海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第5章 音楽大学2. 東京音大「演奏・作曲ともに学ぶ」

2015/12/09
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第5章:「大学最新カリキュラム編」
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音楽の可能性をさらに掘り下げて
~音楽大学 その2
東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ

昨今、世界各国の音楽院で作曲、即興、指揮等を学ぶピアノ科学生が増えつつあり、国際コンクールでお目にかかることも増えた。日本でもその動きがある。東京音楽大学では昨年度、ピアノ科に「コンポーザー=ピアニストコース」「ピアノ創作コース」が新設された。配分は異なるが、いずれも演奏と作曲を学ぶコースである。この度、「コンポーザー=ピアニストコース」新設に携わった播本枝未子先生、同コース教員の土田英介先生、「ピアノ創作コース」に関わった武田真理先生、糀場富美子先生にお話をお伺いした。


コンポーザー=ピアニストコース
コンポーザー=ピアニストコースとは?

後列右より)土田英介先生、播本枝未子先生、篠田昌伸先生、前)松坂拓人さん

播本枝未子先生:作曲実技、ピアノ演奏ともにプロフェッショナルを目指すコースです。4年間のピアノ実技のほか、作曲実技と作曲技法という授業があるのが特徴で、ピアノ科に所属するコンポーザー=ピアニストとして活躍する教員が作曲の指導にあたります。

このコースの目的は作曲家としても通用し、かつ自作のピアノ作品、ピアノを含む室内楽作品を自ら高度に演奏できる音楽家を育成することです。入学時の作曲の試験では、基礎力の完成と高度な次元での自発的な音楽性が求められます。現在このコースに在籍している学生は2年生1名のみです。

構想は15年ほど前から~コース設立に至る流れ

ピアニストであり作曲家でもあったラフマニノフやバルトーク、プロコフィエフ達の活躍した年代は、まだ半世紀ほど前のことです。長い西洋音楽の歴史から考えれば、むしろ作曲家と演奏家が分離してしまった現在の方が不自然、と言えるかもしれません。

私がドイツに留学した時、もう43年前の話になりますが、本場の音楽文化と教育は日本のそれとは根本的に異なっていることを痛感させられました。それは音楽の分野だけでなく、同じ頃にドイツに留学した芸大の同期の建築家も 同じ様な感想を持っていました。まだヨーロッパは遠い憧れの地でもあり、今とは隔世の感ですね。5年半後に帰国した時、日本の音楽教育をなんとかしなければならない!と強く思い、それが福田靖子先生の思いとも繋がっていました。私はドイツに行く前、恩師の故田村宏先生のお引き合わせで既に福田先生と出会っていました。現在のピティナの前身である東京音楽研究会で指導のお手伝いをし、留学中も交流が続いていましたので、帰国後すぐにピティナ設立時の活動をし、同時に音楽大学の教育改善にも情熱を注ぎました。両者の活動は日本全体の音楽教育を考えた時、切り離せないものでしたから。当時は何か使命感のような物に突き動かされていました。その気持ちの上でも福田先生と繋がっていたように思います。

東京音大ピアノ科主任を務めた頃には、既にコンポーザー=ピアニストコースの構想を持っていました。そこでまず2000年にピアノ科教員として土田英介先生にいらして頂きました。土田先生とは既に交流があり、彼の作曲家としてまたピアニストとしての秀でた能力を是非ピアノ科の教育に生かして頂きたいと思ったからです※1。その後2002年に大学院にピアノ伴奏コースを作り、そこに作曲科を卒業してピアニストとしても活躍している人材を集めて行きました※2。こうして現在の大学院の伴奏コースとコンポーザー=ピアニストコースの母体が作られて行きました。

現在の大学院の伴奏コースにはこれまでに100名以上の修了生がいますが、作曲家としての視点を生かしたレッスンや和声の授業(伴奏基礎演習)は東京音大独自の特徴ある教育であり、これに魅力を感じて他大学の学生や作曲科の学生、既に社会で活躍している伴奏ピアニストも入ってくるようになりました。

学部課程に「コンポーザー=ピアニストコース」が設立されたのは2014年。演奏と作曲を同時に学ぶことへの理解と関心が高まり、ようやく機が熟して来たようです。ここまで来るのにほぼ15年かかりました。

ピアニストが作曲を学ぶ効果とは?

作品の意図を理解せずに演奏が成り立たないのは当然ですが、しかしこの当然が当然ではないことが今でも良くあるものです。私の門下にはピアノ科志望から作曲科に変更した生徒や同時に両方を学んだ生徒達もいますが、彼らの成長を見ていると、作曲を学ぶことにより明らかに作品の理解が早くなり、練習時間が短縮され、表現が多様になります。暗譜における心配も激減し、譜面から即、自然に音に変換することが出来る。 ピアノだけ学んで弾いている人とは、ピアノ演奏時に使っている脳の部位とバランスが違うように感じます。それについては、脳科学者の古屋晋一先生に研究をお願いしています。

