海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第2章 歴史的観点から 4.民間が担ってきた教養としてのピアノ学習

2015/06/19
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第2章:歴史的観点から。
音楽はどう学ばれてきたのか~専門と教養と 1 古代・中世では、音楽を教養として

現在音楽は広く日本全国で学ばれ、親しまれている。音楽の中でも学習者人口最多はピアノであり、今でも習い事ランキング1位、または上位に挙げられることが多い。専門家だけでなく、教養や趣味としてのピアノ学習が普及した証である。戦後これを先導したのは民間であった。

ピアノの普及に伴い、1954年にはヤマハ音楽教室(前身・オルガンの教室)、1956年にカワイ音楽教室、1966年には全日本ピアノ指導者協会(前身・東京音楽研究会)・・・と、ピアノ学習環境が急速に増加し、整備されていった。また教材・教則本研究も進み、バイエルの他、フランスのメトードローズ、アメリカのバスティン・メソード、日本のmiyoshiメソードなど、開発者の個性や特徴を生かした教材が普及した。また海外からの演奏家・指導者の来日増加、国内外コンクールの増加など、いずれも日本のピアノ業界拡大普及に果たした役割は大きい。

その中でピティナの活動は独特で、中長期的に指導環境や学習環境を整えることで、自ら指導力研鑽や演奏水準の向上に繋がるように導いた。このような学習環境整備は、どのように一人一人の指導者・学習者の内なる力を引き出してきたのだろうか。

指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
セルフ自己啓発の時代

ピティナは当初邦人作品普及のために設立されたが、日本全国のピアノ指導力研鑽をめざし、1977年にピティナ・ピアノコンペティションを設立した。また指導者賞授与、指導者検定やセミナー開催、指導者海外研鑽ツアーの実施等を通して、指導者が自ら自己啓発する機会を増やしていった。指導者の全国ネットワークも着実に拡大し、支部活動による地域連携も増えたが、1990年代頃まではまだお互いに繋がりあっている感覚は薄く、「セルフ自己啓発の時代」であった。

コミュニティ協同啓発時代

1997年から始まったピアノステップ実施のためのステップ・ステーション設立は、ピアノ指導者にとって新たな章の始まりであった。都市単位の緻密なネットワークが構築され、地元指導者がお互いに協働し、学びあう場が増えたピティナ・コミュニティ。そしてステップ実施にあたり、ピアノ指導者であるとともに、演奏者、編曲者、広報・企画者、運営者・・と、何役もの役割をこなすようになった、またIT普及に伴い、地域を超えた同志のコミュニティも生まれている。

継続参加賞発行数

また生涯学習の普及とともに、ピアノにおいても継続学習(※継続参加賞発行数グラフ)が盛んに推奨されるようになる。学習の軌跡と成果を記録に残すことで、自己成長を促すようになった(ステップ・パスポート)。コンクールのような相対評価ではなく、絶対評価が新たな学習動機となったのである。

さらに最近ではソーシャルネットワークの普及により、個人個人がより有機的に交流するようになり、お互いに学び合うだけでなく、支え合う機会も増えたクロスギビング寄付実績。コミュニティの範囲は地元だけでなく、同じ志をもつグループであったり、ともに未来を迎える音楽界であったりと、確実に広まっている。

コミュニティ協同開発時代へ

成長社会から成熟社会へ移行した日本では、これからピアノや音楽を学ぶ人がさらに増えていくだろう。ピアノを専門的に学ぶだけでなく、趣味、特技、または教養として学ぶ人が増えると、指導者に求められる能力や資質も高度化・多様化すると考えられる(2015年度より指導者ライセンス制へ移行)。また今後は地域連携のみならず、多様な分野や領域とのコラボレーションも緩やかに増えていくだろう。今あらためて音楽資源がもつ価値を見直し、社会の中で何ができるのかを考えたい。

学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
参加5回以上の参加者の比率

指導環境に加えて、学習環境の整備が進むと、学び方そのものが変わっていく。たとえば地域コミュニティインフラの整備により、全国各地500か所以上でステップが開催されている現在、継続学習の習慣(※ステップ参加5回以上のグラフ)が定着するようになった。また他県・他地域への参加、楽器・ホール・アドバイザー(2014年は520地区にアドバイザー1769名が派遣)・トークコンサート有無(2014年度は233地区)などによる参加地選択、ご当地シールの収集など、ステージ演奏だけでなく、その周辺要素に対する関心も高まっている。「より自分らしくステージを楽しみたい」という気持ちは、プログラム構成にも現れており、最近ではフリープログラムを選択する参加者が増えている(フリーステップ比率:2005年21.6%→2014年45.0%)。

その背景には、学術情報インフラの拡充がある。たとえばピティナではピアノ曲事典や論文・リポート寄稿、また音楽を含む様々な学術研究が日々公開されるアカデミア・エデュ、様々な分野の授業が無料受講できるカーンアカデミー、大学授業が受講できるコーセラ、等々。いつでもすぐに学術情報にアクセスできると、思考の幅が広がる。「今何が必要で、どんな資源があって、自分の能力でどこまでできるのか」といった問いから、新しい価値観が生み出される。

たとえば公開録音コンサートでは、「今まで弾いたことのない曲を、どのように興味深く聴いてもらえるか」という命題を演奏者各自が考えるようになり、プログラム構成にも様々な工夫がみられるようになった。「まだ録音されていない音源を弾く」という事業方針に加え、公開演奏のアーカイブ化、ピアノ曲情報網羅化というインフラ整備が、それを支えている。

音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか

学習者にとって、かつてステージは限定されたものだった。1990年代までは年1~2回の教室発表会、またはピアノコンクール出場が主な公開演奏の機会であった。しかしピアノ・ステップの誕生により、ステージは全ての人に開かれるようになった。またピアノコンクールも新人登竜門的な意味合いから、継続的な学習機会として活用されることが多くなっ たといえるだろう(※コンペ・ステップ・提携コンクールの参加者数)。ステージはオンライン上にも開かれ、youtubeに演奏動画を公開して、世界中からアクセスが集まることも最近では珍しくない。

さらに、”日常にステージ”という時代が到来しつつある。たとえば個人宅サロンや職場で、家族、ご近所、同僚などを集めたコンサートなど、生活の場がステージに代わることも増えるだろう。そんな時、楽器を演奏する力があれば、いつでもソロやアンサンブルを始められるのだ。まるで古代ギリシアのシュンポシオンや、ロマン派時代のサロンのように。今は、誰もが芸術の創り手になりうる時代なのだ。

INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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