海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

舞台芸術の力 ~FACPリポート(1)西洋文化の受容から、新たな共創へ

2014/09/26
舞台芸術の力をすべての人に ~FACPを通じて
FACPガバナー一同。

FACP(アジア文化芸術交流促進連盟)は30年以上にわたり、アジア太平洋地域における文化促進をめざし、活動を展開してきた(2011年度リポートはこちら)。今回は9月12~13日の2日間にわたり、日本では19年ぶりとなる川崎大会が開催された(会場:昭和音楽大学ユリホール)。また大会に先立ち、11日にはウェルカムディナーが催され、アジア各地からのスピーカーや参加者が一堂に会し、琴や竜笛、獅子舞など和の雰囲気をゆったりと楽しんだ。ここに大会の各講演やパネルディスカッションの一部をリポートする。パフォーミングアーツ(舞台芸術)の現在と将来を考えるきっかけとなれば幸いである。

1.西洋文化の受容から、新たな共創へ
西洋文化の習得と実践を極める
琴の音色でお出迎え。 鏡割りでウェルカムパーティがスタート。川崎市長やFACP会長の挨拶なども。

日本に西洋音楽が輸入されて1世紀以上、ピアノ教育が広まったのはこの半世紀ほどである。西洋文化がアジアにおいて一つの文化活動として根付いた証に、近年国際コンクールにおけるアジア勢の活躍などがある。器楽だけでなく、オペラの世界も同じようだ。マルコ・ガンディーニ氏によれば、韓国から優秀な若手オペラ歌手が多数生まれていること、中国では過去10年でオペラが飛躍的に発展したこと、また日本でも優れたオペラ劇場が建てられているなど、各国独自にオペラ文化が定着していることが報告された。

KBS交響楽団会長イングン・パク氏によれば、韓国では才能ある若手が海外留学後に母国で演奏・指導活動をしたり、国際オーケストラフェスティバルを開催したり、大学に指揮科を設置してコミュニケーション学にも注力するなど、様々な方面での努力を重ねているそうだ。その成果が実り、クラシックコンサート聴衆数は過去5年で1.2倍に増加(2009年65万人→2013年80万人@ソウルアーツセンター)。国際コンクールでも多くの才能ある若手音楽家が頭角を現しており、この分野に力を入れていることが分かる。

また台湾では国の方針として小5は年1回のクラシック音楽鑑賞、小6は伝統芸能鑑賞など、芸術鑑賞を学校教育の中に組み込んでいるそうである。文化省による芸術文化啓蒙も進み、過去5年の舞台芸術興行入場者数は1.6倍増(2008年1.3億人→2012年2.3億人)である。台湾フィル事務局長ジョイス・チョウさんによれば、1945年まで続いた日本占領下の時代に、クラシック音楽を知的に鑑賞する機会を得たという。そして現在では音楽力が高まり、欧州とのオペラ共同制作や、国内歌手による自主公演も増えているそうだ。今回AGA公演ではボイス・パフォーマンスグループが安定した歌唱力で多彩なジャンルの曲を披露し、高度な音楽教育がなされていることが伺えた。

西洋芸術は今や世界各国で実演されている。これだけ広く継承されたのは、その文化が体系的に発展し、楽譜や音源によって伝達されたからだろう。どの国の人でも、どんな作品も再現できるほど技術は伝達された。あとは創造の精神にどれだけ近づけるか、これは個人の感性、精神、経験、研究などにも委ねられる。

西洋文化の習得と再創造を試みる
台湾のオーカイ・シンガーズ。

なぜ他者の文化をこれほど真剣に学ぶのだろうか?一つには他者の文化を取り入れることで、自分を高めるだけでなく、自分を顧みるきっかけになるからだろう。自己を強く持つほど、他者から取り入れた要素を生かして再創造する動機が生まれる。インドネシアと中国の事例を挙げたい。

中国はラン・ラン、ユジャ・ワン等を輩出し、ピアノ大国であることは周知の通りであるが、自国の芸術文化振興にも力を入れている。中国国際文化協会(CICA)が中心となり、中国文化に関する書籍を出版して海外美術館で企画展を行ったり、文化を紹介するボランティアを育てたり、また海外とのパートナーシップにも意欲的だ。100以上の芸術団体が40か国以上の国で公演を行うほか、多くの海外アーティストを中国に招聘している。中国人作曲家による作品創作も積極的に進められ、上海春の音楽祭では毎年新しい芸術作品を発表しているそうである。

