海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を! 第1章:社会的観点から 3.「本質に迫る力」

2015/05/01
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今こそ音楽を【3】本質に迫る力
リベラルアーツしての音楽~知識を知力に

音楽の学び方は幅広い。楽譜を読み解いて音にする力だけでなく、音楽を通して思考力や生きるための力を養うこともできる。それは、リベラルアーツ(教養)としての音楽である。

ここで再び、アメリカの大学事例をご紹介したい。アメリカにおける教養とはエリート主義の残滓ではなく、「知識を備えて独立心を保ち、共感の心を持つ市民を形成するのが教養」(『経済成長がすべてか?―デモクラシーが人文学を必要とする理由』マーサ・C・ヌスバウム著、小沢自然・小野正嗣訳、2013年)という考え方が、今でも教養教育の伝統を支えている。そのため音楽学部開講科目の一部は、専攻生のみならず、教養科目として全学生が受講できる。ハーバードやスタンフォード、MITなどでは1,000~2,000人規模という。


ハーバード大学構内。

たとえばハーバード大学の教養科目には『初日~5つの世界初演(First Nights: Five Musical Premiers)』という授業がある。モンテヴェルディからストラヴィンスキーまでの5作品を取りあげながら、当時の聴衆がどのように「未知の音楽」に出会い、受けとめたのか、当時の評論記事や書簡などの一次資料をもとに考える。

  • モンテヴェルディ「オルフェオ」(1607年・マントヴァ)
  • ヘンデル「メサイア」(1742年・ダブリン)
  • ベートーヴェン交響曲第9番(1824年・ウィーン)
  • ベルリオーズ「幻想交響曲」(1830年・パリ)
  • ストラヴィンスキー「春の祭典」(1913年・パリ)

担当のトーマス・ケリー教授は、学生が"傍観者としてではなく、当事者として音楽に関わること"を目指している。そしてこの授業のために毎年新作を委嘱し、その世界初演を聴いて1年間の授業が締めくくられる。つまり自分たちも「未知の音楽」が生まれる瞬間に立ち会うのだ。作曲家の大胆な発想力や繊細な表現力に驚く人もいるだろうし、芸術とは既成概念を打破し、自分の感覚や知覚を大きく広げてくれると実感した人もいただろう。リハーサル見学や作曲家との質疑応答もあり、鑑賞後はリポートが課せられる。



ハーバード大学構内にあるコンサートホール。

またスタンフォード大学では音楽、映画、絵画、彫刻、文学などあらゆる芸術作品を横断的に見渡しながら、「人はなぜそのように考え、表現したのか」「それが社会にどのような影響を与えたのか」という社会学的・哲学的視点で学ぶ。一例として、2013年に新設された『芸術へのイマージョン』を挙げてみよう。講義だけでなく実践的なプロジェクトも多い授業で、音楽家・アーティスト・学者なども外部講師として登場する(週2回講義&週2回グループワーク・討論)。このカリキュラムで音楽分野を担当する作曲家のジョナサン・バーガー教授は、次のように語る。


「スタンフォードのような研究大学において、芸術の役割は複合的かつ多面的なものです。音楽学科生にとっては、学際的な繋がりの中で、音楽を含むすべての芸術の学びを深めてくれます。また全学部の学生にとっても、芸術は不可欠で不可避なものだと考えています。芸術は曖昧さを受け入れ、創造的に考え、問いかけ、また挑戦することを教えてくれます。学生自身の嗜好や思考の枠を超えるチャレンジでもあります」


スタンフォード大学構内にはロダンの彫刻がある。

2014年冬学期は「厳粛さと軽妙さ」をテーマに、芸術家がいかにパロディや風刺を通して社会問題を世に訴えてきたかを学んだそうだ。資料はシェイクスピア『マクベス』、ストラヴィンスキー作曲・ニジンスキー振付『春の祭典』、マルセル・デュシャン作『泉』、ショスタコーヴィチ交響曲第7番『レニングラード』、ベンジャミン・ブリテン『戦争レクイエム』、ヴィンセント・ミネリ監督『時計』など。作品の本質を見据えながら、なぜその作品が生まれたのか、なぜその手法を用いたのか、どのような社会・時代背景があったのか、芸術と社会にはお互いどんな影響があったのかを、大局的に考えるのである。

学びがある程度進んだところで、学外へのステディツアーも実施している。サンフランシスコでは、『アゴン』(ストラヴィンスキー作曲、バランシン振付)などのバレエを鑑賞。またLAではパブリック・アート(広場、壁画、貧困街など)や美術館見学、LAフィルコンサート鑑賞、地元コメディアンとの対話、大学役員邸宅でのパーティ、などが行われたそうである。

