第35回 宇宙を見上げて/曲:バッハ パルティータ第4番「Allemande」
友達が私を家に呼んでくれました。自慢の物があると言って自分の部屋に通してくれましたが、そこにあったのはものすごく大きなフラットスクリーンのテレビ!ベッドの前にどーんとものすごい存在感です。スイッチを入れると音は天井から壁から床から、色んな角度から聞こえてきてまるで映画館です。映画「スターウォーズ」を少し見せてくれましたが、確かにすごい迫力でした。映画を見ているというより、自分が宇宙の中を飛んでいるような感じがしました。少しうらやましく思いつつ友人宅を後にしました。我が家のテレビは日本に引っ越して来た当時(約10年前)買った、一番小さい型(14インチ)ですから、友達のテレビと比較のしようもない位に小さく情けなく見えました。
液晶の立派なテレビは家にありませんが、ピアノがあります!ピアノに座って鍵盤を触ると、宇宙船で宇宙へ飛んでいく様に感じる事があります。特にバッハを弾く時、私はそれを感じています。なぜかバッハは他の作曲家とは違うのです。例えばショパンを弾きますと、美しいプレイエルやエラールピアノに座っているショパンをはっきりと頭の中に想像できます。、細長い指で象牙の鍵盤に触れて、素晴らしい音楽を紡ぎ出しているショパン。彼の色々な思い出、悲しみや喜びなど、感じている事をすべて音楽で表してくれるので作品を通してその気持ちに入っていく事ができるのです。しかし、バッハの音楽はいくら弾いても、その音楽を書いた時のバッハ自身の気持ちを想像するのが少し難しいのです。彼はどのような気持ちで音楽を作曲していたのでしょうか?そして、彼が作曲する時は、書いている音楽をどんな「響き」でとらえていたでしょうか?例えばパルティータを作曲した時、チェンバロかクラヴィコードの響きをイメージして、自分の楽器の前で作曲していたのかな?
バッハはロマン派の作曲家のように、自分自身の気持ちを音楽で表現しようとした作曲家ではなかったと思えます。彼は音楽を自分の心の中で探すより、天を見上げて、そこからインスピレーションを受けて音楽を創っていたと思います。天国から・・宇宙から・・彼が上を見ると、音楽が聴こえて来たのでしょうか。私はいつも感じているのは、バッハの音楽は一人の人間の音楽というより、もっとずっと大きくて広い音楽という事。経験やら思い出など自分の心からというより、もっと何か大きな事を語っている作曲家です。例えば、我々人間の気持ち・・神様の素晴らしさ・・人生の目的などについての音楽です。
彼は敬虔なキリスト教信者でした。ルターが考えていたのと同じように、人間は良い音楽を聴けば、今よりもっと良い人間=良い信者になると信じていました。ベートベン以来、作曲家は自分を中心に音楽を書くようになります。彼は自分の心にある物をそのまま音楽で表現した最初の作曲家でした。しかし、バッハの生きていた時代、世界の中心は神でした。彼は教会の為に音楽を書いていた時でも、どこかの貴族の為に音楽を書いていた時でも、彼は神様の為に生きて、神様の為に音楽を書いていました。彼はその世界の中では自分はとても小さな存在だと感じていました。ショパンのようにバッハが楽器に座って、ある意味「自己中心」的に自分の中の悲しみを音楽で表そうとしている事は少ないと思います。
バッハがインスピレーションを求めて天を仰ぐ時、上から降ってくる音楽はどんな音楽だったのでしょうか?どんな響きだったのでしょうか?それはおそらく地球に存在する楽器の響きではなく、もっと抽象的な形をしたものだったと思います。この世では最も美しいチェンバロやオルガンなどといった楽器の響きでも歓喜の、また切ない旋律でもなく、音・和音やリズムがそのままに聴こえたのだと思います。そして、バッハはその抽象的な形した音楽を地球にある楽器のために「アレンジ」をしました。果たして「この音楽はどの楽器の為に書こう?」と演奏する楽器を限定して作曲していたのでしょうか。
ショパンは音楽をピアノの響きで感じていたと思います。不思議な事ですが、ショパンの作品を別の楽器の為にアレンジしますと、いつも少し違和感を感じます。怒りや力強さすらもどこか高貴で優美なショパンの音楽は、やっぱりピアノでしか考えられません。しかしバッハの音楽はどんな楽器の為にアレンジしても魅力的です。ジャズ風やアカペラで歌ったり、モダンなアレンジをしても原曲の品格を失わないのはバッハの作品のみといっても過言でないでしょう。音楽の芯、というか「メッセージ」がとても強いので、形(演奏する楽器)や、スタイルを変えてもメッセージの内容が変わらないのです。時々バッハをピアノで弾くには、チェンバロような響きをつくらないとだめだと言っている人がいます。でもそのような考え方は少々表面的のような気がします。バッハの音楽には「形」=楽器の響きより、音楽の「内容」=メッセージの方が大事ではないでしょうか。
数十年前に、人間は始めて宇宙へ飛んだ時に、宇宙飛行士は「地球は青かった!」と言っていました。遠くから見ると物事が違って見えてきます。バッハの音楽を弾きますと、友人の大きなテレビを見るのと同じように宇宙に居るように感じます。その宇宙から地球を見れば、人間やその動きが小さく見えます。バッハの音楽は、一人の素晴らしい芸術家の内部を見せてくれる音楽というよりは、我々地球上にいる人間の良い所・悪い所・地球の美しさ、人生の素晴らしさ・人生の目的・そして宇宙の中での私達の「小ささ」について語っている音楽なのです。
バッハの音楽は遠い所から自分の姿を見せてくれる力があると感じています。何度弾いても、バッハの音楽はいつもとても新鮮に感じます。そして、自分を新鮮な気持ちにさせてくれる力がある音楽です。
それでは、また!
ルイ・レーリンク
オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。
NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。
ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp