まるのを感じら れるいつも大好きな瞬間です!日本では我慢は美徳と伝えられて来たと聞きます。我 慢するのは辛いですが、その中から美しい物を生みだす事ができます。「我慢」=と ても美しい言葉だと思います。でもそんな言葉は最近では日本の「昔話」になったし まったのでしょうか・・・。
私はいつも一番気になるのは日本のテレビです。テレビをつけると最近よく見るの が「大食い」の番組。食料不足で困っている人がいる一方でこのような事はモラルが 低いと感じます。人への思いやりや、物を大切にするの気持ちもないのでしょうか? たくさんの美味しそうな物を食べている芸能人が更に消費を呼びかけているようで す。お肉をもっと食べよう!マグロをもっと食べよう!私もお肉も魚も食べるのは大 好きですが、私達にはどのくらい地球や自然に負担をかけているかを考えなければな らない責任があります。昨今マグロは激減しているそうで、私達がこのままマグロを たくさん食べ続ければ、次世代の人はマグロの味を楽しむことができません。お肉も 大量生産になってしまいました。マスコミ、国、政治や大手会社は私達にできるだけ たくさん消費して欲しいのです。・・・どうやら「美徳」は資本主義の中で生き残る ことが難しいのかも知れませんね。
でも、物を大切にする・・持っている物に感謝する・・そして時々我慢する・・ このような美徳は全て音楽で学ぶ事ができます。
音楽の話の中で「ロマンティック」という言葉がよく出てきます。でも生徒にこの 言葉の意味を尋ねるとあまり上手く答えられません。恋愛・・デート・・?キャンド ルの灯のもとでいただくディナー・・・?
「ロマンティック」の1つの意味は、手に入れられない物を求める・・会えない人に 会いたくなる、その叶わぬ想いから来る寂しさ・悲しさ・辛さを感じる事です。あの 人に会いたい・・会いたい!!その気持ちが膨らんで彼女はいつしか幻影となって現 れる。そして、作曲家が手を延ばし彼女の頬に触れようとした瞬間、幻は消えてしま い、作曲家の手は空中をむなしく泳いでいるだけ。残ったのは寂しさだけで す・・・。でもいつか、本当にやっとその人に会えた時、その嬉しさは「すぐにいつ でも会える」の何百倍に違いありません!
ロマン派の作曲家たちは、この会う前の寂しさを追い求め、それを表現していまし た。どの時代も芸術はロマンティック(ロマン的)です。すぐにゲットするのではな く、欲しいけれど我慢する気持ち。報われない想いを噛み締めたからこそ感じるやっ と手に入れた時の嬉しさ、幸せ。芸術家達は「悲しみ・辛さ・寂しさ」と「喜び・幸 福」を絵画、小説・詩や音楽・・で表現したのです。
こどもが焼肉を食べたがったら、少し我慢してもらって待たせてから食べさせると 焼肉の美味しさが何倍にも増します。大人になって思い出すのは意外に実際食べた物 や味よりも、「家族で特別な日に焼肉を食べた楽しい思い出」なのだと思います。皆 と一緒に食べられた嬉しさだと思います。こんな経験がある人は、物を大切にした り、感謝する心が自然と育っているのではないでしょうか。物質よりも心が大切だと わかっていると思います。(ある大手会社が「物より思い出」というCMをやってい ますが。笑)
自動販売機って便利ですが、我慢しないで本当に欲しいと思う前に考えずに買って しまえば、感謝もしないし、出てくる物も大切にはしないです!
それでは、また!
ルイ・レーリンク
オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。
NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。
ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp