海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第6章2. ワーク・ライフ・バランスを柔軟に(2)音楽家の両立支援

2016/02/03
第6章:ライフスタイル&ボディ編
2
ワーク・ライフ・バランスを柔軟に
2.音楽家・芸術家の両立支援~パソナ「ミュージックメイト」
様々な能力を発揮して働けるように、夢を支援
ランチタイムに演奏する道嶋さん

「夢を持って働きたい!」「音楽を一生の仕事にしていきたい!」と多くの人が願う一方で、どのようにしたら実現できるのかと不安や迷いを抱える例も少なくない。そこで大手総合人材サービス会社パソナでは、派遣という働き方を活用しながら、音楽家・芸術家の活動を支援するパソナ「ミュージックメイト」という事業を2006年から行っている。同社では創業以来、音楽家・芸術家支援や舞台制作など様々な文化創造事業を手掛けている。どのようなサービスを展開しているのか、同事業ユニット長の道嶋彩夏さんにお話を伺った。

「現在約1,500名が登録し(うちピアノは2~3割)、毎月約200名が派遣で就業されています。音楽と仕事を両立したいという方や、最終的に音楽に専念したいが、音楽活動だけでは十分に生計を立てられないので、仕事を続けながら夢の実現に向けて励まれている方など、様々なステージの方がいます。たとえば、『ピアノ教室の生徒がまだ10名ぐらいなので、週2日ほど働ける場がほしい』『土日は音楽活動をしているので、平日残業のないお仕事がしたい』という方には、その方に合った仕事を案内します。中には、派遣のお仕事をしながら音楽活動を続け、数年後に音楽に完全にシフトされた方もいました。将来的に独立を目指している方には、この仕組みを上手に活用しながら、目標にたどり着けるようにお手伝いできたらと考えています。夢を諦めることなく、それぞれの才能や能力を活かして誰もがイキイキと活躍できる社会の実現を目指しています」

パソナ「ミュージックメイト」では、「就労支援」と「音楽活動支援」を柱に事業を展開。「音楽活動支援」では、自主的にコンサートを開催したい方に同社内のホールを演奏場所として提供したり、セルフプロモーションなどのスキルを学ぶセミナーも開催している。また同社で企画したイベントや顧客から演奏依頼を受けることもあり、ミュージックメイトのスタッフに演奏の仕事を依頼することもあるそうだ(『ラ・フォル・ジュルネ エリアコンサート』、『ローズフェスタ ローズコンサート)』出演など。自主・外部企画を含めて年間800~900件)。

Wキャリア研修プログラム~社員として音楽・仕事を両立
社屋ロビーにあるピアノ

さらに、音大卒や大学院卒など新卒生対象の「Wキャリア研修プログラム」がある(研修期間は1年間。毎年数名入社)。契約社員としてフルタイムで勤務し、ビジネス経験を積みながら、仕事の一環として、同社ロビーで行われるランチコンサートで演奏も披露する。

「ピアニストには演奏ができるだけでなく、自分を上手に演出したり、マネジメントすることも求められています。1年間で集中的にビジネススキルを学びながら、今後の音楽活動にも活かすことができるスキルを身につける場を提供しています。大半は人材サービスの現場での仕事に携わっています。また通年でキャリアカウンセリングを行っており、修了後は、①音楽家として独立 ②引き続き音楽と仕事を両立(契約社員を継続、あるいは音楽活動の配分を増やしたい場合は派遣スタッフへ移行)③音楽業界への転職など、の3つの道があります。1年継続して、2~3年目でのキャリアチェンジする方が多いです。ミュージックメイト社員として働くことによって、社会の流れやビジネスの基本、コミュニケーションについて学んでもらい、ビジネスの中で得られた経験をご自分の音楽活動にも活かして頂きたいですね」(道嶋さん)

そう話す道嶋さん自身も東京音大 音楽教育学科を卒業後、Wキャリア研修プログラムを通して、2010年にパソナに入社し、現在はミュージックメイト事業のユニット長を務める。どのような意識を持って働いているのか、音楽や社会に対する考え方に変化はあったのだろうか。

まず社会に出て、プラスαのスキルを身につけたい
道嶋彩夏さん

入社のきっかけを教えて下さい。また、入社前と今ではどのように意識が変わりましたか?

道嶋彩夏さん:「将来はピアノ教室を開きたい」と大学在学中から考えていましたが、すぐ独立することには躊躇していました。社会がピアノ教室や音楽教育に何を求めているのかを考えた時に、すぐに答えが出なかったのです。また、自身でピアノ教室を運営していくために、演奏や指導のスキルだけでなくプラスαのスキルも磨きたいと思い、まず社会に出ようと決めました。

一般社員と一緒に働くことで影響を受けたことはありましたか?

入社1年目は人材サービスの営業部門から役員のアシスタントまで様々な業務を経験しました。その1年で音楽家としての自分の甘さを痛感しました。例えば、音大で学んだ私よりも西洋音楽史に詳しい社員がいたり、ずっとクラシックをメインに学んでいたため、「ジャズのこの曲を弾いてもらえますか?」という依頼に応えられずもどかしさを感じたこともありました。自分で演奏できるジャンルや範囲を決めてしまうのではなく、音楽家として周りからの幅広いニーズに応えていきたいと思うようになりました。

レパートリーの広げ方も変わりましたか?

はい。ポップスの曲も弾けるようになりましたし、譜読力もつきました。パソナではイベントが多く、急遽「明日この曲を弾いてもらえないか」と相談を受けることもあり、臨機応変に対応できる能力も身につきました。どこまでできるのか、どこは譲れないのか、それを見極めて音楽と触れあっていくことが大事だと思っています。私自身が音楽と仕事の両立というダブルキャリアの働き方を実践することで、一緒に音楽家の方々の夢を応援したいですし、まだ経験していない後輩にも伝えていければと思います。

社会に出て様々な経験を積んだ今、ピアノ指導者に求められていることはあらためて何だと思いますか?

もし自分がピアノの先生になるとしたら、音楽を学ぶことでその生徒がどう変化していくのかをしっかりと伝えていきたいと思います。ピアノを学ぶことのゴールは先生や生徒によって違うと思いますが、私自身はピアノを学ぶことが生徒自身のアイデンティティーを確立するための一助になればと感じています。演奏することは、テクニカルな練習はさることながら、その曲が出来た背景や作曲者の生きた時代についていろいろな書籍や資料を元に自分なりに解釈した上で、自分という演奏家がその曲をどう表現するのかを深く追及していく作業だと思うからです。グローバル化が進む中で、自身のアイデンティティーを確立し、発信していく能力はとても重要であり、またそれを表現する手段は言葉だけではなくなっていると考えています。だからこそ、ピアノを学ぶ中で表現力を培うことは、生徒のその後の人生をより豊かにするのだと伝えたいです。

私は音大卒業後に、民間企業であるパソナに入社したからこそ、“社会の中での音楽とは?”という視点を持つ意識が芽生えました。パソナ「ミュージックメイト」では、ピアノ指導者の方のみならず、若手の音楽家・演奏家の方がこうした視点を持つことで、社会のニーズを的確に把握することができ、その方の活躍に繋がっていくのではないかと考えています。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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