今こそ音楽を!第5章 音楽大学1. 東京藝大「国を超えて相互交流を」
~音楽大学 その1
日本の高等教育機関の国際競争力を高めるため、昨年よりスーパーグローバル大学創成支援事業が始まった。採択された全国37大学中、音楽・芸術関連では唯一の指定校となった東京藝術大学(グローバル牽引型)。教育方針やカリキュラムに変化はあるのだろうか。同大理事・ピアノ科教授の渡辺健二先生にお話をお伺いした。
スーパーグローバル大学指定校として、世界をリードするような芸術家・研究者を育成することが第一の目的です。藝大は創立当初から世界と関係を持ち、グローバルではありましたので、何かが変わるというより、強化される感じですね。世界第一線のアーティストを招聘し、早い段階から本場の教育(特に実技レッスン)に触れられるようにします。海外からの招聘教授をさらに増やして指導体制を2倍にしますので、学生にとっての刺激は倍増するということです。
ピアノ科の招聘教授陣は、今年はジャック・ルヴィエ、ミシェル・ベロフ、ケメネシュ・アンドラーシュの三名で、11月から順次来日し、約1~3週間滞在して、我々と共同で指導して頂きます。(期間中には、教員とピアノ科や他科の招聘教授とのジョイントコンサートも開催)。
はい。スーバーグローバルの動きが大学全体に出てきますので、より強く意識するようになりましたね。今までは大学院を休学して留学することが多かったですが、それだけでなく、学部時代に一度留学して、卒業後に再び海外に行くという学生も増えてきています。
また海外大学との演奏交流も増えてきました。昨年は学生数名を韓国に連れていき、韓国芸術綜合学校とのコラボレーションコンサートに出演しましたが、先方のレベルも高く、大変刺激を受けたようです(※)。11月28日には韓国から来日しての演奏会が行われます。
- 藝大基金(ASAP "Arts Study Abroad Program")が支援。これはスーパーグローバルをきっかけに新設された奨学金で、教員が企画し,学生が主体的に実行する海外での芸術研修にかかわる。全学部・大学院が対象で、単位認定も有り。事前調査及び実績に基づき、可能な範囲の奨学金を支給する。
また国際企画課では昨年から、日本人を海外へ送り出すための企画や、英語プレゼンテーション講座・先輩による体験談・留学相談にも応じています。英語プレゼンテーション講座は大学院生対象で、今年7月には"Introduce Yourself as an Artist"をテーマに実施しました。
さらに、演奏音源も積極的に世界へ発信していきたいと考えています。アップルやアマゾン等でもクラシック分野の音源がダウンロード可能になりますし、恐らく来年からクラシック分野専用チャンネルも登場するので、藝大のチャンネル設置を計画中です。
日本人も長年、クラシック音楽の学びや経験を積み重ねてきました。西洋で生まれ育った若者と同じではないとしても、日本人としての、韓国人としての、中国人としての、ショパンやベートーヴェンを打ち出してもいいのではないかと思います。ヨーロッパの音楽家からも同じような意見を多く聞きます。
2017年秋になると思いますが、リスト音楽院大学院と藝大大学院の共同学位をピアノ科から始める予定です。(藝大生は)1年目は藝大で学び、2年目はリスト音楽院へ留学する形になります。これは日本の音楽大学では初めての試みです。
美術研究科にはグローバルアート共同カリキュラムがありまして、海外から学生10~20人が来日し、藝大生と共同でリサーチや物創りを行い、越後妻有や高松栗林公園など広い範囲でソーシャル・プラクティスを展開しています。音楽ではそのような形は難しいですが、一昨年弦学科生数名がジュネーブ音楽院で合同オーケストラに参加したように、海外から学生がもっと来るようになれば新しい展開ができそうです。附属高校も今年は台湾での演奏会を行いましたが、今後も積極的に海外に出るなど、計画はありますので、実現に向けて取り組んでいきたいですね。
音楽・美術合わせて160名の外国人留学生がいます。ピアノ科は2名で、私は台湾からの留学生を指導しています。明るく大らかな演奏をする学生で、日本語も半年ほどで習得し、他の門下生ともよく交流しています。藝大の寮に入る留学生も多く(国際交流会館や2014年新設の藝心寮)、地域の方々が「皆で外国人留学生をお世話しよう」と積極的に交流して下さっています。お祭りに呼んで頂いたり、彼らも絵を描いたり、歌やピアノ等の楽器を演奏したり、とても盛り上がっているようですね。
ハンガリーには5年間留学し、その間ずっとホームステイしていました。休日には親戚や友人宅などに連れて行って頂くなど、いまだに家族のように交流しています。ハンガリー語を話し、その環境の中から感じ取るものが多くありました。学校の中での学生同士の付き合いが中心になってしまうのはもったいないので、私の生徒にもホームステイを勧めています。
才能を見極めるのは難しいですが、ハードルを高くして選抜します。124単位という卒業要件は一般学生と変わらないですが、カリキュラムはかなり自由に組めるようにする予定です。今後、特に優秀な学生に対しても同じように対応するか検討中です。
やはり専門をきちんと学ぶと同時に、幅広い教養をもつことが大事です。まずは様々な分野を広く浅く知ること、そこから興味を持てばまた各自深めてもらうのが望ましいと考えています。
昨年度、芸術大学における教養教育の在り方について提言を行いました。これは、「歴史を識る」「社会を識る」「コミュニケーション力を身につける」「自然を識る」「科学的知識を識る」「他分野の芸術を識る」の6カテゴリから成り立っています。私がセンター長を務める教養教育センターでは、これをベースとしてどう現実的に科目と組み合わせていくか、現在検討中です。また本学だけでなく、芸術・音楽大学全般を対象に、各大学の方針や個性に沿った形で応用できるよう記載してあります。
教養は芸術そのものを深めるためにも必要ですし、キャリアアップしていくと様々な分野の方と話す機会も増えますので、芸術家・音楽家として魅力ある人間であってほしいです。
- 藝大ミュージックアーカイブでは、定期演奏会、モーニングコンサート、海外提携校交流演奏会、大学祭公演などの記録音源・映像などを配信中。また学内ではSPコレクションを使ったコンサート、初めてのコンサートを再現した演奏会なども開催されている。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
-
1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/