チャイコフスキー国際コンクール(2)音楽をするために大事な3つの"I"
音楽をすること、演奏をすること。英語ではそのプロセスを、music makingという言葉で表すことがある。直訳すれば"音楽を創る"、"音楽創り"である。創るというからには、自分がそのプロセスに関わることが前提になる。作曲でなくとも、演奏行為も創造的なのである。それはなぜだろうか?音楽をするために大事なポイントを3つ挙げてみた。
- Imagination (Inspiration, Idea) 想像力
- Interpretation (Intellectual understanding) 解釈力
- Internalization (Individuality, Identity, "I") 内面化、自己の力
同じ曲でも、弾く人が違えば決して同じ演奏になることはない。その人が直感的または知的に解釈した音楽があり、それが各自のテクニックをもって表現され、聴衆へ届けられる。音楽の捉え方が深ければ、それにしたがって多様な音が出てくるだろう。人間の能力は不思議なもので、自分がイメージした音は出てくる。よく「こんな情景をイメージしてごらん」「悲しかった時を思い出して」というと、音が変わったりする。頭の中に描くイメージは、そのまま音に現れるといっても過言ではない。(Imagination, Inspiration)。
解釈から導き出した音には説得力がある。たとえば主題がどのように発展し、どこに向かうのか、どのような心理的葛藤や状況の変遷があり、それがどこで頂点に至るのか、どのように解決するのかが、細かい音のひだで表現される。長大なソナタなどでも全体の文脈が分かれば、フレージングや抑揚などが場当たり的になることがない。音楽を自分の呼吸に合わせるのではなく、自分が音楽の呼吸に合わせているのだ。だからピアニストと一緒に、聴衆も音楽に没入することができる(Interpretation)。
また時折、心をえぐるような演奏に出会うこともある。それは音楽に内在する心理的葛藤や心理描写の掘り下げ方が深く、音にも奥深さがある。おそらく自分の心の声と一致しているのではないだろうか。(Internalization, Identity, "I")
これらをもって音楽を表現するために、テクニック(technique)がある。指をどう動かすか、どう重心をかけるか、多様な音をどのように出すのか、音をどう解き放つのか、様々なプロセスがある。その時に忘れてはいけないのは、「その音楽がどんな音を求めているのか」を導き出すこと。その作業がmusic makingと言える。
Music makingという点において、皆それぞれに工夫している様子が伺えたが、特にルカ・デバルグ(Lucas Debargue)は強く伝わってきた。彼の音楽のインスピレーションは「人生そのもの」だそう。実はモーツァルト協奏曲の演奏後、バックステージで誰かに頼まれたのだろうか、なんと彼はジャズを弾き始めた。
「ジャズはよく弾いています。即興といえばモーツァルトの協奏曲にもその要素がありますし。今回の自作カデンツァはコンクールなのでさすがに即興ではないですが。ソロリサイタルに関しては、メトネル(ソナタ1番)には14,15歳頃から興味がありました。自分に深く語りかけてくれる曲です。ラヴェル(夜のガスパール)もですね。指で弾くだけではなく、プログラムの中に"生きている"*という感覚があります。ピアノは11歳の頃から始めました。モーツァルトに興味を持ったのがきっかけです」
と、またピアノに向かい、モーツァルト交響曲第25番第1楽章冒頭のフレーズを弾いてくれた。20歳の頃、文学や美術をやめて音楽に集中するようになったそうだが、その確固としたアイデンティティが音楽にも表れている。
- 表記変更しました。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/