海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第5章 総合大学音楽専攻1. 青山学院大「芸術を糧に社会へ」

2015/11/09
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第5章:「大学最新カリキュラム編」
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音楽を深く学んだ社会人を育てる
~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ

2012年、青山学院大学に誕生した文学部比較芸術学科。音楽、美術、映像演劇の3分野を相互に比較しながら、芸術を総合的に学ぶ。音楽はどのような位置づけで何が学ばれているのか、比較することによってどのような思考が生まれるのか、来年卒業する1期生は何を目指しているのか。音楽専攻の広瀬大介准教授(写真前列中央)、およびゼミ生の皆さんにお話をお伺いした。


比較芸術学科とはなにか?
なぜ比較芸術学科が生まれたか
複数の芸術分野を学際的に学ぶ「比較芸術学科」というのは日本では珍しいですね。どのような経緯で設立されたのでしょうか。

広瀬大介先生:もともと美術や音楽は同じ文学部の史学科に、演劇は英米文学科に属していたのが、2012年に比較芸術学科として新しい学科が発足しました。分野相互の関わり合いがあり、その上で自分の専門を深められると望ましいという共通認識がありました。ですから1年生は必修として、東洋文化も西洋文化もすべて学びます。実技科目として、演劇ではワークショップ、美術ではデッサンなどがありますが、音楽専攻では基本的には音楽理論を学びますので演奏の実技を教える授業はありません。現在は美術4人、音楽2人、演劇映像3人の専任教員がいます。美術や演劇映像の先生方も、音楽に詳しい方が多いですね。

今日見学した楽曲分析のクラスは、学生が自主的に進めていましたね。他にはどのようなテーマを扱っていますか?

楽曲分析は今回で3回目です。これまでの2回でモーツァルトの『交響曲第41番「ジュピター」』K.551、今回はワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』から「前奏曲」と「愛の死」、次回はラヴェルの『ラ・ヴァルス』を勉強します。モーツァルトではソナタ形式を、ワーグナーでは、劇音楽が具体的に何をどのような手法で表現しようとしているのかを考察できればいいと考えています。月替わりのゼミ幹事が、学生発表のときは司会を担当し、飲み会でも幹事をお願いしています(!)。10人ほどなので1年間で全員まわりますね。学生が自主的に進められるように、こちらは90分間できる限り黙っています。いまの4年生が3年生のときは私が楽曲分析を教えていましたが、今は新しい3年生に4年生が教えてくれているので、私も楽をしています(笑)。

コラム:自分でモティーフを探す楽曲分析

この日のゼミ演習では、ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』より「前奏曲」と「愛の死」の楽曲分析が行われた。まず楽曲を1回通して聴いた後、ゼミ生全員でアナリーゼ作業へ。事前に配布された総譜とライトモティーフの譜例をもとに、どこにそのモティーフがあるか、どんなモティーフなのかを数小節毎に探っていく。断片的に現れたり、拡大・縮小されたり、楽器編成を変えて現れたり、どの楽器とどの楽器がモティーフの受け渡しをしているか等、パズルさながらに見つけていく。学生の一人がリーダー役として司会進行を務め、和気藹々とした雰囲気の中で、出席者全員が積極的に意見を発していたのが印象的である。



