韓国リポート(1)東アジア音楽教育会議で日本代表2名が講演
新年早々、1月4日韓国国立教育大学で開催された「東アジア音楽教育会議(The East Asia Music Education Conference)」にて、「日本のピアノ教育の新しいトレンド」をテーマに、多喜靖美先生とピティナの福田成康専務理事による講演が行われました。その講演内容をお届けします。
学校教員育成を目的とする韓国国立教育大学(KNUE;Korea National University of Education)。金浦空港からバスで約2時間、広い平原にある大学キャンパスには、大学・大学院・付属高校・学生寮・ゲスト用宿舎がある。大学院生が多く(80%以上が現職教員)、教員のためのリカレント教育・研究機関としての役割を果たしている。教員としての専門性を高めるプログラムや、新しい教育理論や教材の開発、学校現場での実践と検証、などがなされているそうだ。
ヒーチャン・リュウ学長(Dr.Hee-Chan Lew)は、「我々の大学はまだ30年ほどの歴史ではありますが、世界最高峰の教育法と自負しています。今後ぜひ国際間のコミュニケーションや連携強化を図っていきたいと思っています」と語る。
その韓国国立教育大学の音楽学科で、初開催となる「東アジア音楽教育会議」が行われた。主宰の音楽学科長ミンジュン・ソン先生(Dr.Min-Jung Son)は、米テキサス大学オースティン校で博士号を取得し、教員経験を経て、1年前より現職。「21世紀はオープンマインドの時代!大学の内外や公私に関係なく、新しい考え方を取り入れていきたい」という思いから、今回のピティナ関係者招聘に至ったという。同大ピアノ科教授ミヨン・ジョン先生(Prof.Mi Young Jeon)のご主人チェリストDong-Oo Lee教授がちちぶ国際音楽祭に出演し、同音楽祭のピアノ科主任だった多喜靖美先生に声が掛かり、さらに多喜先生からのご紹介でピティナの福田成康専務理事がリレー形式の講演を行った。
まず福田専務理事が「日本のピアノ教育~概要編」として、日本の学校教育・私教育のトレンドや、なぜピアノ教育が盛んなのかについて講演を行った。現在、小学校の音楽授業は全体の6.3%(6年間で358時間)、中学校での音楽授業は全体の3.8%である。小学校低学年ほど音楽授業の比率が高いが、教員の大半は音楽専任ではない。とくに初等教育において音楽に力を入れる方が本質的であり、指導の質・量ともに高めていくのが今後の課題だとした。初等教育の重要性やリトミックから楽器教育への流れについては、韓国も同じ問題意識を共有しているようで、うなずきながら聞いていたのが印象的だった。
一方、私教育ではピアノの学習率が高く(特に小学生)、人口減少化にも関わらずコンペ参加者は増え続けている。その要因として、ピティナがこれまでに実施してきた活動が挙げられた。韓国のピアノ指導者の多くは私立・公立学校や教育機関に所属しており、このような個人間のネットワーク機能はほぼないようだ。これは日本独特のダイナミズムかもしれない。
- 全国各地にピアノ指導者の研究グループがある支部、ステーション
- 指導者同士がコラボレーションしているコンペ第二指導者登録
- すべての人にステージ提供をしているピティナ・ピアノステップ
- 指導者のための勉強機会が多い指導セミナーやワークショップ
- 先生と生徒のマッチングを行っているピティナ教室紹介サービス
最後に、今後の展望(ピアノ学習の効果が脳科学的に立証されたこと、男子のピアノ学習率が高まっていること)や課題(ピアノ指導者減少が予測されること、ピティナではダブルキャリアを提案)が挙げられ、さらなる音楽文化発展のためにお互い活発に交流をしていきましょう!と締めくくられた。