私の理想としては、いつかコンポーザー=ピアニストという呼称さえ不要になり、多様な能力を持ち、世界に向けて発信できる魅力的な音楽家が沢山育成されることです。

実際の授業は?~土田英介先生より

土田英介先生:コンポーザー=ピアニストコースの入学試験には、ピアノ実技と、5時間の作曲実技、和声の試験が課せられます。そして入学後は、ピアノ実技のレッスン以外に極めて高いレベルの和声、対位法、オーケストレーション、自己の創造性を追求した作曲に専念する学習を行います。現在、二年生の作曲実技は篠田昌伸講師※3、作曲技法は私、土田が担当して徹底した作曲の個人教育を行っています。これからコンポーザー=ピアニストコースを目指したい、という方には古典に根差した音楽を創る喜びを知り、高校生の時から和声など作曲の基礎となるものをしっかり学んで頂ければ、と思います。
多くの優秀なスタッフが、共に新しい時代を築くべく、多くの皆さんの挑戦を期待しています。

  • 2013年にはピティナ・クロスギビングにより、土田英介氏作品4曲を浄書、個展にて演奏(『ラプソディ~ヴァイオリンとピアノのための~』『ピアノのためのファンタジー第1番~3番』。また2010年ピティナ・ピアノフェスティバル『ハイドンとモーツァルト』では卓越した楽曲分析を披露。
  • 現在は学部3年次からオプションで伴奏授業を履修できる。要オーディション。
  • 講師の篠田昌伸先生も、2005年度日本音楽コンクール作曲部門第1位の実績と、ピアニストとして優れた実力を持つ。

ピアノ創作コース
「ピアノ創作コース」とは?
武田真理先生
ピアノ創作コースを新設された経緯、またカリキュラムについて教えて頂けますか。

武田真理先生:最近、演奏と作曲を両方学べることに興味を持つ学生が増えていると感じています。学生のニーズとしては、自在にアレンジできるようになりたい、曲を創りたい、ジャズで即興演奏したい、ヤマハの講師グレード試験を受けたい、など様々です。今までもできる学生はいましたが、より体系的に学ぶためのカリキュラムになっています。作曲・編曲ができれば、演奏・指導現場でも幅広く対応することができます。

ピアノ創作コース生は現在2年生に7名、1年生に10名です。ピアノコース生と同じ実技科目をこなした上で、作曲科教員(糀場富美子先生、藤原豊先生、喜久邦博先生)による個人レッスン30分と和声20分の授業を毎週受けます。ですから、ピアノ演奏+αと考えて頂ければよいでしょう。練習もしなくてはなりませんので皆とても忙しそうですが、コンポーザー=ピアニストコースの学生(1名)とも仲良く学んでいるようです。付属高校にも同時に新設され、高校1年生2名が在籍しています。

入学試験ではどのような創作課題があるのでしょうか。

武田先生:入学試験は自由創作の課題がありますが、それほど難易度を高く設定せず、入学後に学びを積み重ねていく方針です。演奏実技課題としては、ピアノ創作コースのみの志望者は課題曲を1曲少なくしてありますが、ピアノコース併願の場合は同じ課題です。応募者も多く、今年度ピアノ・創作コース受験生の中で、半分がピアノコースを第2志望としています。(第1志望を作曲、第2志望をピアノ・創作コースで受験することもできる。)

初年度から人気が高いことが伺えます。入学後にコース転向をすることはできますか?

武田先生:曲を書くというのは大変な作業ですし、やはり演奏に絞りたいという場合はピアノのみに転向することもできます(試験無し)。逆に、ピアノコース生で創作コースに転向希望する場合は、1年間創作を勉強した学生と同じような課題をこなさなくてはなりません。実際に転向する人がいるかは未知数ですが、可能性としてはあります。

糀場先生にお伺いします。まだ後期の最中ではありますが、作品創作はどのように進んでいますでしょうか。
糀場先生&ピアノ創作コース生の皆さん 糀場先生&ピアノ創作コース生の皆さん

糀場富美子先生:週一回の創作レッスン(個人)と和声の授業(4人で80分1コマ)があります。創作のレッスンでは、個人差があるので、何が書きたいかを一人一人相談して決めていきます。例えば、自由な形式で書きたい、変奏の方法やソナタ形式の勉強をして変奏曲やソナタを書きたい、ピアノ独奏曲ばかりでなくヴァイオリンとの二重奏を書いてみたい等々、学生の実力を考えながら、できる範囲で挑戦させています。1年に1曲の提出が義務付けられており、今年5月には前年度提出曲での演奏会を開催しました。
また、コードネームの勉強や、ヤマハのグレード試験の準備をしたい学生にも対応したレッスンをしております。和声の授業も生徒一人一人の進度に合わせて個人指導の形を取っており、音楽高校作曲科出身の生徒には現在対位法を教えています。

作曲を同時に学ぶことによって、ピアノ演奏にはどのような影響や変化が見られますか。

糀場先生:演奏している曲が以前より理解できるようになったという声は聞こえてきますので、分析能力が身についてきていると考えております。また、自分自身が楽譜を書き、作曲することによって、書かれている音符に対してより注意を払い、作曲家が意図したことを汲み取ろうとする姿勢や理解する力を習得することができると考えています。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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