現役生に聞く~比較芸術として音楽をどう学んだか
1・2年次に音楽・美術・映像演劇を横断的に学んで気づいたこと、3年次で音楽コースを選んだ理由、学んだことを将来どう生かしたいかなどを、ゼミ生数名にお伺いしました。
  • 音楽と諸芸術の表現の違い たとえば「やわらかい」という表現一つとっても、絵画では色や描き方で表現し、音楽では和音の響きやテンポなどで表現したり、演劇では言葉の韻で激しさや優しさを表現したりと、様々な表現があることを学びました。オペラなどの舞台芸術を見ていると、どれか一つでは成り立たず、お互いを尊重しあって表現していることが分かり、色々な芸術が繋がっていることを実感しました。(小林佳織さん/大4)
  • 音楽家と様々な芸術家の関わり シェーンベルグとカンディンスキーなど、芸術家同士の繋がりに興味を持っています。このような発想や気づきがあったのは比較芸術だから。卒論では音楽が成立した背景に宗教や政治があったことを、学際的に研究します。音楽以外では、発達心理、現代思想、記号論、文化経済、文学、美術系科目、インターネットと法などを履修しました。専門的になり過ぎないよう、間口を広げることが大事だと思っています。将来はシェーンベルクの研究を極めてファンを増やしたいです。(高橋葵さん/大4)
  • 音楽と政治の関わり 政治や軍事にも興味があります。旧ソ連などでははっきり物事は言えないが、音楽や芸術を通してそれとなく逃げ道を作りつつ社会体制批判をした歴史があり、そのような芸術の方法を学んで面白いと思いました。芸術は当時の社会や政治体制を反映して、どこかで繋がっていることを4年間で実感しました。ショスタコーヴィチなどソ連の作曲家が好きで、卒論は日本の軍歌です。将来は旅行会社が志望で、旅行を通して音楽や芸術に触れる人を増やしていきたいです。(吉田美香さん/大4)
  • 音楽と映像、音楽と心理の関わり 元々は映像志望で、たとえば音楽が映像とどう繋がっているのか、どういう映像手法やカットの絡み合いがあるのか、音がどういう感情を与えるか、記憶に及ぼす影響などを学びました。卒論はジョン・ウィリアムズとコルンゴルドを軸に、ハリウッド映画音楽の変遷について書く予定です。音楽以外にも幅広く履修し、物事との見方や関わり方を学びました。将来は様々な分野に関われる職種を希望していますが、音楽鑑賞日記ブログは続けていきたいと思います。(新村沙樹さん/大4)
比較芸術を学んだ自負を胸に社会へ
  • 芸術学を学んで糧になった社会人に 高校時代はジュニアオーケストラでチェロを弾いており、大学では音楽の歴史的背景や楽典などの学びを積み重ねてきました。卒論はメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』。演奏会用序曲Op.21は17歳の時に、劇付随音楽Op.61はプロイセン王の勅令でほぼ晩年に書いた作品ですが、この間に何が変わって、何が変わらなかったのかをテーマにしています。実学志向の今のご時勢において、芸術学というニッチな世界を4年間かけてしっかり学んだのは自慢です。それを学んで糧になった社会人がいることが大事だと思っています。(小林拓生さん/大4)
  • 将来は市民楽団で続けたい 青山学院短大現代教養学科で日本文学を専攻し、「日本の言葉と文化」「日本の歴史と現代社会」「世界から見た日本」、3つの視点から日本を全体的に勉強しました。卒業後に比較芸術学部3年次に編入。社会人になったら、ホルンを買って市民楽団で吹き続けたいですね。(松本真実さん/大4)
将来は音楽人口を増やしたい!
  • 芸術学部ではなく、文学部に比較芸術学科があることに大きな意味があると思っています。2年次の授業で、社会全体が文芸に密接に反映されていることを学びました。たとえば1830年12月4日にベルリオーズ『幻想交響曲』が初演され、それが標題音楽の始まりと言われていますが、その年にヴィクトール・ユゴーの『エルナ二』事件がありましたし、普仏戦争ではフランス文学がドイツ音楽に影響を与え、ブラームスの『勝利の歌』が書かれました。様々なジャンルで同時に時代が変わっていくので、全ジャンルを学べる環境が大事だと思います。もともと広瀬先生の記事に感銘を受けて青学に入学しました。将来は自分も書くことを通して、クラシック音楽を聴く人口を増やしたいです。(本田裕暉さん/大3)
※有志による活発な広報活動
学会報『HIGEひげ会報』

比較芸術学科は、学生有志による広報活動も活発である。学会報『HIGEひげ会報』は比較芸術学会委員会が執筆・レイアウトを手がけ、学内で配布している。また比較芸術学会音楽研究会もあり、定例勉強会や会報制作、また日本フィル、読響、藝大フィル公演などに足を運んでいる。

※経験した楽器、履修した科目の多様さ!

7名がこれまでに経験した楽器:ピアノ、エレクトーン、歌、オペラ、ベース、合唱、トランペット、吹奏楽、和太鼓、声楽、クラリネット、指揮、ドラム、チェロ、打楽器、ホルン、ヴァイオリン!

音楽以外の科目:発達心理学、現代思想、記号論、文化経済、物理、法律、文学、美術、芸術と法律、インターネットと法、医療社会学、イスラム史、ギリシア哲学史、ラテン語、等々。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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