Q&Aタイムには会場より「韓国では音楽があまり重視されない傾向にあるが、日本ではどうか」などの質問が寄せられ、「脳科学研究やピアノを習う男子の増加など、新しい展望もあります。最も重要なのは、ピアノを習っていると"幸せになる"こと、それを立証していきたい」と回答した。
今回の訪韓で、また新しい展望が見えたようだ。「韓国では数年前からヴァイオリン奏者や伝統楽器奏者など学外の音楽家が小学校に入り授業を行うようになってきているそうなので、日本でも国で予算化し、各地にいるピアノ指導者を非常勤講師として小学校で任用されるようにしたいです。また学校教員を再教育するための大学院という考え方は、大変理にかなっていると思います。日本でも音楽教育者を育てるための大学院を作りたいですね」。
続いて、ピティナ会員代表として多喜靖美先生が登壇し、「日本のピアノ教育~実践編」としてアンサンブルの音楽的・教育的価値について講演を行った。ぜひとも小さい頃からピアノの生徒にもヴァイオリンやチェロと合わせる機会を与えたい、との思いから生まれた『ブルグミュラー100のレシピ』(多喜靖美監修・東音企画出版)は、ピアノの原曲を活かしたままアンサンブルができる、想像力豊かな1冊だ。
教材としてのブルグミュラーが優れている点として、大事な調や拍子がほとんど入っていること、短いタイトルがついているのでイマジネーションが広がり、それを通して別の作曲家や作品を調べることもできること、さらに音楽表現の概念が学べること、が挙げられた。「音楽ではどんなにうまく弾いても馬は表せない、どんなに音に色彩感があっても黄色は表せない。でも音楽は時代や国を超えて、人間の気持ちを伝えあうことができます。人が考え出した最高のコミュニケーション手段です」。この考え方はリベラルアーツにも通じる。
そのほか拍子やハーモニーの解説に続き、いよいよ"ピアノでアンサンブル"のデモンストレーションへ。『ブルグミュラー100のレシピ』より、さまざまなヴァリエーションでのピアノ連弾編曲(『スティリエンヌ』『あまいなげき』)、鍵盤ハーモニカとのデュオ編曲(『天使のハーモニー』)、ヴァイオリンやチェロとのデュオ編曲(『貴婦人の乗馬』など)、数曲ずつ実演した。鍵盤ハーモニカは福田専務理事、ピアノ連弾では筆者も参加させて頂き、またヴァイオリンとチェロは同大生2名が共演し、多喜先生と息の合った素敵な演奏を聞かせてくれた。最後はギロック『サラバンド』のトリオ編曲。多喜先生が東日本大震災時に思い立ったという編曲を、レクイエムの想いを込めて演奏された。
聴衆からはエコ奏法に関する質問や、『100のレッスンレシピ』をぜひ自分でも学びたいという意見などが寄せられた。学校教育の中でもアンサンブルの考え方が取り入れられていけば、ポジティブな教育効果が期待できるだろう。
今回、拙著『ハーバード大学は音楽で人を育てる』(昨冬韓国版出版)の紹介コーナーも急遽設けられ、音楽学科長自らご紹介下さった。韓国の大学にもアメリカと同じく音楽学部はあるが、リベラルアーツの考え方をより広めていくことが今後必要だと共感されていた。筆者より本の概要を説明し(「音楽を学ぶ」「音楽も学ぶ」「音楽で学ぶ」「社会に広める」「リベラルアーツの歴史」)、さらに「音楽で学ぶ」の可能性として、多喜先生の講演内容を例に挙げた。たとえば、旋律に様々な和音をつけてハーモニーを創ることは"創造性"を高めるし、それをお互いにシェアすることで"多様性"を知ることができる。また音楽を通して国や時代を超えて人の心を知るというのは、"人文学"的な考え方である。捉え方によって、リベラルアーツ的な学びは限りなく広がる。今回思いがけず聴衆のなかにも読者(現職学校教員の大学院生)がいて、この本の内容をぜひ実践していきたいと伝えてくれた。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/