第30回 英雄/曲:ショパン 英雄ポロネーズ
私は日本に来て、お陰で色々な所での演奏の機会に恵まれました。 北海道から九州まで。田舎の幼稚園から東京のサントリーホールまで。
最初の頃は、いわゆる「普通」のリサイタルの形式でした。舞台へ登って・・おじきしてからピアノに座ってバッハやシューマンなどを演奏して・・拍手をもらってから退場・・・家に帰る。個人的にはこのスタイルにいつも少し物足りなさを感じていました。せっかく日本に来たのだから、もう少し皆さんとのコミュニケーションがあったらいいなと思っていました。
そして、宮崎でコンサートの機会をもらい、初めて試したことがあります。曲間にちょっとしたお話を入れてみたのです。まだ日本語のおしゃべりもなかなか不自由な頃で「宮崎はとても暑い所ですが・・私の国オランダはとても寒いところです。」というようなごく簡単な事を言ったのですが、それによって会場の中の雰囲気がガラッと変わりました。急に緊張感がほどけた様でした。私の緊張もですが、会場の全体の緊張が解けたのには驚きました。
この経験は大切な事に気づかせてくれました。コンサートに来て下さったお客さんの中にも緊張をしている人がいるという事です。この若い演奏家(私)は自分のことで精一杯で、あまりお客さんの事を考える余裕がなくそして、生まれて初めてコンサートを訪れるお客さんもいる事まで考えが及びませんでしたがよくコンサートに行く人にとっては当たり前の事が初めてコンサートに行く人には「心配」の種である事が多いのです。「なにを着て行けば良いの?」「いつ拍手すれば良いんだろう?」「演奏中は絶対に静かにしなければならない!」なんだか息が詰まりそうですね。その緊張の中で音楽を楽しむ事はとても難しいですね。
私は音楽が大好きです。その音楽の素晴らしさを見せたい、広げたい、分かち合いたい、という気持ちをいつも強く感じています。英雄ポロネーズを演奏する前にこんな話をした事があります。「ショパンの愛する母国ポーランドの国民は当時、ロシアの厳しい戒律から抜け出したいと切望していました!ショパンも自分のポーランドの友人を助けに行きたい!でも、外国に居て、この弱っている体でなにも役に立つ事はできない・・。でも、自分の音楽で勇気を与える事ができる。この曲を聴く友人に「頑張ろう!」と元気が出るかも知れません。負けないで、自由の為に頑張って!・・・こんな気持ちを込めて英雄ポロネーズを書いたのではないでしょうか。」すると、どうでしょう。何回もコンサートで演奏した事がある英雄ポロネーズなのに、演奏後のお客さんの反応がいつもと違います。90歳のおばあちゃんがこのような事を言いに来ました。「初めて生のピアノ演奏を聴いて、今まで生きててよかった!英雄を聞いて、これからも私も頑張って行こう!と力が湧きました。」音楽の力ってすごいなと思いました。
暑い体育館のバスケのゴールの下で、子供たちのために演奏したり、ピアノの楽しさや、ピアノの練習の辛さを話したり・・・。こんなコンサートを全国で行ってきていますが、時々、子供たちから「今、一所懸命に《エリーゼの為に》を練習しています・・いつかルイさんに聴かせたいです!」という手紙が届く事があります。こんな時、ピアノを弾く事の幸せを感じます。
自分はどんなに上手かを見せるのではなく、素晴らしい作曲家達が私達の為に残してくれた美しい音楽を表現するのが、音楽家の使命です。音楽をもっと好きになってもらって、更にもっと深く愛するようになってもらうための音楽の世界への案内人的な存在でなければいけないと思います。コンクールや演奏会に行きますと、音楽に最も重要な気持ち(愛)がピアニストから伝わって来ない時もあります。すごく上手な演奏なんですが・・このピアニストは音楽を愛しているだろうか?・・たまに、音楽よりも自分の事が好きなのかも・・と思う事すらあります。音楽を学んでいる者にとって、演奏家より更に身近な指導者の影響はとても大きいと思います。ピアノ先生は音楽を心から愛していないと、生徒は(もともと音楽好きなのに!)音楽に対して段々クールになります。指導者は生徒が上手になるために教えるより、音楽を理解させ、生徒が音楽を更に愛するようになるために教えるべきではないでしょうか。
音楽にはコミュニケーションがとても大事だと思います。作曲家の気持ちを伝える、曲の美しさを伝える、自分の気持ちを伝えるなど、素晴らしいピアニストには言葉は必要ありません。ひとつの音だけで言葉では表せない事を伝える事ができます。深い悲しみ・・喜び・・苦しみ・・勇気・・。先日「ミエチスラフ・ホルショフスキー/カザルス・ホール・ライブ1987」のDVD(RCA-BMG- テレビマンユニオン」)を見ました。ホルショフスキーは1892年生まれのポーランド人で、既に亡くなっていますが(享年100才!)素晴らしいピアニストだったと思います。彼の音楽を聴くと作曲家が伝えたかった事が伝わってきます。そして、彼が音楽を愛している気持ちも・・ お客さんや人々を愛している気持ちも伝わってきます。その上に、95歳の時の演奏!長い人生で経験した事も伝わってきます。まさに幻の演奏です。音楽って素晴らしい!感動しました。数日前だったのに、まだ暖かい気持ちが残っています(ポカポカ)・・・・
それでは、また!
ルイ・レーリンク
オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。
NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。
ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp