今こそ音楽を!第3章 脳科学観点から~澤口俊之先生インタビュー(1)
「ピアノを習うと頭がよくなる」と昔から何となく言い伝えがあったが、昨今、科学の発達によりそれが実証されてきている。脳科学者として全国的に知られる澤口俊之先生(人間性脳科学研究所所長、武蔵野学院大学・大学院教授)は、「人生の成功に関係する全ての基礎がピアノで高められる」と力説する。人生の成功に関係する要因とは何か、それがなぜどのようにピアノで高まるのか、等々、豊富な実証データを挙げながら静かに熱く語って下さった。ピアノが持つ潜在力をぜひご覧頂きたい。
音楽や音声言語は進化的に古く、臨界期(※1)があるので、幼少期から始めた方がいいですね。たとえば両眼視には4千万年の歴史があり、4~5歳が臨界期と言われています。たとえば幼少期に5年間片目で過ごした場合、その後ある程度能力を回復させることはできますが、訓練が困難になります。
音声言語に関しては進化的に400万年と言われ(200万年という説もあり。また現代文法を持っているという意味では10~20万年)、8歳、10歳、または思春期前が臨界期と言われています。
その流れで、音楽も進化的な要素が強いです。最古の楽器は3万年前の獣の骨で作ったフルートだと言われていますが、それ以前から音楽があるとされています。その根拠として、音楽がない民族は恐らく1、2民族しかありません(マンダ族は宗教上の理由でなぜか楽器を使わない)。絶対音感に関しては8歳、9歳くらいが臨界期です。ドレミ・・という音高が正確に分かること、和音の中から個別音を聞き分けられること、この二つを伴って科学者は絶対音感と定義しますが、遺伝子を持っている人が8歳頃までに訓練を受けた場合に絶対音感をもちます。つまり音楽は進化的に古いので、幼少期が重要であると言えます。
一方、文字言語は6000年ほど(日本は3000年)の歴史なので臨界期はありません。年齢とともに学習能力が低下するので時間はかかりますが、大人になってからでも習得できます。
- 1:臨界期は「EEE(進化的に予測している環境)において学習すべき事柄」を学習する際に決定的に重要な期間である。その期間は当然幼少期にあり、その期間を過ぎると、その事柄を学ぶことは不可能か非常に困難になる。(『学力と社会力を伸ばす脳教育』p37)。
実は、ピアノ演奏は驚くほど脳に良いのです。我々が幼少期で重視しているのはHQ=人間性知能(※2)なのですが、一般知能gF(※3)がHQの中心的な脳機能であるワーキングメモリ(※4)と相関します。ワーキングメモリは問題解決能力、社会性、創造性など、人生の成功に関係する全ての基礎となります。これがピアノで伸びます。
ピアノが脳を発達させるという実証データはたくさんあります。たとえば学習塾、英会話、習字、スポーツ系など、ほとんどの習い事においてHQはほぼ変わりませんが、ピアノだけ突出して高いです(グラフ:HQと習い事・小学校低学年)。なぜピアノを習ったお子さんだけがこれだけ高いのか?私のピアノに関する研究はここから始まったのです。そこで小学生100人を対象に日常習慣的に何をしているのがいいのかを調べたところ、自由時間や休日にピアノを弾いているお子さんはHQが高く、プラスに寄与しているという結果が出ました。ピアノがトップです。(グラフ:HQ発達に寄与する日常習慣・小学生)。HQはワーキングメモリ、一般知能、自己制御、注意力などを含んでいます。
またピアノは夢を持つことにも寄与します(画像:ピアノ稽古は夢への努力(HQの主要要素)にも最もプラスに作用。夢を持って努力することはとても大事です。幼少期に夢を持っていると、大人になってから社会的に成功している人が多い。アメリカの研究では、大学生の頃に夢をもつと後に年収が高くなるというデータもあります。
2000年に発表された論文では「ピアノの稽古は問題解決能力(HQの要素)を向上させる」ことが証明されています(グラフ)。これは8~10歳の小学生を対象にしたヨーロッパの研究で、あるクラスにはピアノ、別のクラスには演劇のレッスンを1週間に1回行い、4か月、8か月後にその経過を調べたものです。また2012年のヨーロッパの研究では、一般知能が本当に上がっていることが証明されました(グラフ:ピアノの稽古は(HQ向上法と同様に)一般知能gFも向上させる)。IQテストは一度やると慣れるので再テスト効果で上がる傾向にあるのですが、ピアノだけがそれよりも向上しています。つまり偶然ではないということです。
おそらく、ピアノは両手で微妙に違う指の動きができることと、譜面を先読みして覚えて後追いしながら弾くことが主な理由だと考えられます。片手で弾くピアニカに同じような効果はなく、両手の動きが全く違うヴァイオリンにはまだ明確な証拠がありません。
また、幼少期にクラシックを聴いて頭が良くなるというデータはほぼありません。モーツァルト効果についての研究論文(1993年)は、「モーツァルトソナタK448を聴くと空間性IQだけが数十分間あがるが、元に戻る」というのが本来の結果です。また大学生に毎日クラシック音楽を聴かせたところ、IQは一時的に上がりましたが落ちてしまいました。
一般知能は、音楽を聴くと一時的には上がりますが、ピアノを弾くと恒常的に上がるのです。
- 2:前頭前野の脳間・脳内操作系が人間性をつくる。その能力を人間性知能(Humanity Quotient)、略してHQと呼ぶ。(前掲書p77参照)
- 3:一般知能gFは、個別的なIQ(言語性IQ・空間性IQ、行為性IQなど)の上位に立つIQであり、HQの重要な役割の指数である。欧米で主に使われているIQ知能検査では一般知能を測る。(p82、p84参照)
- 4:ワーキングメモリはHQの中心となる脳機能。情報を一時的に保持しつつ活用して答えを導く働きがある。(p172参照)
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
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2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/