ルイのピアノ生活

第11回 コート掛け/曲:シューマン/リスト:「献呈」 

2005/11/22
♪ 演奏
シューマン/リスト:「献呈」  動画 動画:(4,58s)
 

この前、スーパーに買い物に行きました。全部買い終わってレジに進みました。土曜日で混んでいたので、どのレジにしようか?結構悩みました。この店員さんはレジを打つのが遅いみたいですので、違う列にしましょう。でもこの列に並んでいるおばさんの買い物かごはいっぱいだから、別の列のほうがいいかな?やっと決めても、必ず途中で列を変えます。レストランで注文をする時も同じです。ウェイトレスさんに何度も「ご注文はお決まりですか?」と聞かれますが、何を食べたいかなかなか決められません。そういえば、どこの席に座りたいかも、決めるまで時間がかかります。

最近は自分のこんな性格を、(仕方なく)受け入れる事にしました。しかし、ピアノ演奏に同じ「くせ」が出る事があります。特にテンポに関しては、決断力がありません。曲のテンポを「これだ!」とひとつに決定する事は私にとって難しい事です。どんなテンポで弾きたいか、感じ方が色々でいつも迷ってしまいます。レストランでの注文みたいに。これは美味しそう、それも美味しそう、あれも美味しそう・・・どうしようか?

私の先生はこんな事を教えてくれました。練習はコート掛けをコートでいっぱいにすることです。色々な弾き方を身に付けるように練習をすれば、コート掛けに色々なコートを掛けられます。本番は外に出るようなものです。どんなコート(弾き方)を着て出かけるかを決めればいいのです。今日のホールの響きやピアノの調子や気分にはどの好きな弾き方「解釈」が似合うでしょうか。私はそんな音楽のアプローチが好きです。型にはまらないで、いつも自由でいたいと思っています。

私の家では夜中にピアノを弾く事ができません。しかし、忙しい時は遅い時間に練習しなければならない事もあります。そのために、実は数年前に電子ピアノを購入したのですが、これはなかなか素晴らしい物だと思います。自分の演奏を録音したり、再生の早さを変える事もできて面白いです!テンポの勉強にもなります。私の大学の演奏法の先生はいつも「ただゆっくり練習するのではなく、スローモーションで練習しましょう」と教えてくれましたが、電子ピアノで弾くと「ゆっくり」と「スローモーション」の違いがすぐにわかります。ピアノを弾いている方もきっと先生に「ゆっくり練習しなさい」と言われた事があると思います。多くの生徒は、ゆっくり弾いて、と言うと、ただテンポを落として弾いています。つまり、強弱や表現やテンポルバートや音のバランスなどを考えていないのです。このようにゆっくりに電子ピアノで弾いて録音をしてから、速く再生しますと、驚きます!ロボットようなかなり機械的な演奏になりますので!しかし、強弱、表現、テンポルバートなどを豊かに弾けば、遅い演奏も速く再生した時、音楽的な演奏になります。電子ピアノでゆっくり弾いたものを速く再生して果たして気に入るかどうか...もし電子ピアノがあれば、是非一度、実験してみて下さい。

先週、この楽器で「遊んでいた」時に、ある事に初めて気付きました。電子ピアノで録音した自分の演奏に不満で、試しに演奏の再生を18%上げてみると・・・なんといい感じだ!他の曲で同じ事をしますと、全ての曲がいい感じになりました!軽いショックでした。今まで、私の全ての演奏は遅かったのでしょうか?あ~分からない!速い方がいいかな・・遅い方が・・・。スーパーのレジで並んでいる時と同じ感じします。演奏は瞬間の芸術です。音はピアノから出て来て一瞬響いてから、永遠に消えてしまい、一度も戻って来ないです。そして最後には何も残りません。まるで夢のように。しかし、これが演奏の魅力のひとつでもあります。もし演奏が毎回同じでしたら、演奏中のマジックのような一瞬はあり得ないと思います。もう一度、先生の「コート掛け」の話を思い出します。確かに毎回同じコートを着て、同じ所に出かけるのは、少し退屈かも知れません。着た事のないコートを着て、ドアを開けて、知らない所へ行ってみると、演奏は冒険の旅になります。不安な事もありますが、どんな素晴らしい物に出会えるか楽しみです!やっぱり、決断力がない事はそんなに悪くないかも知りません・・・?ホッとしました!

ところで、今回の録音はシューマン作曲・リスト編曲の「献呈」という曲です。先週この曲を録音した時、テンポの実験をしました。今回の録音は、私が普段弾いているテンポより15%位速く弾いています。少し難しいのは、指だけでなく、頭の回転を15%アップしなければならないです。指で速く弾く事の難しさというより、速く自分の音を聴く事、音を弾く前にその音を頭の中で歌ったり、考えたり、または音楽をもっと速く心で感じたりする事の難しさだと思います。結果はどうでしょうか?

この前の連載に「趣味がいい編曲」の話をしました。今回の曲は別に悪趣味の編曲というわけではありませんが、もともとリストがシューマンのメロディをアレンジしたものです。(前回のフォーレ作曲、フィオレンティーニ編曲の「夢のあとに」と比べると)リストは自分の気持ちをずいぶんとたくさん曲中で表現しています。

実は、この曲を初めて聴いたのは映画でした。Song Of Love(愛の調べ)(1947年)という素晴らしい映画があります。これはR・シューマンとJ・ブラームスをつないでいる、クララ・シューマンの人生についての映画です。クララの役をやっているのはキャサリン・ヘップバーン。なんと素晴らしい演技ですよ!彼女は映画の為にルービンシュタインの弟子のもとで、実際にピアノを相当、練習をしたそうです。彼女が弾いているシーンがたくさんあります。、実際に曲を弾いているのは彼女ではありませんが、腕や身体の動きなど、本当に弾いているように見えます!やっぱりすごい俳優さんですね!この映画のラストシーンで、クララがこの曲を弾きます(かなり感動的なシーンです)。実際シューマンはクララとの結婚の前の晩に、このシンプルで美しいメロディーの歌を彼女に贈りました。「あなたは、私の「すべて」です」というような歌詞がついています。ひとつのラブソングですね。そして、数年後にこの歌を聴いたリストは「いい曲だな!ピアノに編曲しましょう!」と、今回の連載の曲を作りました。しかし、クララが、自分の為にシューマンのくれた、夫の愛のたくさん込もったこの歌をリストがアレンジ演奏するのを聴いて、すごく怒ったというエピソードがあります。なんか気持ちわかりますね。確かに曲にリストが少し出すぎ、または盛り上がった所は原曲の「清楚さ」「気品」を失っていますが、それでも演奏者にとってはとてもいい曲です。是非この演奏を楽しんで聴いて頂きたいです!

それでは、また!

ルイ・レーリンク

今回の曲にはもともと歌です。私の楽譜に歌詞も書いてあります。これを歌いながら弾くのはすごく楽しいです。音と言葉は深い関係にあります。息を吸う所はとても大事です。フレーズを一息で歌って弾きましょう。歌詞に出る言葉も大事です。「お墓」と「幸せ」を同じように弾かないで!最後のページに「アベ・マリア」のメロディがいきなり出てきます。少し祈るように弾きましょう。

 今回このビデオを収録したロケーションは世田谷区の千歳烏山にあるユーロピアノでした。楽器はべヒシュタインのm/p型でした。




ルイ・レーリンク

オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。

NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。

ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp

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