今こそ音楽を!第4章 経済「人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く」(5)
GDPで測られない部分にこそ、未来の世界が求める幸福がある。これは世界的な傾向であるようだ。21世紀の社会が求める世界観や思想とは何か、それはどのような指標で測られ、どのように政策に反映されているのだろうか。また音楽・音楽教育の現場で生み出される活動には、どのような社会的・経済的価値があるのか。エコノミストの福島清彦先生(元立教大学経済学部特任教授)にお話をお伺いした。
国の経済発展や拡大速度といった視点を離れ、個人の幸福度とその維持増大へ視点を移したとたん、このように、国民の幸福度を支える多くの“資本”が見えてきました。幸福度を測る重要な指標として、給料をもらうための仕事だけではなく、人と人のつながりや人間関係などがあります。またピアノなどの習い事は、知的資産になりますね。ジョセフ・スティグリッツの本には24時間の使い方の配分がありますが、余暇活動の中に音楽が入っているのは良いと思います。CDを聴くだけでなく、自分で弾くのがいいですね。精神の集中度や向上心を培ってくれますから。米国国防長官まで務めたレオン・パネッタ氏は、中学生の頃にピアノを学びコンサートまで開いて、地元新聞に「才能ある」と褒められたそうです。自叙伝では、そのころ培われた向上心や成果が後まで影響を与えたと語っています。
カナダ、イギリス、フランスの国勢調査では、教育、健康、人とのつながりなどが重視されるようになり、「あなたは見ず知らずの新しい人に出会った時に信用できますか」「ボランティア活動をしていますか」「自分が幸福だと思いますか」「あなたは健康ですか」などを調査しています(1から10で回答)。アメリカでは国民の健康度を測る開発が始まっています。またOECDの統計調査では格差を重視し、政治への参加度(投票率)、健康度、教育度などが高所得層と低所得層でどう違うのか、なども測っています。アメリカでは中卒と大学・大学院卒では投票率が3倍くらい違うのですが、高学歴だと高収入で投票率も高く、「自分で社会を変えたい、変えよう」という意識が高くなる傾向にあります。格差があると幸福度や勤労意欲に影を落とすので、その点を重視しながら調査しています。
また国連では2011年に、GDPを補完する新しい統計を開発することが満場一致で可決されました。2014年には140か国20年間を調査していますから、新しい国際比較統計が誕生したといっていいでしょう(Inclusive Wealth Report, IWR 2012, 2014)。その新しい指標とは次の4つです。
- 人的資本(総合的な資産・富・健康・教育など)
- 社会関係資本(人と人とのつながり)
- 生産資本(企業の設備や政府が作った道路など)
- 天然資本(農業用地、牧草地、地下石油など、それを使って生産活動ができるもの)
各資本の残高を調べて、一人当たりどれだけかを計算します。人的資本は教育、健康、勤続年数などを指しますが、大学卒業後仕事をしている限りは毎年14%ほど人的資本残高が増える計算になります。(教育実績には、国や大学の条件の違いなどは反映されてない。また社会資本については数値化が難しく、現在アンケート調査のみ)。
その結果、日本が世界で最も豊かであるという結果が出ました。
アメリカのオバマ大統領は教育も重視しており、大統領就任と同時に教育分野への投資が倍増しました。また2年制短大の授業料を連邦政府が出すことをオバマ氏が提案しており、どんなに貧しくても勉強する気があれば行ける方向に向かっています。また幼児教育にも力を入れ、特に重要とされる0~5歳の時期に幼児教育を行うよう州政府に呼びかけています。またEUはユンカーEU委員長が2020年までに64兆円の政府投資を提案し、その中に教育(人的資本投資)が入っています。
スウェーデンも教育に積極投資しています。財政赤字を減らしていく過程でも、政府は教育支出を減らさず、むしろ増加させました。2012年の時点で、スウェーデンの公的教育支出はGDP比6.7%で、先進国平均の6.2%を上回る水準を維持しています(参考:福島清彦著『政府投資拡大へ』p136)。
一方、日本の教育支出はGDP比3.6%(先進国中最低水準)、2013年度予算でも教育予算が3億円削減されています(前掲書p6、p21) 。これ以上教育費を引き下げることは、学力低下だけではなく、社会人としての業務遂行能力を低下させ、ひいては日本企業の生産性と競争力低下を招くと考えています。
緊縮財政でただ歳出を削減して財政赤字を減らすことよりも、未来の人材や環境のために投資すること。政府支出や財政赤字を減らしたら経済が良くなるという誤った観念が、日本、EUやアメリカにもまだあるので、『今こそ政府投資を』ではそれを正すことを提案しています。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
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2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/