今こそ音楽を!第6章4.生活空間・自然環境に溶け込んでいくステージ1
人の感性は、環境によっても磨かれていく。近年ステップの全国展開などにより、「いつでもどこでも」ステージに立てる環境が整ってきた。さらにはご自宅にサロンやホールを構えるピアノ指導者も少しずつ増え、生活空間がそのまま音楽空間へとつながるようになった。また音楽空間がそのまま自然空間へとつながるような、開放的なステージやホールも見かけるようになった。音楽は、どんどん外へ開放されてきている。
親密な音楽空間といえばサロンだ。サロン文化が花開いた19世紀、シューベルトはサロンで友人知人を前によく演奏を披露した。文豪ゲーテの自宅には客人が集まるサロンがあり、ギリシア彫刻やレリーフのレプリカが並ぶ中にピアノが置いてある。ここでクララ・シューマンが演奏したり、子供時代のメンデルスゾーンが一夏を過ごし、その思想に感化を受けている。またショパンもサロンで様々な芸術家と交流し、ジョルジュ・サンドに出会い、類い稀な音楽が生まれた。生活空間の延長にあるこじんまりとした親密な空間だからこそ、より細かい音楽の波動が伝わってくる。
近年、日本もヨーロッパのようなサロン文化が生まれる土壌が整いつつある。ピティナ・ピアノステップや地元密着型コンクールが全国各地で行われ、人の移動も迅速になり、いつでもどこでもステージに立てる環境が整ってきた。そして昨今では、自宅にサロンを構えるピアノ指導者や演奏家が少しずつ増えている。ピアノに関わる人であれば、ご自宅にホールを持つのは夢だろう。自らコンサートやセミナーを企画・出演したり、音楽を通してコミュニティを結びつけたりと、その可能性は大きい。たとえば、ピティナ録音コンサートやピティナ・ピアノステップの会場としても活用されている。
全国に先駆けて、ご自宅ホールで公開録音コンサートを行ったのは、大阪の中西利果子先生(大阪・池田フェリーチェステーション代表)。
フェリーチェホール
岡原慎也先生(大阪音大大学院ピアノ研究室主任教授)を迎えての録音コンサートは好評を博し、2008年以来シューベルティアーデのシリーズが続いている。また指導者対象セミナーやステップが随時開催されるほか、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団メンバー(石橋幸子さん)を迎えてのヴァイオリンコンサートやアンサンブルステップ、ウィーン国立音大教授(山田佐和子先生)によるコレペティレッスン、お弟子さんの海外留学や進学を応援するための演奏会や、ご自身も出演するアンサンブルの演奏会も企画。最近では「フェリーチェホール歌の会」というグループも結成し、声楽の先生を迎えてのレッスンには、遠方からの参加者もいるそうだ。さらにはクラシックだけでなく、ジャズ、フォルクローレ、タンゴまで、多彩なアーティストが出演している。
では中西先生がホールを創ったきっかけとは?以前からご自宅レッスン室でコレペティのレッスンにウィーンからお呼びしていた三ッ石潤司先生(現・武蔵野音大教授)と、「いつかぜひ皆が集まれるホールを! 」と夢を語り合っていたそうだ。そして今から10年前、ご主人のクリニック開業にあたり、その2階にコンサートホールを新設した。患者さんを招待する無料コンサートを開くこともあるという。コミュニティの中にある、華やかでアットホームな音楽の空間。まさにヨーロッパのサロンのようである。(最新情報:奈良井巳城先生によるセミナーが4月開催予定)
また京都の松田紗衣先生(京都アトリヱステーション代表)のご自宅のサロンは、天井の高い開放的な間取りに、お父様が制作された彫刻作品が並び、そしてスタインウェイが置かれているというアーティスティックな空間だ。ここでは2009年にステップ、2012年には金澤鼎氏による公開録音コンサートが開催されている。また千葉の根津栄子先生(市川フレンドステーション代表)宅のサロンでは、セミナーやコンサートを開催したりと活発である。さらに深谷直仁先生(安城あさひステーション代表)のホールも本格的で、貸し出しもされているそうだ。
~自然になじむホール
海外のコンサートホールには、ホール内にいても自然の存在を感じる場が多い。たとえばザルツブルグのモーツァルテウムはステージ後方がガラス張りで、外の風景が素晴らしい背景となっている。フランスでは毎年6月の夏至の日が「音楽フェスティバルの日」に指定され、街中のあらゆる場所がステージになる。そのフィナーレを飾るのが、ルーブル美術館のホワイエである。まだ薄明るい22時からパリ管弦楽団のコンサートが始まるが、ガラスピラミッドから差し込む光が、だんだんと夜景に変わっていく様はなんとも見応えがある。自然の移ろいとともに、時間芸術である音楽を楽しむのも、また一興である(参考:Fete de la Musique 音楽と戯れる1日)。
毎年「ラ・フォル・ジュルネ」エリアコンサートの会場となる丸ビル1階
昨今日本でも、ステージ背景がガラス張りになっているコンサートホールを見かけるようになってきた。たとえば江東区豊洲文化センターやフェニックスホールなど(このようなホールもある→兵庫県 三木山森林公園音楽院ホール、なら100年会館)。四方が壁に囲まれた従来型のコンサートホールではなく、ガラス張りで周囲の環境と馴染むようなデザインである。屋内の音響、野外の光と開放感、二つを兼ね備えている。同じく音楽を聴いても、なんとなく気分が開放的になる。また外からも見えることによって、内側の音楽空間が感じられるのもいいものだ。
内と外が有機的につながっていくこと。これは最近の建築物にも言えることで、自然環境との調和・共存を考えたデザインが多くなっている。家づくりにしても、光、熱、風など、その土地ならではの自然環境や気候を有効活用し、省エネでサステイナブルなデザインが見直されているという。これを「パッシブ・デザイン」と呼ぶそうだ(飯田祥久著『知的富裕層が選ぶ先進的健康住宅』p54)。
周囲の環境となじむ音楽の場が、これから増えていきそうだ。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
-
1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
-
1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
未来の生活空間をどうすればいいのか?自然環境とどう共存させればいいのか?そんな大命題に50年前から取り組んでいるデザイン会社がある。フォスター+パートナーズは英国を中心に、全世界でサステイナブルかつエコフレンドリーなデザインを手がけている(フォスター+パートナーズ展、六本木・森美術館)。その土地の自然、環境、文化、歴史的文脈を汲みつつ、そこに最も見合った建築物をデザインするため、自然の光を最大限に採り入れ、重量的負荷を軽減した素材を用い、環境を消耗しないエネルギーの使い方を開発してきた。
(c)British Museum
たとえばよく知られているのは、大英博物館のグレートコート。自然光をふんだんに取り入れたガラスの天窓や、中心部にある円形図書閲覧室(1857年)を上手に生かしたデザインで、歴史への敬意、自然環境との調和、来館者への配慮、経済性、ユニークネス(3000枚以上あるガラスの形状が全て異なる)と、すべてを満たすデザインである。
自然や天然資源との調和は、サステナビリティの象徴である。人が人らしく生きるのに、自己表現の場が必要だとすれば、生活空間の中に音楽やアートの空間が入ることは、自然な流れになるのではないだろうか。