今こそ音楽を!第6章3. 身体を見直して演奏の向上を(3)音楽医科学の発展へ
昨年、アジア初となる「音楽医科学研究センター(MuSIC)」が上智大学に新設された。センター創設者で研究長を務めるのは、脳科学者の古屋晋一先生。ハノーファー音楽演劇大学音楽生理学・音楽家医学研究所を経て上智大学理工学部准教授に就任、この度研究センター設立の運びとなった。
その主旨は、「音楽家のためのトランスレーショナルリサーチ」を行うこと。アジアには優れた音楽家が多く輩出されているにも関わらず、音楽に関する科学的研究はあったものの、音楽文化の担い手である演奏家に関する学術的研究はほぼ皆無であった。一方世界では、ドイツをはじめとするヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア等では研究が進められている。
そこで同研究センターは、①技能の解明、②練習法や治療法の開発、③教育現場での実用化という三段階で研究を進める方針だ。音楽家のQOL向上のため、医・工・芸連携をしながら、日本独自の研究開発に期待が集まる。
昨年12月20日に同大で行われたキックオフ・シンポジウムでは、藤村正之氏(上智大学学務担当副学長)、古屋センター長の挨拶に続き、研究者4名による最新研究発表が行われた。
「学んで変わる脳」(花川隆先生)では、脳の学習メカニズム研究の変遷に触れながら、最新研究では、最後まで続けることを学ぶことで脳が変わること、また音楽を学ぶことで運動、聴覚ネットワークが変わることが紹介された。
「音楽家のジストニアと脳」(北佳保里先生、上原一将先生)は、クラシック演奏家にジストニアが多いこと、罹患率はピアニスト50~100人に1人であること、また小脳の過活動の有無でジストニア発症患者を判別する研究例を紹介。今後の治療法開発に期待がかかる内容となった。
また「音大生の脳:演奏に必要な皮質・線条体ネットワーク」(田中昌司先生)では、桐朋大生と上智大生の線条体ネットワークを比較。前者が後者に比べて体積が小さくなっており、脳に必要なものだけが残る刈り込みが行われ、演奏家に適したネットワークが構築されていると発表された。音大生はすでに演奏に適した脳に最適化されているそうだ。
フォーラム後半はがらりと雰囲気を変えてコンサートの時間に。まさに科学と音楽の融合が、目の前に立ち現れた瞬間だった。まずは佐藤圭奈さんと尾崎有飛さんによるデュオから。共にピティナのグランプリ受賞者であり、ハノーファー音楽演劇大学留学仲間でもある二人は、チャイコフスキー『くるみ割り人形』(抜粋)とラヴェル『ラ・ヴァルス』を、華麗なテクニックと息の合った演奏で会場を沸かせた。またチェロの長明康郎氏とピアノの古屋絵理さんで、サン・サーンス『白鳥』、シューマン『幻想小曲集』等がしっとりと演奏され、会場は優雅な雰囲気に包み込まれた。また最後に同センターのメンバーを務める播本枝未子先生(東京音大教授)より、「この研究が音楽だけでなく、人類すべてに貢献すると確信しております」と力強い言葉で締めくくられた。
悩みを抱えるピアニストや演奏家を治癒するだけでなく、効果的な練習法や教育のあり方を考える際にも、科学が果たす役割はさらに大きくなるだろう。音楽医科学センターに大いに期待が高まるキックオフとなった。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/