海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

舞台芸術の力 ~FACPリポート(5)すべての人に力を

2014/09/26
舞台芸術の力をすべての人に ~FACPを通じて
5.実演芸術で、すべての人に力を
リストを演奏する後藤正孝さん

バーチャルの世界は、未来の世界を支配するだろうか?人間の本質は変わらないとすれば、バーチャルの世界が増えれば増えるほど、その反動でリアルな世界を渇望するだろう。それも、より深く濃く。では未来の世界において、パフォーミングアーツはどのような役割を果たして行くのだろうか。

自分が主体になり、身体と声で表現すること
マローン氏の指揮でハレルヤを歌う昭和音大生の皆さん。

今回基調講演をしたギャレス・マローン氏は、合唱をするとお互いに心拍数が同調してくることを証明したスウェーデンの調査結果を紹介した。同じ言葉を、同じリズムで、同じメロディで発することは、ゆるやかに人と人のつながりを感じさせる。基調講演の後半、マローン氏は「じゃあ、今度は皆さんの番ですよ。会場の前方に来てください、一緒に歌いましょう!」と会場の参加者全員に呼びかけた。手や肩を動かして身体をリラックスさせた後、「スタンド・バイ・ミー」歌を合唱。やっぱり、気持ちいいものですね!

韓国の弦楽アンサンブル
二胡と琵琶の演奏

AGA公演*ではアジア各国代表の若手アーティストによるパフォーマンスが披露された。日本からは後藤正孝さんがリスト『ノルマの回想』を披露。後藤さんは2011年度リスト国際ピアノコンクールで優勝したが、その1か月前に起きた東日本大震災被災者の方へ思いを馳せながら、日本人ピアニストとして存在感を見せ、「サムライ」と呼ばれたことが思い出される。続いて韓国(弦楽アンサンブル)、カンボジア(オペラ)、台湾(アカペラ)が西洋音楽を、中国(二胡、琵琶、琴)、フィリピン(舞踊・演劇)、インドネシア(舞踊)が伝統音楽・舞踊を披露した。やはり、生の音楽や動きは直感的に訴えかけてくるものがある。また各国が西洋文化をどう受容し、あるいは自国文化を育て、さらに融合させていったのか、興味深く拝見した。
*AGA: Asian Gems in the Arts Performance

声なき声の表現法として
社会派のフィリピンの演劇(舞踊)。

マローン氏は前述した『軍人の妻たち』シリーズで、自身の胸の内を明かすことのできない彼女たちの境遇を察し、合唱を通して「声を与えること」「チャレンジすること」を教えた。英国の軍人には保守的な精神性が残っており、人前で悩みや泣き言を言うことを許されない風潮があるそうだ。その配偶者である彼女たちもやはり、一人一人が孤立している状態だったが、歌を通して自分を開放していった。彼女たちのために書かれた曲『あなたがどこにいようとも』(エリザベス女王即位60周年記念式典公式ソング)は、彼女たちが戦地の夫や恋人に宛てた手紙が歌詞になっているそうだ。Voice of the voicelessである。

もう一例として、フィリピンでは宗教儀式として始まった演劇が、アメリカの占領下時代に社会体制に対して意見を述べる手段になったそうだ。その歴史を踏まえてフィリピン教育演劇協会(PETA*)が1967年に設立された。創設メンバーであるマルー・ヤコブさんは、漁師25名を集めたクリエイティブ・ライティングのワークショップを担当した。仲間が仕事中に遭遇した悲劇を伝えるべく、身体や声を使いながら、ジェスチャー、即興、対話を通してその物語を見事に再現。さらに自分たちは社会に対して何をすべきか、何ができるかというメッセージも織り込んだという。マルーさんは、一般の人々が素晴らしい創造力や賢明さを持っていること、またパフォーミングアーツが社会に訴えかける力、社会を変革させる力を持つことを確信したそうだ。

パフォーミングアーツの真価とは
インドネシアの創作オペラ

パフォーミングアーツは直感的に語りかけられ、対話ができ、自分自身も体験することができる芸術である。自分たちが主体になって関わることで、自分の内面から大きく変容するきっかけになる。さらに自分と内なる自分、自分と周囲の人々、自分と社会といった、自分を取り巻く世界との関係を再構築する力も秘めている。

今回AGA公演で拝見したジャワ創作オペラ(インドネシア)は、自然との対話でもあり、人との対話でもあった。男性1人と女性3人が自然の風の多様な動きを身体と声で表現していたが、拍もリズムもメロディもない中、個々が躍動的に動きながら、全体が見事に調和していた。最初の呼吸を合わせ、あとは相手の声や動きをよく聴くのだそうだ(舞踊家・振付師ファジャール・サトゥリアディさん)。

「自分の中に相手を見て、相手の中に自分を見ること」―まさに芸術の本質に触れる一言だった。

次回FACPは2015年8月に韓国で開催される。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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