ロシアのピアノ教育から学べること(5)イメージを膨らませて―バレエ振付家に聞く
音楽からどれだけ多彩な表情と音色を引き出せるか?それを日々考えているのは音楽家だけではない。バレエ、フィギュアスケート、新体操などの身体表現においても、音楽は大事な要素である。ロシア人による振付はいずれも、音楽を深く理解した上で、それを身体で最大限に表現している。全てが融合した動きは息をのむほど美しい。今回はバレエの振付家・ダンサーとして活躍するアレクサンドル・ヴェチクーニンさん(Aleksandr Vechkunin)にお話を伺った。
今ミュージカル・スペクタクル(音楽と舞踊)の振付を手がけています。1作はヴェルディ作曲の歌劇『イル・トロヴァトーレ』を題材に、もう1作はサティ作曲『グノシエンヌ』(抜粋)を用いた振付です。まず音楽を聴いて譜面を研究し、自分で実際に踊ってみてから、ダンサーに踊ってもらいます。先に楽譜を読んで全体像をつかむことで、振付の形を整えやすくなります。その方法はサンクト・ペテルブルグ音楽院で教わりました(舞台監督科・振付専攻)。
音楽院では、文学作品を使って台本を書くワークショップ形式の授業がありました。たとえばサロメのバレエを創作する場合、まず作品を読んで、台本を書き、音楽の断片を選び、それに合う振付を考える、という手順で作品を構成していきます(大作の場合)。
音楽院ではこうした方法論を学び、あとは自分のインスピレーションにもとづいて創作することになります。大事なのは音楽から何をイメージするか、それをどう視覚的に観客に伝えていくかということ。サティを用いた作品では、ドガのバレリーナの絵画からイメージを膨らませました。絵画、彫刻、建築、詩、小説、音楽、コンテンポラリの振付など、芸術全般がインスピレーションの源になっています。
(音楽の採用にあたっては)演奏者と共同作業で「ここはもう少し休符を伸ばしてほしい」「ここはゆっくりめに」などの指示を出すこともあります。録音を使う場合にはいくつか音源を比較して、最も気に入った解釈を選びます。
6歳の頃から普通の初等教育と音楽専門教育を同時に受けており、音楽理論、ソルフェージュ、ピアノ(2年間)とバヤンを習っていました。ペテルブルグ音楽院では振付以外にも、音楽理論、総譜の読み方、振付のスコアも学び、振付とバレエマスターの学位を取得しました。
舞踊教師の資格があるので、古典バレエ、民族舞踊、社交ダンス、中世やバロックの舞踊(パヴァ―ヌ、コレンテ、ブレなど)などのヒストリカル・ダンスも教えることができます。舞踊形式の歴史的変遷を知ることで、振付のバリエーションも増えますね。
音楽そのものを解釈して演奏する音楽家と、音楽をもとに身体表現を創造する振付家。立場は異なるが、音楽にある様々な表情を読み取り、自分なりに表現する/自分なりの表現を生み出すという点においては、どちらも創造的な行為である。アレクサンドルさんはまず音楽を聴き、楽譜を読みながら、全体の構想を考えるという。もちろん様々なテクニックや舞踊形式の知識も不可欠。こうした基本を踏まえた上で、独創性豊かな想像力が発揮されている。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/