海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

耳をひらく~第4章:推察力&発想力(6)1曲から音空間を広げよう・調性編

2017/07/24
何を聴いている?~グローバル時代のための聴力
4
推察力&発想力
⑥1曲から音空間を広げる・調性編

音楽には、人間の感情が投影されている。二部形式、三部形式、ソナタ形式、ロンド形式・・といった形式は、いわば物語の語り口(ストーリーテリング)ともいえる。作曲家はどんな心情や問いをテーマにしたのだろうか。それを巡り、どのように感情や思考が揺れ動き、どう解決されるのだろうか?

今回は調性をテーマに、1曲から様々に展開してみた(テーマ曲は、2017年度ピティナ・ピアノコンペティションD級課題曲より選択)。ソナタ形式の曲において、調性がどう変化しているかを聴き、感情の変遷を読み解いてみよう。

テーマ:モーツァルト ソナタ第12番K.332(D級課題曲)音源
第1楽章
  • 提示部(第1主題) ヘ長調(短調への転調あり)
  • 提示部(第2主題)調
  • 展開部 調~
  • 再現部 調
  • コーダ ヘ長調

第1主題において、短調への転調は印象を急変させる。これは1770年代前後、文学を中心に起こった芸術思潮であるシュトゥルム・ウント・ドランク(Sturm und drang、嵐と激情)に影響を受けている(Claude Abromont "Guide des Formes", p160)。18世紀に起こった理性を至上とする啓蒙思想に対し、個人の感情を率直・劇的に表現する思潮である。期間的には短いが、その後に訪れるロマン派の先駆けとなった。

《答え&聴く》 モーツァルト ソナタ第12番K.332
第1楽章
  • 提示部(第1主題) ヘ長調ニ短調への転調あり)
  • 提示部(第2主題) ハ長調
  • 展開部 ハ長調
  • 再現部 ヘ長調
  • コーダ ヘ長調
音源
展開1:どんな物語展開を?モーツァルトによる同じ調性の作品

モーツァルトによる同じ調性の作品も聴いてみよう。調性は同じでも、異なる転調は異なるドラマをもたらす。展開部は何調から始まっているのか(空欄)、その後の転調は物語にどのような効果をもたらしているのだろうか、作品番号順に追って聴いてみよう。

ディヴェルティメントK.138 ヘ長調
(日本語では。全体の曲調を聴こう)
音源
ディヴェルティメントK.213 ヘ長調 音源
ピアノ協奏曲第11番K.413 ヘ長調
(展開部 調~)
音源
ピアノ協奏曲第19番K.459 ヘ長調
(展開部 調~)
音源
4手のためのピアノソナタK.497 ヘ長調
(提示部から始まる、長調・短調への度重なる転調を聴こう)
音源
ピアノソナタK.533/494 ヘ長調
(展開部 調~)
音源
 
展開1《答え&聴く》
ディヴェルティメントK.138 ヘ長調
(日本語では喜遊曲。全体の曲調を聴こう)
音源
ディヴェルティメントK.213 ヘ長調 音源
ピアノ協奏曲第11番K.413 ヘ長調
(展開部 ハ短調~)
音源
ピアノ協奏曲第19番K.459 ヘ長調
(展開部 イ短調~)
音源
4手のためのピアノソナタK.497 ヘ長調
(提示部から始まる、長調・短調への度重なる転調を聴こう)
音源
ピアノソナタK.533/494 ヘ長調
(展開部 ハ短調調~)
音源
展開2:もう一つの世界観は?モーツァルトの短調作品

上記のピアノソナタやピアノ協奏曲のように、短調への転調は、物語に劇的な変化をもたらす。モーツァルトのニ短調、ハ短調は、ピアノ協奏曲27曲中2曲しかない短調作品の調性にもあたる。それぞれの短調にはどのような性格があるだろうか。喜びの中の切なさ、物哀しさの中の喜び・・モーツァルトはいつでも長調と短調の世界観が同時に存在しているかのようだ。ふとしたはずみに転じる別世界のように、パラレルワールドのように。モーツァルトによるニ短調、ハ短調、イ短調の作品から、もう一つの世界観を感じてみよう。

● モーツァルトの短調作品
  • ピアノ協奏曲第 番 K466(1785年)
  • K.626(1791年・未完)
● モーツァルトのハ短調作品
  • K.427(1782~1783年・未完)
  • ピアノ協奏曲第番 K491(1786年)
● モーツァルトの短調作品
  • ミゼレーレK.85
  • ピアノソナタ第番K.310(1778年)
  • K.511(1787年)
 
展開2《答え&聴く》
● モーツァルトのニ短調作品
ピアノ協奏曲第20番K466(1785年) 音源
レクイエムK.626(1791年・未完)音源 音源
● モーツァルトのハ短調作品
大ミサ曲K.427(1782~1783年・未完)音源 音源
ピアノ協奏曲第24番K491(1786年)音源 音源
● モーツァルトのイ短調作品
ミゼレーレK.85 音源 音源
ピアノソナタ第8番K.310(1778年) 音源
ロンドK.511(1787年)音源 音源
展開3:どこまで遠くへ?同時代・同じ調性の作品