またインドネシアの伝統楽器ガムランは、ドビュッシーが魅了されただけでなく、近年では世界中からガムラン留学者が増えているそうだ。また欧米の大学楽器博物館の多くに、ガムランが展示され教育もされている。世界中で公演を行っているガムラン演奏家・作曲家ブラシウス・スボノ氏は「ただ各国の文化と融合するだけではなく、ともに高度な文化を創造していきたい」と力強く語った。

他者の資源(広く普及した西洋音楽やその作曲技法)と自分の資源(その地域にある楽器や芸術的才能)を融合させ、新しい音楽的文脈を創り出す。その試みから、新たなアイデンティティが生み出されていくだろう。

西洋音楽の習得と対話が始まる国
カンボジアのシララット・シソワット王子。 国家文化戦略についてのスピーチにて。

一方、西洋芸術受容の歴史が浅い国もある。カンボジアは国立オーケストラこそないが、シアヌーク前国王が作曲をしたり、現国王はバレエダンサー・教師でもあり、パフォーミングアーツに対する情熱と理解は深いという(Prince Sirirath Sisowath)。最近では海外留学生も増え、モスクワ留学経験をもつ国内初のオペラ歌手も誕生している。

またタイでは1982年にバンコク交響楽団が創設された。当初から米国式の民間ファンドレイジングで運営し(毎年約2億円)、プログラムにはポップスやミュージカルも交えたり、野外無料コンサートや青少年教育プログラムを取り入れるなど多様に展開しているそうだ。人口も多く経済成長も進み、欧米留学を終えて帰国する若手音楽家も増えた今、新しい時代にあった方法で音楽が広まっていく潜在力を感じる。

西洋音楽はすでにユニバーサルな文化資源といえるほど世界中で学ばれているが、アジア各地にある伝統芸術もユニバーサルになる日がくるだろうか。それにはまず対話である。参考例として、英国フィルハーモニア管弦楽団の映像をご紹介したい。これはヴァイオリン奏者とタールシェーナイ奏者(インドの弓楽器)が、それぞれ楽器の奏法や表現方法の可能性を紹介した後、アンサンブルをしたり、楽器を交換して弾く試みもあって面白い。

今後の日本の展開は
日本のブランド力とは?を改めて考える機会に。

NHK交響楽団は2013年度ヨーロッパ公演において、ザルツブルグ音楽祭委嘱による細川俊夫の作品『嘆きの唄(独:KLAGE)』を、武満徹『ノベンバーステップ』とともに演奏した。日向英実氏(NHK交響楽団理事長)は、「本質的な部分でアジアや日本的なテイストとは何かがこれからの課題。過去の遺産の再表現にとどまらず、今に生きる普遍的な表現方法として、世界の多くの人々が共感するような作品を日本やアジアから生み出す努力が必要」と考える。

では「日本というブランドは何か?」。経済産業省の村上敬亮氏は、ソニーの1980年代CM(湖のほとりでウォークマンをうっとり聴く猿)を例に挙げながら、人は商品を性能ではなく、それを取り巻くライフスタイルを買うのだというブランドの本質を見据えた上で、自分で創ったものに自信を持って値をつけること、そこから確固としたブランド価値が生まれるとした。さらに鹿鳴館を例に挙げながら、「明治時代の方が強烈に外から問いかけ、日本のアイデンティティを積極的に探していたのではないだろうか?経済活動もこの原点に戻るべき」と述べた。

西洋文化を受け入れ、さらに咀嚼して再発信し、ともに新しい音楽文脈を創っていくこと。今ベクトルの方向性はそのように変わってきている。また昨今では洋の東西を問わず、個としての発信が重視されるようになった。個の時代には年齢や国籍に関係なく、芸術との向き合い方や考え方がアイデンティティになる。日本のピアノ界・音楽業界にも、優れた才能や豊富な知識をもつ方々が多くいる。西洋芸術を自分のアイデンティティの柱としながら、その中にしっかり自分軸をもって、受容し、発信し、継承していくこと。その意識がとても大事だとあらためて感じた。

たとえばピティナで言えば、自己啓発を促すピアノ指導者ネットワーク(ピティナ・コミュニティingプログラム)、継続的な学習意欲を引き出すシステム(ステップコンクール参加パスポート)など、音楽を継続的に学ぶための工夫が豊富にある。またコンクール課題曲から、優れた日本人作品もたくさん生まれている*。これも西洋文化を受容したからこそ生まれた、一つのアイデンティティといえるだろう。

(写真撮影協力:三浦興一)


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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