海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

グランプリにウィーン聴衆との出会いを演出~犬飼和子ヤンコフスキ先生

2014/04/25

音楽家は聴衆によって磨かれ、聴衆は音楽家によって目覚める。
その出会いを演出する人は、また音楽家でもある。
4月7日、梅村知世さん(2010年度)、菅原望さん(2012年度)二人のピティナグランプリよるジョイントコンサートが行われた。
そのコンサートを実現して下さったのは、ウィーン在住の犬飼和子ヤンコフスキー先生(正会員)。「ぜひグランプリの演奏をウィーンの方々に聴いて頂きたい」との想いからだった。

「ぜひウィーンでグランプリのコンサートを!」

会場近くにあるカールスプラッツ

ウィーン音大ピアノ科の建物はコンツェルトハウス(左)と隣り合わせにある。

ウィーン在住の犬飼和子ヤンコフスキー先生(右)。

「ぜひグランプリのコンサートをウィーンで!」。今回二人のグランプリによるコンサートは、ウィーン在住会員の犬飼和子ヤンコフスキー先生の尽力により実現したものである。かつて内田光子さんと同じクラスで勉強していたという犬飼先生は、ウィーン市立音楽院で教えながら室内楽などのステージに立ち、近年はピティナの審査員としてもご活躍。会報やピティナHPの会員・会友リポートコーナーでは、ウィーン音楽教育事情に関するリポートを何度も投稿して下さっている。

ピティナの審査を通してレベルの高さを知っていたのと、グランプリの海外褒賞コンサートの記事を読むうちに、ぜひウィーンでも開催できたら!と思って下さったそうだ。そして昨年8月、母校ウィーン国立音楽大学ピアノ科に隣接するリストザールで行うことを決定し、すぐに予約。ステージをぐるりと囲むように半円形に客席(100席)が並べられており、とても親近感の持てるホールである。なんと宣伝を出して1週間も経たないうちに全席が埋まり、どうやってお客様をお入れしたらいいかしら、と戸惑うほどだったそうだ。

なぜグランプリを招聘したいと思われたのだろうか?犬飼先生は「音楽は聴衆とのコミュニケーションによって育てられると思うのです。あのウィーンフィルさえもウィーンの聴衆からの率直な意見で育ってきた歴史があります。ですから今回グランプリのお二人には、海外の聴衆の前で弾いて、皆さんに聴いて頂きたいと思っていました」。

満席御礼の会場で

壮大なスケールで演奏した菅原望さん。

音楽に多彩な表情をつけていく梅村知世さん


梅村さんの先輩でバリトン歌手の新見隼平さん(右端)は、「本場から遠く離れた日本人でもこんなに素晴らしい演奏ができるのだと、こちらで勉強する日本人として誇りに思いました」。

そして4月7日、梅村知世さん(2010年度)、菅原望さん(2012年度)二人のピティナグランプリよるジョイントコンサートが行われた。

菅原さんはバッハ=ブゾーニ『シャコンヌ』、ワグナー=リスト『イゾルデの愛の死』、ムソルグスキー『展覧会の絵』。どれも重厚感のある曲目だが、ピアノから豊かなディナーミクと多彩な音を引き出しながら表現していく。ブダペストで友人と共に学び成長した5日間を経て、一人でウィーンのステージに立ち向かう覚悟もあってか、以前にも増して音に集中力と内なる感情が投影された。特に『イゾルデの愛の死』は死によって愛が昇華していくさまや、『展覧会の絵』でも情景が目の前に浮かび上がるような表現も。アンコールはショパンのエチュードNo.10-4などをジャズ風にアレンジした迫力満点の曲(菅原さん友人による編曲)!がっちり聴衆の心をつかみ、拍手喝采が贈られた。

2012年度特級審査員を務めたウィーン国立音大教授マーティン・ヒューズ先生もポスターを見て足を運んで下さり、「菅原君は2年前の特級で聴かせて頂きましたが、その時より音も壮大でダイナミックになっていましたね」とその成長を心から称えていた。

梅村さんはタッチの一つ一つに豊かな表情が宿るハイドンのソナタ第47番Hob.XVI:32から始まり、リスト超絶技巧練習曲集第12番『雪かき』、アルベニス『イベリア』(2曲抜粋「エヴォカシオン」、「トゥリアーナ」)。ドイツ作品を重点的に勉強してきた中、このアルベニスは新しい挑戦だったそうだ。そして最後はシューマン『謝肉祭』。各曲のキャラクターを描き分けるべく、時に軽やかに、ユーモラスに、時に繊細に感傷的に、音に表情をつけていく。客席からはブラボー!アンコールはシューマンのトロイメライでしっとり幻想的に締めくくった。終始落ち着いた笑顔で余裕をもって弾く梅村さんには、4年前よりも確実に自信が漲っていた。

終演後のレセプションにて。握手やサインを求められる。

終演後は1階カフェテリアで犬飼先生主催によるレセプションが開かれ、グランプリの二人もウィーンの聴衆と言葉を交わすことができた。聴衆の一人エリザベータさん(写真中央)は「本当に素晴らしかったわ!またぜひウィーンにきて弾いてほしいです」と笑顔で語って下さった。ジャズピアノを嗜む息子さんがベルリン大学にいるので(犬飼先生が6歳から18歳までピアノを指導。現在は大学で物理学専攻)、ベルリンで梅村さんのコンサートがあればぜひご案内下さいね、とも。またサインを求める人も続々。梅村さんはドイツ語にも馴れ、にこやかな笑顔で一人一人と会話を楽しんでいた。「日本とベルリンで勉強している私達を、音楽の都・ウィーンでとてもお客様が温かく迎えてくださり、私達の音楽に耳を傾けてくださり大変嬉しかったです」。二人への激励の言葉は、成長への大きな力になるだろう。

そして犬飼先生も「今日のお客様はほとんどが現地の方でした。お二人とも素晴らしい演奏で、同じ日本人として大変誇りに思いました。またこれからも続けてグランプリの方に弾いて頂きたいと願っています」。そして、またお客さんと親しく交流して頂く場をもちたいわ、と心を込めて語って下さった。

⇒梅村知世さんミニインタビュー:ベルリン留学1年間で変わったことは?


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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