ルイのピアノ生活

第04回 Toccata /曲:バッハ パルティータ第6番よりトッカータ 

2005/08/16
♪ 演奏
バッハ パルティータ第6番よりトッカータ 動画動画:(11,03s)
 
ルーベンスの"オルフェオとエウリディーチェ

ギリシャの神話の中では、音楽は全て神様から生まれた物です。色々な神様が音楽を作ったり、奏でたりしていました。
神様オルフェオは「世界一」よい奏者でした。彼が楽器から紡ぐ音楽は何よりも美しいでした。 彼が弾き出すと、人も物も、全部が止まって彼の音楽に耳を傾けました。 川まで自分の流れを止めて、オルフェオが紡ぐ魔法の旋律を聴いていました。 ある日の事、悲劇が起こります。オルフェオが結婚してまもなく、 彼の奥さんのエウリディーチェが蛇に噛まれて死んでしまったのです。 オルフェオは妻を取り戻すため、「天国」に行く決心しました。 彼は天国に下りて(キリスト教と違って、神話では天国は下にある) 彼女を探しに行きます。すると、誰も入らないように、天国をしっかり守っている 恐ろしいけもの達はオルフェオのあまりの演奏の美しさに、彼に道を通らせてやります。 そして死者の王でさえも、オルフェの旋律を聴いて、抵抗できずに言いました。 「エウリディーチェを連れ帰ってもいいが、一つの条件がある。お前たちの世界に着くまで、 後ろを歩いている妻を絶対に振り返って見てはいけない。」この話はどう続くかは、 グルックの素晴らしいオペラ"オルフェオとエウリディーチェ"で聴いてみて下さい。 とても有名なアリア「エウリディーチェを失って」はとても感動的です!

ところで、今回の連載のタイトルはToccataです。
トッカータは、特にバロック時代によく書かれた即興的な曲です。 このトッカータという言葉はイタリア語からきた言葉です。 Toccare(動詞)は:触る、なでるという意味を持っています。 バッハの時代にはトッカータは鍵盤楽器のために書かれましたが、 もともとは歌の伴奏に使われていたリュート(昔のギターような楽器)が、 歌の前奏を即興していたスタイルから生まれました。弦を触る、 なでるように自由に即興をする事を表しています。

アポロ

さて、神話に戻りましょう:
皆さん知っていますか?弦楽器や管楽器はギリシャの神様たちが発明しました。 (本当は違うのですが、事実より神話の方が楽しいです!) 弦をなでる事が得意でしたのはアポロ神だった。アポロはゼウスの子供でした。 すごくハンサムでスポーティなアポロはリラ(lyre)というハープのような楽器( 弦は5~7本位)が大好きでした。もともと亀の甲羅の上に弦が張ってあるこの楽器は、 自分のお兄さんへルメスからのプレゼントでした。アポロの演奏はものすごく綺麗でした。 そしてある日、アポロは、誰が一番上手にリラを奏でられるか、勝負をしました(初コンクール?)。 アポロはもちろん、勝ちました。(今のコンクールと違って、負けた人は殺された!) 実は、2500年前のギリシャではスポーツがとても盛んで、オリンピックのように音楽コンクールも あちこちに登場しました。この時代も、コンクール反対の人はいました。反対者の一人、 哲学者のアリストテレスはコンクール好きの人を批判し、動物的で下品なヴィルトゥオーゾ演奏をするより、 奏者は美しい真実が込められている音楽に親しむべきだ!っと語りました。

9人の女神のミューズ&アポロ

ギリシャ神話では、9人の女神のミューズは芸術や科学を「担当」していました。 (ミューズからミュージックという言葉が出た!)約2500年前のギリシャの人々にとって、 音楽は科学と同様にとても重要な学(楽)でした。神話の中のアポロとオルフェオなど神様たちだけでなく、 実際生きている一般のギリシャ人も音楽が大好きでした。彼らも、音楽の不思議な力を理解していました。 人間が生きる上で、音楽は美徳とされていました。ピタゴラスによると、音と音の間の音程は星と星の間の距離ようなものです。これを基に、彼は現在の音楽理論の元となるものを考えました。 彼は宇宙のバランスに習って、音の音程や音階ようなものを作りました。私たちのド・レ・ミは 偶然に考えられた物ではないです。

ピタゴラス

ギリシャの科学者・哲学者のプラトンの説によりますと、良い音階・音楽と、 悪い音階・音楽があるそうです。人間は良い音楽を聴きますと良い人間になります。 特にプラトンにとって、良い社会人を作れる教育はとても大切でした。運動や良い音楽は強い男を 教育します。柔らかくて悲しげな旋律や、なめらか・女っぽい音楽は禁止!ギリシャでは、 女は子供と奴隷と一緒で、社会の一員として認められていませんでした。でも戦争が多かった時代なので、反対に国を守る男達はとても必要とされていました。この「スパルタン (ギリシャのスパルタ)の教育」は、強い男をつくるためのものでした。少し怖い感じがしますが、 面白いのは彼らの音楽の影響力に関する考え方です。やっぱり、音楽は不思議な力を持ちますね!