長調作品の提示部は、第1主題が主調、第2主題が属調になることが多いが、展開部は自由に転調されている。その自由度は作曲家によって異なり、それによってテンション(緊張)の度合いも変わる。主調から離れるほど意外性や新規性が生まれ、テンションが高まる。冒頭で示されたテーマや問いについて、さらに想像を膨らませ、考えを巡らせ、想いを募らせているかのようである。ハイドンとベートーヴェンによるソナタ形式のヘ長調作品を聴き、展開部が何調で始まり、どの遠隔調まで用いたのか、どのように再現部へ戻るのかを聴いてみよう。

(五度圏、出典
● ハイドン:ピアノソナタ第38番Hob.XVI:23 音源

第1楽章

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) 調
  • 展開部調~ 最も遠隔調:調
  • 再現部調
  • コーダ ヘ長調
● ハイドン:交響曲第67番Hob.I:67 音源

第1楽章

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) 調
  • 展開部 調~ 最も遠隔調: 調
  • 再現部 調
  • コーダ ヘ長調
● ベートーヴェン:ピアノソナタ第6番Op.10-2 音源

第1楽章

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) 調
  • 展開部 調~ 最も遠隔調:調
  • 再現部 調
  • コーダ ヘ長調
● ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番Op.24「春」音源

第1楽章

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) 調
  • 展開部 調~ 最も遠隔調:調
  • 再現部 調
  • コーダ ヘ長調
● ベートーヴェン:ピアノソナタ第22番Op.54 音源

第2楽章(ソナタ形式)

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) 調
  • 展開部 調~ 最も遠隔調:調
  • 再現部 調
  • コーダ ヘ長調
● ベートーヴェン:交響曲第6番Op.68「田園」 音源

第1楽章「田舎に到着したときの朗らかな感情の目覚め」

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) 調
  • 展開部 調~ 最も遠隔調: 調
  • 再現部 調
  • コーダ ヘ長調
    ※1808年ウィーンにて、ピアノ協奏曲第番Op.58、交響曲第 番Op.67とともに初演。
展開3《答え&聴く》
● ハイドン:ピアノソナタ第38番Hob.XVI:23 音源

第1楽章

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) ハ長調
  • 展開部 ハ長調~ 最も遠隔調:イ長調
  • 再現部 ヘ長調
● ハイドン:交響曲第67番Hob.I:67 音源

第1楽章

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) ハ長調
  • 展開部 ニ長調~ 最も遠隔調:イ長調
  • 再現部 ヘ長調
  • コーダ ヘ長調
● ベートーヴェン:ピアノソナタ第6番Op.10-2 音源

第1楽章

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) ハ長調
  • 展開部 ニ短調~ 最も遠隔調:変ロ短調
  • 再現部 ニ長調
  • コーダ ヘ長調
● ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番Op.24「春」音源

第1楽章

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) ハ長調
  • 展開部 イ長調~ 最も遠隔調:変ロ短調
  • 再現部 ヘ長調
  • コーダ ヘ長調
● ベートーヴェン:ピアノソナタ第22番Op.54 音源

第2楽章(ソナタ形式)

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) ハ長調
  • 展開部 イ長調~ 最も遠隔調:ロ長調
  • 再現部 ヘ長調
  • コーダ ヘ長調
● ベートーヴェン:交響曲第6番Op.68「田園」 音源

第1楽章「田舎に到着したときの朗らかな感情の目覚め」

  • 提示部(第1主題) ヘ長調
  • 提示部(第2主題) ハ長調
  • 展開部 変ロ長調~ 最も遠隔調:ホ長調
  • 再現部 ヘ長調
  • コーダ ヘ長調
    ※1808年ウィーンにて、ピアノ協奏曲第4番Op.58、交響曲第5番Op.67とともに初演された。
展開4:どう変化し、どう終わる?異なる時代・同じ調性の作品

ロマン派になると、さらに形式・調性ともに自由度が増してくる。心の内側は、繊細で優しい感情と、荒れ狂うほどの激情が二極対立し、しばしば形式という枠組みを超えて表現される。繊細な心の変化を表現したり、音に微妙な色彩感を出すために、半音階主義も増えてくる。また物語的性格の強いバラードなどが登場する。たとえばショパンのバラード第2番は、全く性格が異なる2つの主題を揺れ動きながら、劇的さを増していく。最後はどのように終わるだろうか?ソナタ形式ではないが、調性の変化を聴き取ってみよう。

● ショパン:バラード第2番Op.38 ヘ長調 音源
  • 第1主題(Andantino)ヘ長調
  • 第2主題(Presto con fuoco)調
  • 展開・再現⇒コーダ 調
展開4《答え&聴く》
● ショパン:バラード第2番Op.38 音源
  • 第1主題(Andantino)ヘ長調
  • 第2主題(Presto con fuoco)イ短調
  • 展開・再現⇒コーダ イ短調
※参考音源について※

今回はピアノ作品以外も多く取り上げましたので、各種音源を扱っているナクソス・ミュージック・ライブラリへのリンクを掲載させて頂きました(要有料会員登録・最初15分間の無料体験あり)。
ピティナ・ピアノ曲事典にもピアノ作品の録音や曲目解説が多く紹介されていますので、ぜひ合わせてご参照下さい。
なおピティナ会員は「ピアノ曲事典マイページ」から登録すれば、ナクソス・ミュージック・ライブラリが利用可能となります。詳しくはこちらへ。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】