海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第6章5. 社会で音楽を生かす新しいコンテクスト(1)心の支援に

2016/03/31
第6章:ライフスタイル&ボディ編
5
社会で音楽を生かす、新しいコンテクスト(1)
(1)音楽×心の支援をする
~社会と音楽を繋げるコンテクストとは?

アメリカでは以前から「音楽を社会問題解決のために生かす」という考え方がある。音楽にはどんな資源があり、社会でどのように役立てることができるだろうか。日本でも昨今アウトリーチなどがよく行われているが、その他にはどのようなコンテクストがあるだろうか?

音楽家による社会貢献活動の一つ、ピティナ・クロスギビングが始まって5年。これまで多くのプロジェクトがピアノ指導者や音楽家の支援によって成立してきた。その原動力になっているのは、「社会をよりよく変えていきたい」という願い。それは音楽業界だけでなく、一般社会にも届いている。東北の被災地支援活動から、いくつか近況をご紹介したい。

支援は楽器から音楽へ~「被災地へピアノをとどける会」

庄司美知子先生が実行委員長を務める「被災地へピアノをとどける会」は、2011年東日本大震災後まもなく活動を始め、全国各地から寄贈されたピアノを被災した学校や施設などに届けてきた(2016年2月現在462台)。多くの音楽家がその活動に共鳴し、全国のピアノ指導者(CrossGiving等)や、堀米ゆず子、アルゲリッチ両氏をはじめとする海外のアーティストやピアノ教授等も支援を惜しまなかった。中には、 同世代同士で励まし合う姿も。大阪・中之島フェスティバル(朝日新聞社主催)では、出演した高校ブラスバンド部生たちの希望により、収益金でピアノが購入され、岩手県立釜石高校に贈られた。同校の学生と庄司先生がラフマニノフ協奏曲第2番(2台ピアノ編曲版)を演奏し、そのピアノをお披露目したという。また昨年は映画『物置のピアノ』の舞台になった町、福島県桑折町の公立施設にも寄贈された。

この5年の間に、子ども達はピアノを心の支えとして、少しずつ夢に向かって歩み始めている。音大進学を果たしたり、将来保育士になって地域に貢献したいと勉強を始めたり、最近では、庄司先生が審査した気仙沼のコンクールでレベルも上がり、音楽に膨らみがでてきたことに感激したという。再びピアノに向き合い、ステージに立つことが、どれだけ子どもたちの心を支えたことだろう。仮設住宅に電子ピアノを設置し、歌を歌う会を結成しているところもあるそうだ。

住宅や楽器など物理的な復興が進みつつある一方で、「音楽がない」という町も。「今後は音楽を届けたり、レッスンなどもしていきたいですね」と庄司先生。「楽器」支援から「音楽」支援へ。心の復興とともに、東北に眠る才能が力強く生まれ出てくるかもしれない。


地元と一緒に創り上げる~「逢えてよかったね友だちプロジェクト」

ピアニストの小原孝さんは、震災翌日に「逢えてよかったね友だちプロジェクト」を立ち上げた。これもクロス・ギビングの一つである。震災直後にレコーディングしたCDの売上で被災地に楽器や楽譜を届けたり、被災地で無料コンサートを行ってきた。その中で特に大切にしているのは、地元の方と一緒に創り上げるということ。コンサートでは地元合唱団と共演したり、演奏会チラシやチケットを地元の印刷会社で印刷してもらったり、ホールの協力を得たり、楽器支援も地元楽器店で購入して贈るという形を取るなど、必ず地元経由の活動にしているそうだ。2015年6月大槌町でのコンサートでは、音楽によって再び立とうとする力が呼び覚まされるような、そんな雰囲気に包まれていた。


誇りをもって前進するために ~「音学セラピープログラム」

音楽で、子どもたちの自信を取り戻したい。音楽と一緒に英語も学ばせたい。クロスギビングではないが、そんな一例をご紹介したい。相馬市出身・LA在住の音楽療法士、狩野多美子さんは、震災直後にNPOを立ち上げ、音楽を用いて英語や自然環境を学ぶプログラムを故郷で展開中である「笑顔のなる木」"音学セラピー・プログラム"。音楽を通じて心身ともに健康になり、環境を学び、さらに音楽と共存する地域を創ることをめざしている。

「音楽療法よりも、"音楽を使って学ぶ"というかたちでやさしく入っていければと思います。音楽会と英語、音楽とアカデミック・スキルを組み合わせたプログラムで、音楽を楽しみながら自然に語学を学んでもらえたらいいですね」。
『笑顔のなる木』というNPO名は、福島の子供達が大人になったときに、福島県民であることを誇れるようになって欲しい、夢を持って育ってほしい、という願いをこめてつけたそうだ。さらにはこのプログラムのノウハウを広げ、雇用を創出できたらとも考えている。

また昨年は「親子で楽器創りを体験する音楽会」と題し、国産杉の間伐材を使ってペルーの打楽器カホンを創り、全員で演奏するというワークショップを開催した。約2時間の共同作業の後は、トトロや情熱大陸などを大合奏!子どもたちの絵入りのカホン2個は、アメリカでオークションにかけて活動資金にし、これから県内の幼稚園や小学校を中心に広げていきたいとしている。(一般社団法人「笑顔のなる木」主催、森林環境教育を展開している「カホンプロジェクト」協力)

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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