今こそ音楽を! 第1章:社会的観点から 2.「文脈を読み解く力、創る力」
21世紀は答えがない時代と言われる。日々、あまりにも多様な情報に接しているからかもしれない。情報が断片化された"点"のまま、読み流されてしまうことも多い。しかし点と点を追っていくと、一本の"線"が見えてくることがある。その繋がりが見出せると、その"線"が何を意味しているのかを推測できるようになり、自分なりに価値判断ができるようになる。これは文脈を発見するプロセスに似ている。
楽曲解釈でも、文章読解と同じことがいえる。音楽は時間芸術であり、そこには時間とともに展開される文脈がある。どんな性格の曲なのか、全体はどんな構造なのか、主題はどう展開するのか、調性はどう変化しているのか、ハーモニーはどう進行しているのか、フレーズはどう連なりどこへ収束するのか、どこが頂点か、そこからどんな文脈が導き出されるのか、音色はどう響かせるか、作曲家が影響を受けた音楽・芸術作品は何か、当時の時代背景や楽器はどうか、等々から、曲の文脈を深く読み解いていくことができる。すると音一つにしても、それが全体の中でどのような意味を持つのかによって、音量、音質、色彩、音の深さ、柔かさや鋭さ、方向性などが変わってくる。
国際コンクールでは、このような曲全体を見る力、それを踏まえて楽想を膨らませる力が大変重視されている。(参考:2010年ショパン国際コンクール)さらに最近はフリープログラムが増えているが、曲の選択と配置によって新しい視点や解釈を提案したり、無名の曲に芸術的価値を見出したり、テーマに沿った選曲で自分なりの文脈を創ることもできる。ピアニストの見識の広さと力量によって、いかようにも世界を広げていける(参考:2013年ヴァン・クライバーン国際コンクール)。
調性音楽はバロック・古典・ロマン派・近現代と大きく四期に分けられ、その約300年の間に時代様式・楽曲形式・楽器構造などが大きく変遷しており、これを体系的に学ぶことによって歴史的大局観が得られる。また、一人の作曲家あるいは複数の作曲家を比較考察すること、たとえばバッハの平均律で描かれる24全調の壮大な世界観や、ベートーヴェンのピアノソナタに垣間見える熟考の推移などは、多くのことを示唆してくれる。
音楽の時代様式や楽曲形式などの体系的な理解が進むと、「この場合はこう考えればいい」といった方法論が身につき、さらに「この楽節はこう展開するだろう」「あの曲にも応用できそうだ」といった推察力や応用力が備わってくる。
これに着目したカリキュラムを実施しているのが、MITマサチューセッツ工科大学である。現在約2,000名が教養科目として音楽科目を選択し、そのうち約200名が音楽に比重を置いた“音楽専修”である。彼らの多くは他学科主専攻だが(機械工学、数学、コンピュータ・サイエンスなど)、歌、楽器演奏、室内楽といったパフォーマンスへの関心が高く、実際に得意であることも多いそうだ。
現在音楽専修生のアドバイザーをしているエミリー・ポロック音楽学科教授は西洋音楽史入門クラス担当で、毎週講堂での講義90分+小グループセッション60分の二本立てで進められる。1学期で3本の小論文(1500~2400 words)が課され、学期末に試験が行われる。
「オペラであれば舞台演出が時代によってどう変遷してきたのか、交響曲であればその楽曲が時代によってどのように聴取されたのかなど、楽曲の時代背景とその意味を理解してもらうようにしています。また伝統的な音楽様式や楽曲形式といった抽象的な概念も扱います。音楽経験の少ない学生には、音楽がどのように感情・イメージ・事象・記憶を伝えているかを話し、それを彼らなりにストーリーテリングに生かしてもらいます」。
テクストのある歌曲・歌劇や、ストーリー性のある標題音楽を取り上げることが多いそうだが、フーガやソナタ形式等の抽象的な音楽にもテンションやコントラストがあり、それが全体としてストーリーを成していることを理解してもらうという。
ちなみにMIT構内では、廊下を歩いているとどこからともなくピアノやヴァイオリンの音が聴こえてくる。正門前ではアンサンブルグループが集まって演奏を始め、学生たちは耳を傾けながら笑顔で通り過ぎていく、という光景も目にする。一瞬音楽学校かと勘違いするほどであった。
MITに限らず、アメリカの総合大学には音楽学科や音楽学校があり、音楽専攻生だけでなく、他学科生も教養科目として履修することができる。その数なんと、一大学あたり数百~数千人規模!中には音楽を全く弾いたことも、聴いたこともないという初心者もいる。それでも音楽に興味を持って履修する学生が後を絶たないそうだ。音楽そのものの魅力に加え、こうして他分野に応用できるアプローチも採られている。
日本でも、音楽や芸術で培われる力が注目されてきている。「美術や音楽で培われるものは、その分野だけでなく、そこで培われた物の見方や考え方、処理の様式や問題解決の戦略は、他にも転移や汎化する可能性がある。対象や領域を越えて精神機能が育つということを共通認識とすべき」(国立教育政策研究所「教育課程の編成に関する基礎的研究」)。
まさに音楽や芸術は、普遍的な教養体系なのである。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
「文章が全体として一つのメッセージを伝達するためには、一文一文を独立したものと考えず、それぞれが意味的に関連したものとして紡ぎ続ける読み手の努力も不可欠です。意味というものは存在するものではありません、読み手の努力で見出すものなのです。」(石黒圭著『「読む」技術~速読・精読・味読の力をつける』より)