今こそ音楽を!第5章 音楽大学2. 東京音大「演奏・作曲ともに学ぶ」
~音楽大学 その2
昨今、世界各国の音楽院で作曲、即興、指揮等を学ぶピアノ科学生が増えつつあり、国際コンクールでお目にかかることも増えた。日本でもその動きがある。東京音楽大学では昨年度、ピアノ科に「コンポーザー=ピアニストコース」「ピアノ創作コース」が新設された。配分は異なるが、いずれも演奏と作曲を学ぶコースである。この度、「コンポーザー=ピアニストコース」新設に携わった播本枝未子先生、同コース教員の土田英介先生、「ピアノ創作コース」に関わった武田真理先生、糀場富美子先生にお話をお伺いした。
播本枝未子先生:作曲実技、ピアノ演奏ともにプロフェッショナルを目指すコースです。4年間のピアノ実技のほか、作曲実技と作曲技法という授業があるのが特徴で、ピアノ科に所属するコンポーザー=ピアニストとして活躍する教員が作曲の指導にあたります。
このコースの目的は作曲家としても通用し、かつ自作のピアノ作品、ピアノを含む室内楽作品を自ら高度に演奏できる音楽家を育成することです。入学時の作曲の試験では、基礎力の完成と高度な次元での自発的な音楽性が求められます。現在このコースに在籍している学生は2年生1名のみです。
ピアニストであり作曲家でもあったラフマニノフやバルトーク、プロコフィエフ達の活躍した年代は、まだ半世紀ほど前のことです。長い西洋音楽の歴史から考えれば、むしろ作曲家と演奏家が分離してしまった現在の方が不自然、と言えるかもしれません。
私がドイツに留学した時、もう43年前の話になりますが、本場の音楽文化と教育は日本のそれとは根本的に異なっていることを痛感させられました。それは音楽の分野だけでなく、同じ頃にドイツに留学した芸大の同期の建築家も 同じ様な感想を持っていました。まだヨーロッパは遠い憧れの地でもあり、今とは隔世の感ですね。5年半後に帰国した時、日本の音楽教育をなんとかしなければならない!と強く思い、それが福田靖子先生の思いとも繋がっていました。私はドイツに行く前、恩師の故田村宏先生のお引き合わせで既に福田先生と出会っていました。現在のピティナの前身である東京音楽研究会で指導のお手伝いをし、留学中も交流が続いていましたので、帰国後すぐにピティナ設立時の活動をし、同時に音楽大学の教育改善にも情熱を注ぎました。両者の活動は日本全体の音楽教育を考えた時、切り離せないものでしたから。当時は何か使命感のような物に突き動かされていました。その気持ちの上でも福田先生と繋がっていたように思います。
東京音大ピアノ科主任を務めた頃には、既にコンポーザー=ピアニストコースの構想を持っていました。そこでまず2000年にピアノ科教員として土田英介先生にいらして頂きました。土田先生とは既に交流があり、彼の作曲家としてまたピアニストとしての秀でた能力を是非ピアノ科の教育に生かして頂きたいと思ったからです(※1)。その後2002年に大学院にピアノ伴奏コースを作り、そこに作曲科を卒業してピアニストとしても活躍している人材を集めて行きました(※2)。こうして現在の大学院の伴奏コースとコンポーザー=ピアニストコースの母体が作られて行きました。
現在の大学院の伴奏コースにはこれまでに100名以上の修了生がいますが、作曲家としての視点を生かしたレッスンや和声の授業(伴奏基礎演習)は東京音大独自の特徴ある教育であり、これに魅力を感じて他大学の学生や作曲科の学生、既に社会で活躍している伴奏ピアニストも入ってくるようになりました。
学部課程に「コンポーザー=ピアニストコース」が設立されたのは2014年。演奏と作曲を同時に学ぶことへの理解と関心が高まり、ようやく機が熟して来たようです。ここまで来るのにほぼ15年かかりました。
作品の意図を理解せずに演奏が成り立たないのは当然ですが、しかしこの当然が当然ではないことが今でも良くあるものです。私の門下にはピアノ科志望から作曲科に変更した生徒や同時に両方を学んだ生徒達もいますが、彼らの成長を見ていると、作曲を学ぶことにより明らかに作品の理解が早くなり、練習時間が短縮され、表現が多様になります。暗譜における心配も激減し、譜面から即、自然に音に変換することが出来る。 ピアノだけ学んで弾いている人とは、ピアノ演奏時に使っている脳の部位とバランスが違うように感じます。それについては、脳科学者の古屋晋一先生に研究をお願いしています。
私の理想としては、いつかコンポーザー=ピアニストという呼称さえ不要になり、多様な能力を持ち、世界に向けて発信できる魅力的な音楽家が沢山育成されることです。
