今こそ音楽を!第6章5. 社会で音楽を生かす新しいコンテクスト(1)心の支援に
~社会と音楽を繋げるコンテクストとは?
アメリカでは以前から「音楽を社会問題解決のために生かす」という考え方がある。音楽にはどんな資源があり、社会でどのように役立てることができるだろうか。日本でも昨今アウトリーチなどがよく行われているが、その他にはどのようなコンテクストがあるだろうか?
音楽家による社会貢献活動の一つ、ピティナ・クロスギビングが始まって5年。これまで多くのプロジェクトがピアノ指導者や音楽家の支援によって成立してきた。その原動力になっているのは、「社会をよりよく変えていきたい」という願い。それは音楽業界だけでなく、一般社会にも届いている。東北の被災地支援活動から、いくつか近況をご紹介したい。
庄司美知子先生が実行委員長を務める「被災地へピアノをとどける会」は、2011年東日本大震災後まもなく活動を始め、全国各地から寄贈されたピアノを被災した学校や施設などに届けてきた(2016年2月現在462台)。多くの音楽家がその活動に共鳴し、全国のピアノ指導者(CrossGiving等)や、堀米ゆず子、アルゲリッチ両氏をはじめとする海外のアーティストやピアノ教授等も支援を惜しまなかった。中には、 同世代同士で励まし合う姿も。大阪・中之島フェスティバル(朝日新聞社主催)では、出演した高校ブラスバンド部生たちの希望により、収益金でピアノが購入され、岩手県立釜石高校に贈られた。同校の学生と庄司先生がラフマニノフ協奏曲第2番(2台ピアノ編曲版)を演奏し、そのピアノをお披露目したという。また昨年は映画『物置のピアノ』の舞台になった町、福島県桑折町の公立施設にも寄贈された。
この5年の間に、子ども達はピアノを心の支えとして、少しずつ夢に向かって歩み始めている。音大進学を果たしたり、将来保育士になって地域に貢献したいと勉強を始めたり、最近では、庄司先生が審査した気仙沼のコンクールでレベルも上がり、音楽に膨らみがでてきたことに感激したという。再びピアノに向き合い、ステージに立つことが、どれだけ子どもたちの心を支えたことだろう。仮設住宅に電子ピアノを設置し、歌を歌う会を結成しているところもあるそうだ。
住宅や楽器など物理的な復興が進みつつある一方で、「音楽がない」という町も。「今後は音楽を届けたり、レッスンなどもしていきたいですね」と庄司先生。「楽器」支援から「音楽」支援へ。心の復興とともに、東北に眠る才能が力強く生まれ出てくるかもしれない。
ピアニストの小原孝さんは、震災翌日に「逢えてよかったね友だちプロジェクト」を立ち上げた。これもクロス・ギビングの一つである。震災直後にレコーディングしたCDの売上で被災地に楽器や楽譜を届けたり、被災地で無料コンサートを行ってきた。その中で特に大切にしているのは、地元の方と一緒に創り上げるということ。コンサートでは地元合唱団と共演したり、演奏会チラシやチケットを地元の印刷会社で印刷してもらったり、ホールの協力を得たり、楽器支援も地元楽器店で購入して贈るという形を取るなど、必ず地元経由の活動にしているそうだ。2015年6月大槌町でのコンサートでは、音楽によって再び立とうとする力が呼び覚まされるような、そんな雰囲気に包まれていた。
音楽で、子どもたちの自信を取り戻したい。音楽と一緒に英語も学ばせたい。クロスギビングではないが、そんな一例をご紹介したい。相馬市出身・LA在住の音楽療法士、狩野多美子さんは、震災直後にNPOを立ち上げ、音楽を用いて英語や自然環境を学ぶプログラムを故郷で展開中である(「笑顔のなる木」"音学セラピー・プログラム")。音楽を通じて心身ともに健康になり、環境を学び、さらに音楽と共存する地域を創ることをめざしている。
「音楽療法よりも、"音楽を使って学ぶ"というかたちでやさしく入っていければと思います。音楽会と英語、音楽とアカデミック・スキルを組み合わせたプログラムで、音楽を楽しみながら自然に語学を学んでもらえたらいいですね」。
『笑顔のなる木』というNPO名は、福島の子供達が大人になったときに、福島県民であることを誇れるようになって欲しい、夢を持って育ってほしい、という願いをこめてつけたそうだ。さらにはこのプログラムのノウハウを広げ、雇用を創出できたらとも考えている。
また昨年は「親子で楽器創りを体験する音楽会」と題し、国産杉の間伐材を使ってペルーの打楽器カホンを創り、全員で演奏するというワークショップを開催した。約2時間の共同作業の後は、トトロや情熱大陸などを大合奏!子どもたちの絵入りのカホン2個は、アメリカでオークションにかけて活動資金にし、これから県内の幼稚園や小学校を中心に広げていきたいとしている。(一般社団法人「笑顔のなる木」主催、森林環境教育を展開している「カホンプロジェクト」協力)
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
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2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/