今こそ音楽を!第6章5. 社会で音楽を生かす新しいコンテクスト(2)創造力を高める
音楽で創造力も鍛えられる。 創造といっても、必ずしも作曲というわけではない。無から有を生み出す力だとすれば、自ら新しい手法を見出したり、新しい視点や価値を発見する力も含まれるだろう。ここで英国の事例をご紹介したい。
1人1人が主体的に音楽に関わってもらうにはどうしたらよいか、1人1人の創造力を引き出すにはどうしたらよいか。英国では音楽を一般の人にも広く親しんでもらえるように、様々なプログラムが開発されている。その一例として、英国人作曲家による音楽ワークショップ・リーダー育成トレーニングが昨春東京にて開催され、プロの音楽家、オーケストラ奏者、音楽教育者など約15名が参加した(ブリティッシュ・カウンシル主催)。
エクササイズは一見簡単そうに見えるが、どれも頭をクリエイティブに使うもの。たとえば、リズムやメロディーをアレンジしながら、隣の人へ受け渡ししていくエクササイズをご紹介しよう。全員が輪になった状態で、まず一人がメロディやリズムのパターンを提示し、隣の人はそれと共鳴させたり、同化させたり、対比させたり、補完したり、性格を変えたり、拍子や長さを変えたりしながら、音の素材を発展させていく。途中、静寂の瞬間(タンバリンで作る波のような音)があったり、ビートが無くなったり、ピチカートが入ったりと、多様なアレンジが次々に生まれていった。
またいくつかのグループに分かれた状態で、リーダー役が中央で指揮を執り、グループ毎に音を出し入れしたり、強弱やリズムを追加したり、ソロを挿入したりというエクササイズも。参加者の1人で「ステップ待ち時間ワークショップ」(クロスギビング)の経験もある方は、積極的にリーダー役を申し出て、各グループにタイミング良く指示を出しながら、音楽に生き生きとした表情を与えた。さらにグループ毎にリズムパターンとメロディーパターンを創作し、最後はそれらを融合させながら全員で合奏!音の素材が組み合わさり、作品としてまとまっていくプロセスは見事だった。まさに音楽をクリエイティブに活かし、楽しむことを体感できるプログラムである。
ワークショップ主催者のフレイザー・トレイナー氏は「どんな国や文化で育った子でも、どんな音楽の趣味を持った子でも、創造力や想像力を引き出すことができると思います。そのためのフレームワークやプロセスを、ワークショップリーダーが提示することが必要です。今回のように、様々な楽器の方が参加されるのがいいですね。お互いに持っているものを共有したり、学びあうなど、コラボレーションする姿勢が大事です」。
英国ではプロの音楽家や音楽大学・大学、そして小学校などでもワークショップを行っており、参加者は他の科目も成績がよいという。自分で考えたり、相手の音やアイディアに耳を傾けて能動的に応じることで、クリエイティビティが引き出されているのだろう。
音楽の良さは、1音からでも、どの年齢からでも、参加できることにもある。英国にはオーケストラを含む芸術団体による高齢者対象のワークショップもあり、それによって抗精神病薬が軽減されたり、認知症予防になったり、孤立していた高齢者がコミュニティに戻ってきたり、実質的な成果が出ていることが報告されている。(参考:第4章「音楽の見えない価値とは〜高齢者×アートの取り組み )音楽療法という範疇を超えて、音楽による潜在能力の開花・再活性化ともいうべきアクティブな考え方だ。
音楽と社会をつなぐコンテクストはまだまだある。それを考えることが、音楽のポテンシャルをさらに生かすことになるだろう。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
-
1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
-
1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/