ツアーのテーマは「芸術がコミュニティのアイデンティティにどう貢献しているか」「芸術活動に際して、周囲の建築物や都市政策はどのように影響しているか」等を検証すること。音楽や芸術作品にはどのようなコンテクストが背後にあるのかを、知識と五感を使いながら読み解くのである。まさしくアクティブ・ラーニングである。

リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に

知識として学んだことは、アクティブ・ラーニングを通して知力に変えていくことができる(参考:「感から知に変える音楽の聴き方」)。その最たる例は、パフォーマンスである。アメリカの大学で開講されている音楽科目には理論と演奏実技があり、アンサンブルグループやオーケストラの多くが単位認定されているさらに楽団所属の学生に対する奨学金授与や、個人レッスンの単位化が進んでいる大学もある。

アイビーリーグの一つ、ペンシルべニア大学でもアンサンブル実技は全学生対象に開講されており、単位取得が可能である(吹奏楽、管弦楽団、バロック&リコーダー室内楽団、室内楽団、合唱団、聖歌隊、ジャズ、アラブ・アンサンブル、サンバ・アンサンブル等。オーディションが課される場合もある)。また楽器の個人レッスンは200人以上が受講しているそうだ。さらに音楽主専攻生には特別プログラムがあり、地元フィラデルフィア管弦楽団奏者などが指導にあたることもある。

ピアノなどの楽器個人レッスンは、2008年秋から単位認定されている。かつては課外活動とみなされていたが、パフォーマンスの比重を増やす方針に変更されたそうだ。ペンシルべニア大学マイケル・ケトナー氏によれば「アメリカ独立宣言起草委員の一人で、大学創立者ベンジャミン・フランクリンは、『学校とは思想を生み出すだけでなく、それを実践する場である』と述べています。音楽も理論だけでなく、実践されるべきということではないでしょうか」。


カリフォルニア大学のバロック・アンサンブル。

また全米最大規模のリベラルアーツ・カレッジであるカリフォルニア大学(以下バークレー校)でも、アンサンブル実技のクラスが全学生対象に開講されている。こちらは現代音楽即興アンサンブル、ゴスペル合唱、ジャワ・ガムラン、アフリカ系音楽アンサンブル等も含まれ、国際色豊かだ。民族音楽学の教鞭をとるボニー・ウェイド教授は、「楽器を演奏することによって、音楽に深く入り込むことができます。ですから、音楽を通じて自分の国や他の国を知ることにもなります」という。

まさにパフォーマンスは身体知であり、それが単位として評価されているのだ。


問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング

現在日本の教育現場でも、全科目においてアクティブ・ラーニングが模索され始めている。こちらは文部科学省による定義である。

「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である」


("Learning Pyramid, National Training Laboratories ※networklessons.comより引用)

実際に学んだことを相手に教えたり、実践したり、討論することによって、学びが内在化・深化する。右図はその「学習定着率」を段階的に示したものである。(数字はあくまで便宜的なものだが、講義の受講や読書が5-10%に対して、グループ・ディスカッションで50%、実習・実践で75%、他者への指導で90%となっている)

音楽や芸術には人間の生き様が現れている。時代によって表現様式が違っても、人間の本質や物事の真理はほとんど変わらないのではないだろうか。たとえば、美しい、愛しいと感じる心、故郷を想う気持ち、喜びや苦難、自然に対する畏敬など、時代を経ても変わらない。過去の作品からそれを学び、自分の身体を使って表してみると、表現にはどのような思いや意図があるのか、表現方法がいかに多様か、などが分かってくる。

なお、今週開催されるラ・フォル・ジュルネでは、“恋、いのち、祈り”の3つの切り口で「パシオン(Passion)」が奏でられる。作曲家や演奏家によって表現が異なるので、聴き比べてみるのも面白いだろう参考:ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』2015LFJ丸の内エリアコンサート

過去の智慧を学び、現在にあてはめて考え、未来に生かすこと、それがリベラルアーツ(教養)の意義である。ピアノなどの楽器や歌は、知識を知力に変えるためのアクティブ・ラーニングといってもいいだろう。

  • ※タイトルを一部変更しました。
◎お知らせ今年7月にアルテスパブリッシング社より、2012年度連載「アメリカの大学にはなぜ音楽学科があるのか」を再取材・構成した本が刊行予定です。どうぞお楽しみに!
INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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