今こそ音楽を!第3章 幸福学観点から~前野隆司先生インタビュー(1)
ピアノや音楽を習っている人は「音楽をやっていて幸せ!」と感じる瞬間が多いだろう。ではなぜ幸せになるのか、音楽や芸術は人々の幸せや社会にどう貢献できるのだろうか?『幸せのメカニズム』の著者であり、幸福学の第一人者である前野隆司先生(慶應義塾大学大学院教授)は、幸福を体系的・科学的に解明し、人間社会システムデザインなどに応用している。音楽の価値をあらためて考えるために、その前提となる「幸せとは何か」についてお話をお伺いした。
「どうすれば自分が幸せになるのか」という問いに対し、経験知や思い込みではなく、客観的な統計的データをもとに、幸福になるメカニズムを考えました(※)。この4つの因子が本来の意味で幸福に関連しているのではないか、という結果が導き出されました。
1つ目は「やってみよう」因子で、自己実現と成長に関わります。目標を達成している人、そのために努力や成長している人が持っています。たとえばピアノを上手くなりたい、そのために努力しようとすること。また、目標や夢を持っているだけでも幸せです。2つ目は「ありがとう」因子で、繋がり、感謝、利他性などに関わります。友人を多く持ち、しかも多様な友人を持つ方が幸せです。また、社会貢献している人や他人のために何かしている人の方が、自分のために何かをしている人よりも幸せです。3つ目は「なんとかなる」因子で、前向きと楽観性に関わります。くよくよするよりも練習すれば何とかなるさ、といった前向きな気持ちを持てる人は幸せです。4つ目は「あなたらしく」因子で、独立性やマイペースに関わります。人と比較して勝ち負けを争うより、自分自身と闘ったり、自分の夢を追い求めることが幸せに繋がります。
目標や夢があって、それを信頼して支えてくれる家族や先生がいて、これはやれるぞと思って取り組み、たとえ他人の方が上手くても気にしない。この4つの因子をもっていると、自然に「幸せ」になろうという力がふわ~っと出てきます。そして幸せな人の周りには幸せな人が集まります。
ピアノを練習して上手くなりたい気持ちは、恐らく10~20代が強いですね。利己心は20代が一番高いのですが、それは「自分を磨こう!」という思いが強いから。その後は年齢とともに利他心の値が上がっていきますので、他の人に教えたりするようになります。人間が上手く幸せになるために一番の方法は、20代までに成長して、後継者に教えて、幸せな老後を迎えることではないかと思っています。
- 過去の幸福研究から、幸せに関連する項目を徹底的に洗い出し、それをアンケートにして日本人千五百人に回答してもらい、その結果をコンピュータにかけて多変量解析によって求めた4つの因子。(『幸せのメカニズム』p112)
実際に幸福度そのものに関係するわけではないのに、それを追い求めなければ幸福になれないと誤解している人は多いです。これをフォーカシング・イリュージョン(focusing illusion※)といいます。目指す方向が間違っている(幻想である)という意味です。
たとえば負けたらすぐ気持ちを切り替えて、「いいことも色々あった」というのがスポーツマンシップの考え方です。パッと気持ちを切り替えられる人は幸せですね。逆に、順位にこだわり過ぎるからこそ1位になれないという面もあります。
失敗する人は人間的に成長しています。たとえば浪人生も1年間苦労すると、人間的に大人になります。何も失ってはいないのです。ピアノのコンクールも同じで、実は3位は1位よりも学ぶことが多いかもしれません。ちゃんと負けて学べば人生の勝ち組になれるのです。実はずっと勝ち続けた人の方が大変で、元五輪メダリストは普通の生活に戻るのに苦労している人が意外と多いので、新しい生き方を見つけてもらうためのカウンセリング方法を研究している方もいます(メンタルトレーナーのウルヴェ京さんなど。現在慶応大学博士課程在籍中)。
人は考え方によって二通りに分かれます。たとえばお金を持っている場合、こんなにお金は要らないとして寄付する人と、もっと金持ちにならないと不満だと思う人。幸せでない人は、いくらお金が集まってもまだ足りない、もっと欲しいと思うのです。また失敗したり辛いことがあった時に、その中から幸せの種を見つける人と、自分はなんて不幸だと思う人に分かれます。ちゃんと気がつくかどうかですね。
本当は気がつけば、どんどん人は幸せになるようにできているのです。お金も大事ですが、人と人の繋がりも大事です。毎日少しずつ意識を変えれば幸せになれる。それを10年で3600回近く変えていけば、かなり差がつくでしょう。
- ダニエル・カーネマン(プリンストン大学名誉教授・ノーベル経済学賞受賞者)が提唱した概念。「感情的幸福」は年収七万5千ドルまでは年収に比例して増大するのに対し、それを超えると比例しなくなる、などの研究結果を得ている。また経済学者ロバート・フランクによれば、お金・地位・順位など他人との比較によって満足を求める地位財と、健康・愛情・自主性など他人との比較に関係なく満足を得られる非地位財があり、前者より後者の方が長続きする。(前掲書p63、70参照)
以前は機械工学科でロボットや触覚の研究をしていました。8年前に慶應義塾大学大学院にSDMヒューマンラボ(システムデザイン・マネジメント研究科ヒューマンシステムデザイン研究室)を新設しました。文系・理系を超えて色々な問題を解くことは面白い!と思って始めました。
機械工学科にいた頃からロボットハンドの研究よりも、それが「そもそも何の役に立つのか?」をいつも考えていました。「つるつる、ざらざら」より、「それがなぜ心地よいのか、なぜ安心感が生まれるのか」など、複合的な要素に興味が移っていきました。
人間が究極に求めるものは幸福です。これまでは心理学者や哲学者しか幸福の研究をしていなかったのですが、私は工学として幸福を研究したかったのです。たとえばこのカメラを使ったらどんどん幸福になれるとか、幸福になれるピアノ教室とか・・そのようなモノコトづくりの考えに思い至りました。文理融合なので、あらゆる幸せ研究をすることができます。たとえば経営者は「幸せな社会を創りたい」のにその方法が分からない。皆を幸せにするためにやっていたはずなのにその点が抜けていた。だったら"幸福の経営学"をすればいい。理系・文系・芸術すべて融合させて学ぶと、相互作用で皆の研究がどんどん進んでいきますね。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
-
1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/