大昔から、人間は音楽が不思議な力を持っている事に気付いていました。 音楽や音を使って、人の病気を治したり、精神を安定させたり、豊作を願って自然の奇跡を呼んだり、 敵を威嚇したり、嫌いな人に魔法をかけたり・・・音楽は昔から今まで色々な目的に使われています。 音楽の影響力を、もっと身近な話で例えると、スーパーで必ずかかっている音楽。 これがもし悲しい音楽でしたら、お客さんはお金は使いたくなくなります。インパクトある音楽だ とお客さんは買い物を忘れて、音楽を聴き入ってしまいます。陽気な音楽だと、お客さんが不景気や ローンの返済を忘れて、音楽に乗って、思ったよりたくさん買ってしまいます!このように、 無意識の時でも音楽の影響力はすごいです。

バッハ

ギリシャ時代から2000年後に生れたバッハもまた、音楽の力を信じていました。 ここでは、神話ではなく、キリスト教が中心になっています。バッハにとって、神様は全宇宙の中心でした。 その中では人間や芸術家の存在はとても小さいです。バッハは、私たちが神様の為に生きていると信じ、 作った音楽はすべて神様に捧げられました。だから神様の魂がいつも作品の中に込められています。一音一音がとても深い意味を持っている音楽なのです。

ある意味では、バッハの音楽はとてもロマンティックな音楽です。 音楽で自分の気持ちを語っているショパンやシューマンとちがうところは、バッハは、 一般の人間の気持ちを語っているという事。音楽で我々人間の喜び、悲しみ、痛みなどを表現しました。 私たちの気持ちを表している音楽は、神様への「祈り」ようなものになりました。
彼もいい音楽を聴けば、良い人間になると思っていた。

僕が思うには、音楽は人を人間に変える力があると思います。 バッハが信じていたように、音楽に人間の悲しみ、喜びを聴いた時、私達の心は動かされます。 音楽を通して色々な感情に触れると、人生って素晴らしい!生きてよかった!と自然に感じられる。 悲しい旋律も、私たちの心をやさしく慰めてくれる力があります。

なでる、触るの意味を持つトッカータ。
亀の甲羅でできているリラを触っているアポロ。
美しい演奏で、川の流れを止めたオルフェオ。
指を使って弦や鍵盤をなでて奏でられる、魔法のような音楽。
そして、音楽が人間の心をなでた時、心は喜び・悲しみに触れられ、感動が起こります。

このようにトッカータは2つの意味を持つようになりました。
ひとつは英語で言うTouch(タッチ)、触るという意味です。
もう一つは人をタッチするという事、人を感動させるという意味です。
(I am touched :感動しています)
感動させる事は一人ではできない。人と人の間の事です:人間。
バッハの音楽は祈りのように、神様に慰めてほしい・タッチしてほしい願いが込められています。 人間は心を開きますと心はタッチされます。音楽の力で、本当に人はいい人間になります。
それを、私は深く信じています!

それでは、また!

ルイ・レーリンク

今日のトッカータはバッハのPartita6番の中の一曲目です。はじめのほうはとても即興的でドラマチックな音楽です。自由なリズムを持つ長いアルペジオや旋律は怒り、不安や悲しみを表しています。そして、フーガようなところから、私たちはゆっくり神様に向かって歩いて行くような音楽です。トンネルの一番向こうにある、まぶしい光に向かいます。希望へ向かって、祈るような気持ちを表している音楽です。最後にもう一度、前の即興的な音楽が現れますが、今回不安な気持ちは段々に安心の気持ちに変わります。素晴らしい曲です!









ルイ・レーリンク

オランダ出身。7歳からピアノを始め、15歳で音楽院入学。アムステルダム・スヴェーリンク音学院に於いてW・ブロンズ氏他に師事する。1996年音楽活動の為、日本に移住。「肩の凝らないクラシック」をモットーに各地で通常のコンサートから学校や施設のコンサート、香港等海外でも公演。九州交響楽団との共演、CD「ファイナルファンタジー・ピアノコレクションズ9」の演奏と楽譜監修を行うほか、CD「夢」をリリース。個人/公開レッスンや音楽講座を行い、ピアノ・音楽指導にも意欲的である。洗足学園音楽大学非常勤講師、洗足学園高等学校音楽科講師として、「演奏法」の授業 、演奏家を目指す生徒のための「特別演奏法」の授業、ピアノレッスンを受け持つ。

NHK/BSテレビ「ハローニッポン」、「出会い地球人」
TBSテレビ「ネイバリー」、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」他出演。

ピアノ演奏法のページ : http://www.senzoku.pianonet.jp も作成中
演奏者のホームページ http://www.pianonet.jp

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