土田英介先生:コンポーザー=ピアニストコースの入学試験には、ピアノ実技と、5時間の作曲実技、和声の試験が課せられます。そして入学後は、ピアノ実技のレッスン以外に極めて高いレベルの和声、対位法、オーケストレーション、自己の創造性を追求した作曲に専念する学習を行います。現在、二年生の作曲実技は篠田昌伸講師(※3)、作曲技法は私、土田が担当して徹底した作曲の個人教育を行っています。これからコンポーザー=ピアニストコースを目指したい、という方には古典に根差した音楽を創る喜びを知り、高校生の時から和声など作曲の基礎となるものをしっかり学んで頂ければ、と思います。
多くの優秀なスタッフが、共に新しい時代を築くべく、多くの皆さんの挑戦を期待しています。
- 2013年にはピティナ・クロスギビングにより、土田英介氏作品4曲を浄書、個展にて演奏(『ラプソディ~ヴァイオリンとピアノのための~』『ピアノのためのファンタジー第1番~3番』。また2010年ピティナ・ピアノフェスティバル『ハイドンとモーツァルト』では卓越した楽曲分析を披露。
- 現在は学部3年次からオプションで伴奏授業を履修できる。要オーディション。
- 講師の篠田昌伸先生も、2005年度日本音楽コンクール作曲部門第1位の実績と、ピアニストとして優れた実力を持つ。
武田真理先生:最近、演奏と作曲を両方学べることに興味を持つ学生が増えていると感じています。学生のニーズとしては、自在にアレンジできるようになりたい、曲を創りたい、ジャズで即興演奏したい、ヤマハの講師グレード試験を受けたい、など様々です。今までもできる学生はいましたが、より体系的に学ぶためのカリキュラムになっています。作曲・編曲ができれば、演奏・指導現場でも幅広く対応することができます。
ピアノ創作コース生は現在2年生に7名、1年生に10名です。ピアノコース生と同じ実技科目をこなした上で、作曲科教員(糀場富美子先生、藤原豊先生、喜久邦博先生)による個人レッスン30分と和声20分の授業を毎週受けます。ですから、ピアノ演奏+αと考えて頂ければよいでしょう。練習もしなくてはなりませんので皆とても忙しそうですが、コンポーザー=ピアニストコースの学生(1名)とも仲良く学んでいるようです。付属高校にも同時に新設され、高校1年生2名が在籍しています。
武田先生:入学試験は自由創作の課題がありますが、それほど難易度を高く設定せず、入学後に学びを積み重ねていく方針です。演奏実技課題としては、ピアノ創作コースのみの志望者は課題曲を1曲少なくしてありますが、ピアノコース併願の場合は同じ課題です。応募者も多く、今年度ピアノ・創作コース受験生の中で、半分がピアノコースを第2志望としています。(第1志望を作曲、第2志望をピアノ・創作コースで受験することもできる。)
武田先生:曲を書くというのは大変な作業ですし、やはり演奏に絞りたいという場合はピアノのみに転向することもできます(試験無し)。逆に、ピアノコース生で創作コースに転向希望する場合は、1年間創作を勉強した学生と同じような課題をこなさなくてはなりません。実際に転向する人がいるかは未知数ですが、可能性としてはあります。
糀場富美子先生:週一回の創作レッスン(個人)と和声の授業(4人で80分1コマ)があります。創作のレッスンでは、個人差があるので、何が書きたいかを一人一人相談して決めていきます。例えば、自由な形式で書きたい、変奏の方法やソナタ形式の勉強をして変奏曲やソナタを書きたい、ピアノ独奏曲ばかりでなくヴァイオリンとの二重奏を書いてみたい等々、学生の実力を考えながら、できる範囲で挑戦させています。1年に1曲の提出が義務付けられており、今年5月には前年度提出曲での演奏会を開催しました。
また、コードネームの勉強や、ヤマハのグレード試験の準備をしたい学生にも対応したレッスンをしております。和声の授業も生徒一人一人の進度に合わせて個人指導の形を取っており、音楽高校作曲科出身の生徒には現在対位法を教えています。
糀場先生:演奏している曲が以前より理解できるようになったという声は聞こえてきますので、分析能力が身についてきていると考えております。また、自分自身が楽譜を書き、作曲することによって、書かれている音符に対してより注意を払い、作曲家が意図したことを汲み取ろうとする姿勢や理解する力を習得することができると考えています。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/