第29回 瞬間を聴く/曲:フランク「プレリュード」
私の母方のおじいちゃんは作曲家、指揮者兼ピアニスト、父方のおじいちゃんは牧師でした。子供の頃、よくおじいちゃんの教会に行ってオルガンを弾いていました。毎週日曜日、教会の附属のオルガニストの演奏を見るのが大好きでした。実は、このオルガニストは盲目でしたが、彼の指から魔法の様に紡ぎだされる素晴らしい演奏のとりこになっていました。
平日の教会の中は訪れる人もなく、シンと静まりかえっていました。そんな時、おじいちゃんは私のために教会を開けてくれて、お陰で私は自由にオルガンを弾く事ができました。普段ピアノしか弾かない私にとっては、未知の刺激的な体験です!教会でオルガンを弾くと色々な不思議な、今まで聴いた事がない響きが聴こえてくる。一つ一つの音が重なり合ってできる重厚な響き・・・圧倒されるような残響・・素晴らしい経験でした!前回の連載では教会の響きについて話しましたが自分にとって、思い出の中でも一番深い所に残っているような気がします。初めてコンサート行くよりも、初めてレコードを買うよりもずっと前、生まれて一番最初に音楽を耳にした場所だったからでしょうか。
今でもその響きは私の演奏の基本になっていると思います。いつも弾きながら、空間の中の響きを聴こうとしています。(少し教会の響きを作ろうとしているかな?)ピアノの練習は私にとって楽しい事。楽譜に書いてある音符を、何が聞こえてくるか、聴きながら弾く事がすごく楽しいです。そして作曲家が書いた音楽は「どんな感じ」がするか聴くのが好きです。例えば・・今響いている6度の音程は悲しい感じ・・それとも元気な感じかな~?今の響きは何色?少し薄い赤い色?この響きを聴いてどんな風景やイメージが浮かんでくるか?桜の花びらがひらひら降ってくるようなイメージかな?1つの和音でも・・1つの音でも・・すごく楽しめますよ!(良い楽器を弾けばね!)すごく美味しい物、大好物をいただくのと同じだと思います。私は「うに」が大好きですが、口の中にうにを入れた瞬間は・・・今、誰も話かけないで下さい!!最高の幸せの一瞬です。その時は「うに」の味しか考えられないです。
しかし、(人が聴いていなくても)演奏は練習とは違います!演奏者は料理人に似ています。自分の舌を信じて、思う通りの味を出せなくちゃ!練習では音を弾いた後の瞬間をよく聴きますが演奏では音を弾く前の瞬間が大事です。音を弾く前に、その音の事を頭の中で考えます。練習で楽しんだ音や響きを思い出さなくてはなりません。音符だけではなく、音の感じ・・色・・イメージを思い出すのです。そしてそのイメージが湧いて来たら、イメージ通りに弾きます。
小さい頃から先生が教えていけば、自然に身について行く事ではないでしょうか。先生は生徒にドの音を弾かせてから、その音の美しさを気付かせます。そして次に、ドの音を弾かせる前の瞬間に音の美しさを思い出させる・・単純なようですが、音楽で最も大切な部分です。
人前での演奏は一番楽しい事です。音を弾く前、練習した響き・色・感じなどを思い出して弾きますが、家のピアノではないので、まず音色が違います。そして会場の響きもいつもと違います。コンサートの時は、音の前の瞬間も、後の瞬間も大事です。演奏中、いつもとは違う会場の中の響きを聴いたり、雰囲気を感じると、作りたい音のイメージが変わってきます。音を弾く前の瞬間に新しい事を考えて・・今しか出せない音のイメージを頭の中に作って・・その音を弾きます。会場の雰囲気を味わいながら、気持ちを込めて音を出します。美しいピアノで演奏すると、新しい音楽の解釈や音色の可能性、そのほか色々な考えが溢れるように湧いてきます。
聴く事はとても大事です。聴けば演奏がもっと上手になるからではなく、聴けば音楽がもっと近くなって、音楽がもっと楽めるようになるからです!聴けば聴くほど、新しい物が聴こえてきます。毎日ピアノと過ごすのは楽しいです。本当に楽しいです!!!
それでは、また!
ルイ・レーリンク
オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。
NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。
ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp