耳をひらく~第4章:推察力&発想力(6)1曲から音空間を広げよう・調性編
音楽には、人間の感情が投影されている。二部形式、三部形式、ソナタ形式、ロンド形式・・といった形式は、いわば物語の語り口(ストーリーテリング)ともいえる。作曲家はどんな心情や問いをテーマにしたのだろうか。それを巡り、どのように感情や思考が揺れ動き、どう解決されるのだろうか?
今回は調性をテーマに、1曲から様々に展開してみた(テーマ曲は、2017年度ピティナ・ピアノコンペティションD級課題曲より選択)。ソナタ形式の曲において、調性がどう変化しているかを聴き、感情の変遷を読み解いてみよう。
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音源 |
モーツァルトによる同じ調性の作品も聴いてみよう。調性は同じでも、異なる転調は異なるドラマをもたらす。展開部は何調から始まっているのか(空欄)、その後の転調は物語にどのような効果をもたらしているのだろうか、作品番号順に追って聴いてみよう。
上記のピアノソナタやピアノ協奏曲のように、短調への転調は、物語に劇的な変化をもたらす。モーツァルトのニ短調、ハ短調は、ピアノ協奏曲27曲中2曲しかない短調作品の調性にもあたる。それぞれの短調にはどのような性格があるだろうか。喜びの中の切なさ、物哀しさの中の喜び・・モーツァルトはいつでも長調と短調の世界観が同時に存在しているかのようだ。ふとしたはずみに転じる別世界のように、パラレルワールドのように。モーツァルトによるニ短調、ハ短調、イ短調の作品から、もう一つの世界観を感じてみよう。
- ピアノ協奏曲第
番 K466(1785年)
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K.626(1791年・未完)
長調作品の提示部は、第1主題が主調、第2主題が属調になることが多いが、展開部は自由に転調されている。その自由度は作曲家によって異なり、それによってテンション(緊張)の度合いも変わる。主調から離れるほど意外性や新規性が生まれ、テンションが高まる。冒頭で示されたテーマや問いについて、さらに想像を膨らませ、考えを巡らせ、想いを募らせているかのようである。ハイドンとベートーヴェンによるソナタ形式のヘ長調作品を聴き、展開部が何調で始まり、どの遠隔調まで用いたのか、どのように再現部へ戻るのかを聴いてみよう。
第1楽章
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題)
調
- 展開部調~ 最も遠隔調:調
- 再現部調
- コーダ ヘ長調
第1楽章
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第1楽章
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第1楽章
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第1楽章
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第2楽章(ソナタ形式)
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第1楽章「田舎に到着したときの朗らかな感情の目覚め」
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ロマン派になると、さらに形式・調性ともに自由度が増してくる。心の内側は、繊細で優しい感情と、荒れ狂うほどの激情が二極対立し、しばしば形式という枠組みを超えて表現される。繊細な心の変化を表現したり、音に微妙な色彩感を出すために、半音階主義も増えてくる。また物語的性格の強いバラードなどが登場する。たとえばショパンのバラード第2番は、全く性格が異なる2つの主題を揺れ動きながら、劇的さを増していく。最後はどのように終わるだろうか?ソナタ形式ではないが、調性の変化を聴き取ってみよう。
- 第1主題(Andantino)ヘ長調
- 第2主題(Presto con fuoco)調
- 展開・再現⇒コーダ 調
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音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/