今こそ音楽を!第6章6. 他の世界ともつながる、音楽の豊かなポテンシャル
音楽のポテンシャル
昨春から始まった「今こそ音楽を!」連載も、本記事で最後となる。あらためて、音楽にはどんなポテンシャルがあるのかを考えてみたい。
音楽には、人と人、人と社会、社会とそれを取り巻く自然など、あらゆるものをつなげる役割がある(参考:第6章第3回、4回記事)。そしてそこには、つながるためのコンテクストや人がいる(第5回記事)。では、どんなレベルのつながり方がありうるのだろうか?
他者とつながるといえば、アンサンブルだ。昨年、コンペのデュオ部門が大幅再編され、連弾プレ初級や2台ピアノ協奏曲カテゴリが新設された。またステップでは、アンサンブル総数が過去5年で約1200組増加。中でも、アンサンブル活動の継続意識が強いと思われる団体登録者は、過去5年で2倍以上に増えている。また兄弟姉妹での連弾や、ファミリーアンサンブルなど、身近な人と一緒に楽器を弾く習慣が、少しずつ広まっている兆しを感じる。一番身近な人に、耳を開き、心を通わせる。そんな音楽の役割が見えてくる。
早くからアンサンブルの教育的効果を唱えてきた江崎光世先生(ピティナ理事・課題曲選定委員長)は、1980年代にピアノ連弾部門を提唱した。今はデュオ部門として、着実に参加者が増えている。兄弟・姉妹・友人デュオとして小さいころから連弾を重ねてきた門下生たちは、ソロでも活躍している(写真:2015年度2台ピアノ初級金賞の福田孝樹・瑞貴くん兄弟)。
お互いに呼吸を合わせ、音を注意深く聴きあい、ともに音楽を創り上げる相手は、同じ世代や国籍とは限らない。アンサンブルの醍醐味は、様々な楽器、様々な世代、様々な国の人と繋がれるというダイナミズムにある。そこに音楽があるだけで。
アンサンブル普及のため日々全国を奔走している多喜靖美先生は、毎夏「ちちぶ国際音楽祭」を開催。日本にいながらにして、海外教授やアーティストによる室内楽や協奏曲のレッスンが受けられるというフェスティバルだ(参考:2012年度リポート)。第1回目から、アメリカ、オーストリア、フランス、トルコ、韓国などからアーティストが来日し、英語を公用語としてコミュニケーションを取るなど、会場全体が国際的な雰囲気に包まれていた。また熟練したアーティストとの共演は、若い音楽家にとって大いに刺激になったようだ。
また音楽とは対話である。まさにその名を冠したMusic Dialogue(音楽監督:大山平一郎)*は、世代や分野の垣根を超えたダイアローグを試みながら、室内楽普及活動を展開している。今年は秋田でのセミナーを経て、東京でセミナー講師4名による演奏会が行われた。同音楽監督でヴィオラ奏者の大山平一郎氏、ピアノのアレッシオ・バックス氏など、いずれも各国で活躍するアーティストである。特にバックス氏のピアノは、全体のバランスを注意深く聴きながら、その多彩な音質や音色を駆使して、大きな音楽の輪郭を描いてみせた。国籍も世代も違う4名が奏でるカルテットで、静かなリーダーシップを発揮していた。(写真左:2015年度チャイコフスキーコンクール・チェロ部門3位のアレクサンダー・ブズロフ氏、右:1997年浜松国際ピアノコンクール1位のアレッシオ・バックス氏)。
対話はコミュニケーションであるとともに、クリエーション(創造)の源でもある。「一人一人がしっかり個性を持っていれば、そこから議論が生まれ、互いの考えを共有することができます」「一人一人が音楽に投影しようとするものは違います。だから私はいつも、共演者と何か新しいものを創ろうと試みているのです」というのは、フランスやベルギーを中心に活動するvn.マーク・ダネルとpf.イタマール・ゴランの両氏。こちらの事例もご参考頂きたい。
一人一人が自立しつつ、お互いを尊重しながら奏でるアンサンブル。そのためには、 誰がどんな資質を持ち、全体をどの方向に導いていくかという巨視的視点が必要である。オーケストラでは、まさに指揮者がその役割を果たしている。
今年2月、バレンボイム指揮&ベルリン国立歌劇場管弦楽団によるブルックナー交響曲のツィクルス&モーツァルトピアノ協奏曲の演奏会が行われた(於:サントリーホール)。
バレンボイムの音楽には、どこか透徹した透明性を感じる。あらゆる音や人と等距離を保ち、しかしすべてを把握し、時に応じて向き合い、ぐっと寄り添う。モーツァルトの協奏曲第23番では、オーケストラの一つ一つの音との距離感を測りながら、その中でピアノという楽器を絶妙に溶け込ませた。モーツァルトならではの軽妙さもあり、節度あるアプローチだ。一方アンコールで披露したモーツァルトのピアノソナタ第10番(2、3楽章)は、あくまでもピアノならではの面白さや奥行きを追求する。コンテクストに合わせていかようにも想像力を膨らせ、音のパレットを多彩に広げていく、まさに匠の技を見せてくれた。
ブルックナーの交響曲第9番も節度ある音作りで、セクションごとの響きや、ハーモニーの受け渡し、際立つソロパート、すべてが絶妙なバランスの中にある。 メロディだけでなく、それを支える伴奏や内声も配慮しながら、全体を大きな多面体のように聞かせていく。そして全休止からの天国のような神々しさが、そのまま記憶に刻まれていった。
バレンボイムといえば、イスラエルとパレスチナの若手音楽家を集めたウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団でも知られている。音楽に国境はないというのを、これほど体現しているオーケストラもないだろう。地域や文化だけでなく、宗教や信条も乗り越えないといけない。しかし、音楽にはそれができる。
ここで発揮されているリーダーシップとは、その状況を取り巻くコンテクストをつかむこと、すべての奏者の資質や音の役割を理解すること、そして、鮮やかにそれらを融合させること。すべては、拓かれた「耳」から始まる。
音楽は、自分一人で深く掘り下げることもできるし、自分以外の世界と触れ合いながら広げていくこともできる。音楽はもともとあらゆる世界と隣接し、また内包しているものだ。そうして様々な人、楽器、世界との関わりあいを経て、ふと素の自分に戻ってきた時、「あ、前より表現の引き出しが増えている」と感じることがあるだろう。その時、感性は一回り大きくなっている。
人は生来、表現する意欲と能力を持っている(第1章第1回目「表現する力」)。一人一人が自分自身のリーダーとなり、耳を拓いて、自らの資質を発見すること。そして他の世界を知り、つながること。それを引き出す音楽の力は、無限なのである。<完>
1年間お読み頂きましてありがとうございました!
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/