今こそ音楽を!第4章 経済「自己成長および社会との関係構築に」(3)
マズローやヒルガートの欲求階層説によれば、人は自己探求に向かう前に、他人からの十分な愛情と承認を感じることが必要になる。「愛情と所属の欲求」「承認の欲求」である。家族、学校や音楽の先生、友人・仲間など、社会との繋がりを持ちたいという心理は自然なものである。
しかし昨今、実際に会ってコミュニケーションする時間数は減少傾向にあるそうだ。前掲の総務省調査によれば、余暇時間の中で「交際・付き合い」はほとんどの年齢階級で減少しており、特に20~24歳は大幅な減少となっている。また1日の大半を一人で過ごす単身高齢者も増えている。(ただしこの統計は平成23年のもので、現在は多少数値が変わっているかもしれない)
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ではもし音楽があったら?音楽は人と人を繋げる役割を果たせるだろうか。たとえば3人1組で10分のステージ出演をした場合(一般16,500円、指導者割引15,500円、会員割引14,500円)、以下のような他者との接点がある。
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- 他楽器奏者と一緒に練習&レッスン&交流
- 他楽器奏者と一緒にステージで共演
- アドバイザーから客観的評価
- 他の参加者・他教室との交流、コミュニケーションシート交流
- 学校などでの表彰など(2014年度239件)
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練習に数か月間費やした場合、他者と一緒に過ごす時間は数時間~数十時間にも及ぶかもしれない。その過程で多少の悶着があっても、ステージという共通の大きな目標に向かえば、最終的には力を合わせるというポジティブな心理が働きやすい。過去5年の団体登録数は倍増、アンサンブル&コンチェルト地区数も着実に増加していることから、音楽を通して繋がりたいという潜在的な心理も伺える。「愛情と所属の欲求」がこれに近いとすれば、人が根源的にもつ欲求だといえる。
十分に周りの愛情と承認を受けた後には、自己探求を通して自分なりの美意識を得て、最終的には自分が学んだものを還元したい、そのためにまた学びを続けたいと自己実現へ至る。音楽仲間ができたり、誰かと一緒に演奏して楽しんだり、自分の演奏や努力を認められることで、それが土台になってまた自己を磨くという循環を生み出す。
さらにマズローは7欲求階層説を発展させ、自己実現の上に「自己を超越する欲求」を置いている。自己を超えて相手のために何かをするという利他心にも似ているだろうか。年齢とともに利他心の平均値が上がってくるという研究もある。「人々に施していると幸せになる、幸せだと余裕があるからまた人に施せる。そのような好循環が生まれる」(前野隆司教授、第3章・第2回記事より)。
総務省統計局の「生活行動に関する調査」によれば、1年間に「ボランティア活動」を行った人は 2995 万人,行動者率は 26.3%で5年前よりやや上昇している(前掲資料、p7)。女性は「子供を対象とした活動」が10.6%と最も高く,次いで「まちづくりのための活動」が10.4%などとなっている。現在ステップ・ステーションの代表は女性が多いが、これを体現したものと言えるだろう。なお男性は「まちづくりのための活動」が11.5%と最も高く,次いで「子供を対象とした活動」が5.5%などとなっている。となれば、地域の男性に街づくりの一環として当日ボランティアスタッフをお願いするのもよいかもしれない!?
また2011年に始まったピティナCrossGivingもこの流れで捉えられる。寄付者には委員会やステーション代表など、日頃からボランティアに携わっている方も多い。
他人からの承認も大切だが、自己を承認できるとより持続的な幸福感につながりやすい。それは子どもも大人も同じである。
こちらは小学生の例。「「自分らしさ」はお金をかければ手に入れられるものではなく、自分の「チョイス」に「満足」できたときに得られる「感覚」だからなのだと思います。(『シアワセなお金の使い方新しい家庭科勉強法2』南野忠晴著、岩波ジュニア新書、p114)小学生でも少ないお小遣いをコツコツ貯めて自分が欲しいものを買った時に、達成感が得られる。
こちらは大人の女性の例。「今より美しくなりたいと思う人は82.3%。8割以上の人がもっと美しくなりたいと感じている一方で、自分の"美しさ"に対して積極的に努力できている人は約3割」であり、"美しさ"に対して積極的に努力できている人ほど、幸福度も上昇傾向にあることが実証されている。(『"美と幸福"に関する調査レポートVol.1』株式会社アテニア、2014年)
どれほど小さな一歩でも、自分で決めた目標に向かって努力し、それが達成できた人、達成に至らなくても夢や目標があること、それ自体が幸福である。それは幸福の因子でいえば「やってみよう!」因子である。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/