海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第3章 幸福学観点から~前野隆司先生インタビュー(2)

2015/08/07
印刷用PDFを表示
第3章:脳科学的観点から
2
前野隆司先生インタビュー その2
幸せのための「感動」を分析する
研究室に「感動のSTAR」という張り紙がありますが、色々な感動体験や幸せを感じる瞬間が書かれていて興味深いですね。この研究内容について教えて頂けますか。
皆に思いつくままに感動した体験を出してもらい、それを分類してこのカテゴライズを開発。STAR分析を用いた博士論文が今年2月に発表された。(※西尾未希,白坂成功,前野隆司,『STARフレームワークを用いた感動発想技法』日本創造学会論文誌,Vol. 18,2015年2月)

幸せのためには感動が大事です。そこで昨年私の研究室で「感動のSTAR分析」を開発しました。「SENSE」は感じること、「THINK」は理解、納得、発見したり、ただ感じるだけでなく自分で考えること、「ACT」は上達のために努力する、達成する、稀有なものに遭遇すること、そして「RELATE」は他人と繋がったり、愛情を感じること。4つの頭文字を取って「STAR」と名付けました。

脳の認知はまず何かを感じ(SENSE)→その結果何かを考えて(THINK)→その結果何らかの行動を起こし(ACT)→その結果複合的な愛や繋がりになる(RELATE)。だからこの順番なのです。すごく感動することは、4つの要素がうまく入っています。

音楽ならばまず美しさを感じる(SENSE)ところから始まります。たとえば「小学生の歌に感動した」という投稿がありますが、小学生がここまでできるという圧倒(THINK)、小学生が積み重ねてきた努力(ACT)、子どもとの繋がり(RELATE)などが複合して感動します。
またオーケストラのグループに入っていたり、音楽をしている人は成績がいいという研究もあります。幸せだとやる気が出るので成績も上がるし、本来の力が発揮できます。音楽をすると脳がよく働くというのも、STARが満たされるからだと思います。

感動のメカニズムが分かってきたら、今度はそれを生かしたデザインをすることを考えています。たとえば「感動するピアノ教室」のデザインをするとしたら、SENSEとRELATEが足りなければそれを入れていく、等が考えられます。

現在大学院生の7割が社会人で、ベンチャー企業社長、経営者など多様なバックグランドをもっているのですが、中にはプロのヴァイオリン奏者兼コンサート企画者として活躍している方もいます(清水有紀さん)。彼女は今のコンサートのあり方に問題意識を持っていました。聴衆との関係性があまり意識されておらず、お客様が本当に満足しているのだろうかと。そこで演奏者の苦労話を披露したり、弟子が師匠のエピソードを紹介したり、師弟が共演したり、観客がステージに上がって歌うなど、従来のコンサートで欠けていたRELATEを高めるコンサートを実践しています。


美しいものの創造に関わる人は幸せ

皆が自己実現し、多様に分かり合い、助け合う世界が理想。そのためには「和して同ぜず」の精神が大事という。現在ドリームマップ協会と連携し、「子どもたちの夢を絵にする活動がどれだけ幸せ度を高めているか」についても研究中。「学校で、国語、理科、社会などは教えられるけれど、そもそもそれらは何のために、どんな夢のためにあるのか、は教えられていません。『幸せの授業』が小中高に入るべきだと思います」と前野先生。

ぜひお伝えしたいことがあります。美しいものを創っている人は幸せ、という幸福学研究結果です。ただ絵を見たり音楽を聴くだけではなく、作曲、演奏、絵を描く人、食事を創る人など、何か美しいものを創っている人は幸せです。私は絵を描くのですが、絵を見るとその感動が分かります。ピアノの良さは元々あまりわかりませんでしたが、娘がピアノを習い始めてから自分のことのように思うようになり、ピアノの感動が以前よりぐっと増しました。自分で創造する、あるいは創造する人が近くにいることが幸せにつながります。音楽や芸術は幸せのために必要なのです。

芸術が凄いのは、「美しいものを創っているから幸せ」だということ。たとえば論文を書くことや工場で物を作ることも一生懸命何かをしているのには変わりませんが、美しさの創造ほどには幸せには影響しません。美しいものや心に響くものの方が、強く幸せに関わるのです。現代社会には、芸術なんて本当にいるのかという議論がありますが、「美」だから要るのだと思います。

では、なにが「美」なのか、なぜ誰もが感じる「美」があるのか?これはいまだに謎です。盆栽の美しさの研究をしたことがあるのですが、美学、哲学、芸術学などを繋ぐような統合的学問がなく、途方に暮れて中断しています。ドミソはなぜ美しく聞こえるのか、短調はなぜ暗く聞こえるのか。ロボットの機能美や、「幸せの4つの因子」の形(四つ葉のクローバー)も美です。「美」についてもさらに追究していきたいですね。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】