海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

グローバルネットワーク校の地域色生かした教育~ウィーン校では音楽を

2014/04/25

ウィーンのアマデウス音楽学校(寮制)。元は産婦人科病院。この土地一帯に敷地を広げ、学校と学生寮を増やしていく予定。

今世界では、若い才能をグローバル・ネットワークの力で育てようという機運が高まっている。個々の大学・学校間の人材交流や資源共有などを行うパートナーシップやコンソーシアムも進んでいるが、最近はそれだけにとどまらず、グローバル・ネットワーク構想の中から学校や学位が生まれている。

その一例が「ノーベル・エデュケーション・ネットワーク(Nobel Education Network)」だ。全世界で7校が展開され、各国共通教育プログラムを実施しながら、その国の特徴や地域特性を生かした専門教育も同時に行っている。たとえばベルリン校は「アート」、イスラエル校は「歴史」、イスタンブール校は「国際関係」、マスカット校は「サステナビリティ(エネルギー研究等)」、ポルトガル校は「発見(数学・科学等)」、ホー・チ・ミン校は「ヨーロッパ研究」など、各専攻分野にちなんだ校名がつけられている。そしてウィーンは「音楽」で、アマデウス音楽学校(Amadeus International School Vienna)と呼ばれている。

ウィーンでは音楽専門教育を

自作品やショパン、ハイドンなどを披露してくれた児島響君。 現在パウル・グルダ先生に師事している。

ダニエル君×伴奏ピアニストのラインハルト・ショーベスベルガー氏(Mr.Reinhard Schobesberger)。ここで生徒のリサイタルや室内楽コンサート、ゲストアーティストによるマスタークラスなども行われる。

人文学クラスでディスカッション中。校内はWifi完備、全員にimacが支給される。

今回ウィーン市内の閑静な住宅地にあるアマデウス音楽学校を訪ねた。2012年9月に創設されたばかりで、現在学生は1年生~13年生までの51名だが、22か国出身とグローバル社会の縮図のよう。そしてこの中には才能豊かな音楽家の卵もいる。たとえばダニエル・ロザコヴィッチ君(Daniel Lozakovitj, 11歳)は2014年度メニューイン国際コンクールジュニア部門で2位入賞を果たしたばかり。その演奏には自然な音楽性と意志の強さがうかがえる。また特級グランプリのコンサートにも来場してくれた児島響君(Hibiki Kojima, 12歳)は、同校でパウル・グルダ先生にピアノと作曲を学んでおり、大好きな国エジプトにちなんだ『エジプト組曲』を書いている最中だそうだ。ピアノ演奏も内から湧き出るような創造力と詩情があり、将来を期待させる。

彼らが音楽を勉強するのは放課後15時からで、それまでは通常の小中高生のように英語・数学・社会などを勉強している。ここは国際バカロレア※を取得できる学校とされ、同機構が規定するカリキュラムにもとづいて授業が行われる。PYP(Primary Years Programme)、MYP(Middle Years Programme)、DP(Diploma Programme)の3課程に分かれており、響君は11~16歳対象のMYP課程に相当する。この課程では"学び方を学ぶ"のが目標で、必修科目としては語学(英語、ドイツ語)、音楽とアート、人文学、数学、科学、テクノロジー、身体教育の8科目が指定されている。


英語の課題をこなす響君。

下欄にはオリジナルのサインを。

授業は少人数グループディスカッションや実践的な課題に取り組むワークショップを採り入れた形式で(PBL、プロジェクト・ベースド・ラーニング)、先生を囲んで輪になり一人一人が挙手して意見を言う場面も多くある。たとえば人文学のクラスでは、「ローマ人は賢明だったのか」というテーマで積極的なディスカッションが繰り広げられていた。国語(英語)の授業では、英国詩人の詩のアナリーゼで、韻の踏み方やその効果などを勉強していた。授業は基本的に全て英語で行われるため、第二外国語としての英語学習時間もある。この日は「物事の連続性・順序(sequences)」を理解して伝える力を養うため、自分の好きな料理の作り方を絵と英文で表現する、という実践的な課題が出ていた。

そして15時からは音楽の時間!各自レッスンを受けたり、練習したり、校内も一段と賑やかになる。ピアノが置いてある教室は、放課後には一斉にレッスン室となる。ピアノはグランド4台を含む全16台で、全てスタインウェイだ。授業は各専攻楽器や声楽の個人レッスン(中学生は60分)のほか、理論、聴音、ソルフェージュ、音楽史、合唱、アレクサンダーテクニックなど。今後は室内楽やオーケストラを増やしていきたいという。


楽友協会ホールでゲネプロを鑑賞

またウィーン市内でのコンサート鑑賞も頻繁に行う(必修の場合も)。筆者も楽友協会ホールで行われたオネゲルのオラトリオ『ダヴィデ王』のゲネプロを一緒に鑑賞させて頂いた。ソプラノのイルディコ・ライモンディ(Ildiko Raimondi)はウィーン国立歌劇場メンバーで、同校教授でもある。

「国際言語である音楽と、国際的教育プログラムである国際バカロレア、我が校では両方の教育を行っています。ウィーンには素晴らしい音楽家や指導者が沢山いますので、生徒に合う先生や活躍の機会を探すのが私の仕事です」と、広報コミュニケーション担当シンシア・ペック=クバチェクさんは言う。


シンシアさんはご主人の仕事の関係で日本に10年間住んだことがあり、日本語もよく話せる優しい雰囲気の方。チェロ奏者でもある。

今年はまだ創設3年目。現在は、音楽専門の子、音楽を少し習った子、音楽に興味がある子など広く受け入れている。いずれは500名、1000名...と増やし、学生増加に応じて選考オーディションを行う予定だという。

10代は人生の基盤ができる時期。どのような世界や人と出会うのか、どのような経験をさせ、どのようなマインドを育てるのか。グローバルリーダー教育の一環として、音楽が本格的に学ばれていることには大きな意味がある。

同校ではグローバル・ネットワーク教育校の特長を生かして、各国の教員や学生の交流、知識・情報・経験・カリキュラム・教材などの共有を積極的に進めていきたいそうだ。来年にかけてはカタール校「イノベーション」、インスブルック校「自然とスポーツ」の創設が予定されている。モットーはグローバルな才能を繋げること("Connecting Global Talents")。グローバル&ローカル双方の特性を生かした才能教育は、これからますます拡大していきそうだ。

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菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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