第40回 耳のフィルター/曲:バッハ:イタリア協奏曲第2楽章
初めて日本へ来た頃、東京近郊の「高尾山」に登った事があります。とても綺麗な山ですが、少々不可解な事がありました。
途中までリフトに乗っている最中、どこからか南ドイツのアルプスの音楽が聴こえるのです。よく見るとあちこちの木にスピーカーが設置されていました。楽しいドイツの音楽でしたが、せっかく日本にいるのに・・と少し違和感を感じました。時々曲間に「~本日は高尾山へ起こし頂いて誠にありがとうございます~」女性の高い声でアナウンスが入ります。そう言えば日本にはアナウンスがとても多いようです。いらしゃいませ・・足元気をつけて・・。私の家の近くの商店街では今「マナーポイント」キャンペーンをやっていて、商店街のスピーカーから繰り返し「自転車をちゃんと駐輪所に留めるとマナーポイントがもらえます!ごみを捨てないで下さい!ごみを持って帰ってマナーポイントをゲットしましょう!」などなど。私にとって、これはとても日本的な事です。チャーミングで可愛らしいところもあるが、色々な事を言われて、まるで学校にいるような感じです。ずっと言われ続けると、アナウンスが耳に入って来ないように、自然に耳にフィルターをかけます。ある程度慣れたのか、慣れたというより聞こえないように無意識に耳をカバーしているのか、こんな雑音も特別気にならなくなりましたが、改めて音を拾って歩くと、私の周りはなんと騒音にあふれている事でしょうか!
この前チェンバロのコンサートに行きました。いつもこのようなコンサートに行きますと、最初の音にびっくりします。小さくてよく聴こえないのです!でも5分も経つと、耳が慣れてきて、この小さな音の中にキラキラ美しいものがたくさん見えてきます。積極的に耳を使えば必ず聴こえて来ます。古楽器の音色とは何と美しいのでしょう。1つの音が大きなフルコンより、ずっと豊かに聴こえます。お料理のように。フルコンの「大味」ではなく、とても繊細な味、音が「口」の中に広がって、味の奥行きを感じます。そして最後の「後味」はまた絶品です!
今回の曲はバッハのイタリア協奏曲の2楽章です。道を歩けば車やトラックの音、踏切りで待てば電車の音、商店街のアナウンスやらお店から聞こえるヒップホップに耳が慣れてしまうと2度や7度の音程をあまり不協和音として感じられなくなります。それは、耳に付けたフィルターのせいです。(バッハが現代の社会の雑音を聞いたらどんなに驚くでしょうか!)でも耳のフィルターを外すと、小さな事の魅力を感じられるようになれます。雑音の中でも鳥の鳴き声が聞こえる事があります。一度、足を留めてその鳴き声を聞いて下さい。美しいですよ!
ピアノレッスンでは、先生は生徒が気が付いていない美しい音程やハーモニーを聴かせなければなりません。当たり前になって忘れている物事の素晴らしさをもう一度を見せて、地球にある美しい物を味わえるように指導するのが先生の役割ではないでしょうか。レッスンは技術を身につけさせる事も大切ですが、それだけでなく生徒が人間として成長ができて、価値観を身に付ける場でもあるのです。
バッハの音楽は表現する事よりも、まず書いてある音楽を聴く事が大切だと思います。悲しみを表す短2度、苦しみを表す7度。3和音に7度が入ってくる赤い色の和音が紫に変わる瞬間の美しさは、空の色が少しずつ変化する夕暮れを見るようです。
当時の楽器のチューニングは現在の調律と違って、音程の持つ緊張感や和声の色彩がもっと豊かに聴こえます。でもこの「イタリアンコンチェルト」(1楽章、3楽章も)は現代のピアノで弾いても素晴らしい世界が目の前に広がります。
ヴィヴァルディの「四季」のように牧歌的で、イタリアの田舎風景を表現しているように感じられます。
とても暑い真夏の日、とてもよく晴れていた空が曇ってきます。空の色が少しづつ暗くなります。
楽しんで聴いてください。
それでは、また!
ルイ・レーリンク
★MusicaNova4月号(3月20日発売・音楽の友社)に記事が掲載されます。みなさん是非読んでください。
オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。
NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。
ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp