耳をひらく~第4章:推察力&発想力(5)1曲から音空間を広げよう・舞曲編
「推察力&発想力」について、今回はオンライン・ワークショップ形式で進めてみたい。
何度も学びを繰り返しているうちにパターンが記憶され、それらを応用することによって、新しい課題を解くための推察力・類推力が生まれてくる。たとえばフランスなど海外の音楽院では、「聴いたことのない曲の時代様式を当てる」という聴音課題があるそうだ。何が作曲家を、時代様式を、楽曲構造を特徴づけているのか。それがつかめてくると、ある程度の推察ができるようになる。
そこで今回は舞曲「メヌエット」をテーマに、1曲から様々に展開してみた(テーマ曲は、2017年度ピティナ・ピアノコンペティションB級課題曲より選択)。空欄を埋めながら、メヌエットの歴史的変遷を追ってみよう。また音源を聴いて身体を動かしたり、旋律を歌ったり、書きとったりしながら、音の世界を多彩に広げて頂きたい。
フランスの民俗舞踊を発祥とするメヌエットは、ルイ14世の王宮で盛んに踊られ、またヨーロッパ中の王侯貴族にも愛された。メヌエットは、小さな細かいステップ、という意味をもつ。本来は軽快な動きであったが、宮廷舞踊として様式化されたことによって、よりゆったりと洗練された動きになった。では、バッハは他にどのようなメヌエットを書いたのだろうか?
フランスの民俗舞踊を発祥とするメヌエット。ルイ14世の宮廷楽長はメヌエットの曲を多く書き、王侯貴族の社交に欠かせぬ舞踊となった。宮廷舞踊として様式化されたことによって、よりゆったりと洗練された動きになった。クープラン、バッハ、ヘンデルなどバロック時代の作曲家は、舞踏音楽としてのメヌエットの特徴を保ちながら、鍵盤楽器や管弦楽など器楽曲のための組曲に取り入れた。ではバッハ以外には、どのようなメヌエットの曲があるだろう?
バロック時代には数ある舞曲の一つとして扱われていたメヌエットは、古典時代にはソナタの発展にともない*、物語全体の一部として扱われる傾向が出てくる。ハイドンやモーツァルトはメヌエット(メヌエット―トリオ)を、ソナタ、交響曲、室内楽曲などに多く取り入れた。モーツァルトのメヌエットには、舞曲を由来とした従来の様式感を超え、劇的さを感じさせるものもある。それぞれ違いを聴き取るのも面白いだろう。
ハイドン | 交響曲第101番『時計』第3楽章 | 音源 |
モーツァルト | ディヴェルティメントディベルティメント第17番K.334(1779年) | 音源 |
セレナード第13番『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』K.525第3楽章(1787年) | 音源 | |
交響曲 第39番変ホ長調K.543第3楽章(1788年) | 音源 | |
交響曲 第40番ト短調K.550第3楽章(1788年) | 音源 | |
交響曲 第41番ハ長調K.551第3楽章(1788年) | 音源 | |
ピアノ曲「メヌエット」K.355(1789年?) |
音源 | |
ベートーヴェン | 「6つのメヌエット」WoO10 第2番ト長調(1796年) | 音源 |
交響曲第1番Op.21 第3楽章(1800年) | 音源 |
ロマン派・近現代になると、メヌエットはバロック時代を回顧するようなノスタルジーを感じさせる作風が出てくる。本来のメヌエットがもつ軽快さ、可憐さ、優美さなど、いずれを特徴として楽曲に取り込むかは作曲家によって異なる。一方、全く現代風にアレンジされた作品もある。
ビゼー | 劇付随音楽『アルルの女』第2組曲第3番「メヌエット」(1879年) | 音源 |
ドビュッシー | ピアノ連弾『小組曲』より「メヌエット」(1889年) | 音源 |
ピアノ組曲『ベルガマスク組曲』より「メヌエット」(1890年/1905年) | 音源 | |
ラヴェル | ピアノ曲「古風なメヌエット」(1895年) | 音源 |
ピアノ曲『ソナチネ』より第2楽章「メヌエットの動きで」(1903~1905年)音源 | 音源 | |
ピアノ曲「ハイドンの名によるメヌエット」(1909年) | 音源 | |
ピアノ組曲『クープランの墓』より「メヌエット」(1914年~1917年) | 音源 | |
シェーンベルク | ピアノ組曲『組曲』Op.25より「メヌエット」(1921~1923年) | 音源 |
古典派のソナタや交響曲において、メヌエットはスケルツォへと次第に置き換えられていった(メヌエットとスケルツォの性格づけが曖昧な曲もある)。スケルツォではより軽快な性質が強調され、変化と躍動感に富み、いわば起承転結の「転」を演出している。では、古典派でスケルツォ形式を多く書いたのは誰?
ベートーヴェン | 交響曲第1番ハ長調Op.21 第3楽章「メヌエット」 | 音源 |
交響曲第2番ニ長調Op.36 第3楽章「スケルツォ」 | 音源 | |
交響曲第3番変ホ長調Op.55 第3楽章「スケルツォ」 | 音源 | |
交響曲第4番変ロ長調Op.60 第3楽章(スケルツォ) | 音源 | |
交響曲第5番ハ短調Op.67 第3楽章(スケルツォ) | 音源 | |
交響曲第6番ヘ長調Op.68 第3楽章「田舎の人々の楽しい集い」 | 音源 | |
交響曲第7番イ長調Op.92 第3楽章(スケルツォ) | 音源 | |
交響曲第8番ヘ長調Op.93 第2楽章「スケルツァンド」・第3楽章「テンポ・ディ・メヌエット」 | 音源 | |
交響曲第9番ニ短調Op.125 第2楽章(スケルツォ) | 音源 |
メヌエット以外にも、フランスの民俗舞踊を発祥とした舞曲がいくつかある。それらは様式化され、バロック時代の組曲などに多く取り入れられた。では、どの舞曲様式がどの組曲に?
- サラバンド
- ブーレ
- メヌエット
- シャコンヌ
- ポロネーズ
- メヌエット
- ジーグ
- クーラント
- アルマンド
- フォルラーヌ
- パスピエ
- タランテラ
- ガヴォット
- パッサカリア
- フォリア
- ワルツ
- ボレロ
- マズルカ
- リゴードン
- シチリアーナ
- (2拍子、中庸・軽快)
- (2拍子、中庸・軽快)
- (2拍子、速い・快活)
- (3拍子、中庸・優雅)
- (3拍子、中庸~速い)
- (3拍子、速い・軽快)
- クープラン:クラヴサン曲集第1巻第2組曲より 第2曲、第5曲、第6曲、第8曲、第9曲
- ヘンデル:『水上の音楽』組曲第1番より 第4曲/第6曲、第7曲
- ヘンデル:『水上の音楽』組曲第3番より 第1曲/第3曲、第2曲
- バッハ:フランス組曲第5番BWV816より 第2曲、第4曲、第5曲
- バッハ:フランス組曲第6番BWV817より 第2曲、第4曲、第6曲、第7曲
- バッハ:イギリス組曲第5番BWV810より 第5曲ロンド―によるI、第6曲II
- バッハ:パルティータ第5番BWV829より 第5曲テンポ・ディ・、第6曲
- ドビュッシー:『ベルガマスク組曲』より 第2曲、第4曲
- ラヴェル:『クープランの墓』より 第4曲、第5曲
- シェーンベルク『ピアノのための組曲』Op.25 第2曲、第5曲
クープラン:クラヴサン曲集第1巻第2組曲より 第2曲クーラント、第5曲ガヴォット、第6曲メヌエット、第8曲パスピエ、第9曲リゴードン | 音源 |
ヘンデル:『水上の音楽』組曲第1番より 第4曲/第6曲メヌエット、第7曲ブーレ | 音源 |
ヘンデル:『水上の音楽』組曲第3番より 第1曲/第3曲メヌエット、第2曲リゴードン | 音源 |
バッハ:フランス組曲第5番BWV816より 第2曲クーラント、第4曲ガヴォット、第5曲ブーレ | 音源 |
バッハ:フランス組曲第6番BWV817より 第2曲クーラント、第4曲ガヴォット、第6曲ブーレ、第7曲メヌエット | 音源 |
バッハ:イギリス組曲第5番BWV810より 第5曲ロンド―によるパスピエI、第6曲パスピエII | 音源 |
バッハ:パルティータ第5番BWV829より 第5曲テンポ・ディ・ミヌエッタ、第6曲パスピエ | 音源 |
ドビュッシー:『ベルガマスク組曲』より 第2曲メヌエット、第4曲パスピエ | 音源 |
ラヴェル:『クープランの墓』より 第4曲リゴードン、第5曲メヌエット | 音源 |
シェーンベルク『ピアノ組曲』Op.25 第2曲ガヴォット、第5曲メヌエット | 音源 |
ワルツ・ジーグ・サラバンドを、速度が遅い⇒速い順に並べ替えよう。
サラバンド⇒ワルツ⇒ジーグ
- どのメヌエットが一番心に残りましたか?それはなぜ?
- バッハのメヌエットの特徴は何でしょう?
- なぜメヌエットは、冒頭や終曲ではなく、中盤に置かれるのでしょう(組曲・ソナタなど)?
- 近現代の作曲家は、なぜメヌエットなどの舞曲に着目したのでしょう?
今回はピアノ作品以外も多く取り上げましたので、各種音源を扱っているナクソス・ミュージック・ライブラリへのリンクを掲載させて頂きました(要有料会員登録・最初15分間の無料体験あり)。
ピティナ・ピアノ曲事典にもピアノ作品の録音や曲目解説が多く紹介されていますので、ぜひ合わせてご参照下さい。
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音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/