今こそ音楽を!第4章 経済「教養費を増やして医療費を軽減!?」(4)
総務省統計局が実施している経済センサスによれば、「教養・技能分野(教育・学習支援業)」の平成24年度売上高総計は約1.0兆円で、うち音楽教授業は約960億円の年間売上となっている(受講生64万人を対象に調査)。この分野には、スポーツ・健康教授業(1873億円)、外国語教授業(1374億円)、書道教授業(197億円)、そろばん教授業(154億円)、生花・茶道教授業(111億円)、その他(5507億円)がある。(『平成 24 年経済センサス‐活動調査』よりp30「学習塾及び教養・技能教授業における産業細分類別事業所数、売上高及び受講生数」)
一方、「医療,福祉」の売上高は58 .6兆円で、うち精神科病院は1.5兆円である。精神保健相談施設、認知症老人グループホーム、その他の障害者福祉事業なども含めると2.5~3兆円ほどだろうか(前掲資料P31)。
厚生労働省の調べによれば、平成20年には精神疾患のため医療機関にかかっているのは323万人にのぼる。特に近年は、若年世代を含めて、うつ病や認知症などの著しい増加がみられるという(参考グラフ)。また総務省統計局は健康状態と週間就業時間の関係を調査し、 雇用者5372 万人のうち、健康状態が良くない人は8.3%となっている。自覚していない場合や通院・入院していないケースも含めると、潜在的な数はさらに上るだろう。
このような社会的背景を踏まえ、普段から健康に気を配り将来的な病気を予防する予防医学の考え方が主流になりつつある。中には最高健康責任者(CHO、Chief Health Officer)を採用し、普段から社員の健康状態に配慮し、健康プログラムなどを実践する企業もある。いかに日々のライフスタイルに気を配り、身体や精神に無理のない範囲で仕事に携わるか、それは1次・2次・3次活動(第4章:第1回目記事)のバランスをどう取るかということでもある。
音楽の音楽療法的な側面については、日本をはじめ各国で多くの研究や臨床例がある。特にピアノを練習することで脳の構造が変わり、発達障害や認知症を回復させる効果もある(脳科学観点から~澤口俊之先生インタビュー参照)。音楽はたしかに様々な健康回復に寄与している。さらに将来的には健康維持・予防することもできるだろうか。そして精神科治療費・療養費を軽減することはできるだろうか。「ピアノをやっている人は未来に夢を描きやすい」と脳科学者・澤口俊之先生はいう。これは精神衛生上においても大きな意味をもつ。
英楽団マンチェスター・カメラータでは、健康と医療に関するプロジェクトや研究調査を行い、音楽の社会的インパクトを測っている。たとえば国内の大学と提携して「音楽創造ワークショップが抗精神病薬をどれほど減らすことができるか」という研究では、57%減少という結果が出たそうだ。また自閉症児を対象にした“ Music in Mind”プロジェクトでは、プロの演奏家と音楽療法士と一緒に即興ワークショップを行うことによって、自閉症児の潜在的なパーソナリティや表現力を引き出すことを目指している。これは2018年までに15倍増(200→3000人規模)を見込んでいる。
また現在、マンチェスター大学およびランカスター大学との共同研究で、世界初となる多感覚応用のアセスメントツールを開発中だ。 さらにアルツハイマー協会とも連携して、テームサイド地区の自閉症患者の抗精神病薬をなくす、または減らす調査研究をし、外部機関New Economyがそれを評価している。(4/16ブリティッシュ・カウンシル主催「フューチャー・セッション:高齢社会における文化芸術の可能性」より)*
大学と連携した社会的インパクト研究が進めば、その経済的効果も算出できるようになるだろう。音楽はまだ大きな可能性を秘めている。
*追記しました。- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
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2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/