開成中では全員がピアノを弾いている!第1回 創作を兼ねたピアノ指導
ハーバード、イェール、スタンフォード、MIT・・・アメリカの大学には主専攻以外に音楽を学ぶ学生がいる。音楽をリベラルアーツ(教養科目)として学ぶ環境が整っており、ピアノやアンサンブルに励んでいる学生も多い。(参照:『アメリカの大学にはなぜ音楽学科があるのか』)
実は日本の名門校にも授業でピアノを学ぶ学校がある。それはなんと開成中学・高等学校!開成といえば東大合格者数第1位を誇り、日本最高峰の中高一貫校として知られる。その彼らが授業でピアノを弾いているという。今回現役生のお母様でピティナ正会員の熊谷麻里先生のお力添えにより、校長の柳沢幸雄先生、音楽専任の小鮒勝博先生、中学教務委員長の渡辺信幸先生への取材が実現した。開成ではどのような音楽の授業を行っているのだろうか?
全国有数の進学校である開成の生徒が、授業でピアノを弾いている。しかも25年前から!これはあまり知られていない事実ではないだろうか。「世間では開成は進学校だから受験勉強に関係する科目に力を入れているイメージがあるようですが、実際には芸術にも強いです。美術や音楽で東京芸術大学に進学する人もいます」と校長の柳沢幸雄先生は柔らかい笑顔で語る。
実際にどのような授業を行っているのだろうか。今回、音楽専任の小鮒先生に詳しくお話を伺った。
「授業は創作指導も兼ねたピアノ指導です。ですからモーツァルトやベートーヴェンといったレパートリーではなく、コードネームを見て左手で和音が弾ける、アルペジオの伴奏形を自分で考えて弾けることを目的にしています」。
演奏と創作を想定したカリキュラムは、第1回目からユニークだ。
「まず中学1年生の1学期には、最初の3回を使って校歌を教えます。そのうち1回は歌詞の説明で、1番は地理的環境、2番は明治維新後の開成創立に至る歴史、3番は開成の教育理念(「ペンは剣より強し」「質実剛健」)と、開成の生徒としていかに生きるべきかが全て入っています。さらにもう1回を使って校歌の写譜を行います。楽譜の書き方を覚えるのが目的で、事前に音符・休符の書き方、強弱記号、音価などを教えておきます」。
校歌を写譜して記譜法を学び、4回目からは音階や和音の転回形などを学んでいく。テキストは小鮒先生の手作りで(右画像)、中1の1学期で和音の構成要素がおおよそ習得できるようになっている。なかなかハイペースである!
「和音が理解できるようになったところで、『河は呼んでいる』(1学期)、『ドナドナ』(2学期)、ジブリの曲『君をのせて』(3学期)を伴奏付きで演奏させます。初めてピアノに触れる生徒を基準に授業をしているので、演奏レベルは様々です。すらすら弾けてしまう生徒には、2曲目として転調や指の動きが多い『アンパンマン』などを与えています。ピアノを習っていた生徒はそれでも飽き足らないので、別途クラシックの曲や自分の好きな曲を弾かせることもあります」。
中2からいよいよ創作の一歩を踏み出すが、その前の基礎固めとしてバッハのメヌエットを全員必修で学ぶ(1学期)。
「バッハの小フーガの鑑賞をした後、メヌエットに取り組みます。またそれを4/4拍子でジャズ風にアレンジした『ラバーズ・コンチェルト』も、右手でバッハのメロディを弾きながら、コードを見て左手で伴奏をつけて曲を完成させます。さらに2学期にはこれまで教えてきた理論を踏まえて自分で曲を作り、最後のテストでそれを弾いてもらいます。二部形式の曲を書くことが最低条件なのですが、皆それなりの作品を作っていますね。特に小さい頃からピアノを習っている子は、オリジナリティあふれる曲を作ってくることもあります」。
どのような作品が生まれてくるのだろうか、とても興味深い。音楽の授業は週2時間で、楽典を小鮒先生、ピアノを高木誠先生が教え、3年次になると楽器をギターに持ち替えてさらに民族音楽などにも触れていくそうだ。このハイペースな中学3年間の学習成果は、高校でどう生かされるのだろうか?
開成高校でも一般校と同じく、音楽は選択科目となる(音楽・美術・書道・工芸の中から1科目を選択)。音楽を選択した生徒はさらに4つの専門コース(歌唱、ピアノ、ギター、作曲)から1つ選ぶ。 いずれも専門の教員が担当する。
小鮒先生が教えている作曲専門コースは20名ほど履修しているそうだが、さすが中学3年間の積み重ねは半端ではない。テキストには芸大でも使われている『和声―理論と実習』(島岡譲著)を用い、四声体の和声を学んで作曲を行う。毎学期末には作品を発表しなくてはならないため、生徒も必死である。そして1年次最後の授業は「自由と規則、あるいはドビュッシー」で締めくくられる。その心は?
「ドビュッシーは古典的な和声学の基本から勉強し、ローマ大賞を受賞してローマに留学したほど完璧に身につけておきながら、全てぶち壊してあのような和声を作りだしました。たとえば禁則である連続五度をピアノの響きの美しさとして使っています。自由とは最初から何をしてもいいのではなく、ルールや伝統を学んで完全に身につけた上で初めて手に入るもの。これは人間の生き方そのものだということです。」
最後の授業では、人生論にまで結びつくような創造の奥義が明かされる。かつて音楽の授業は鑑賞とコールユーブンゲンのみで、あまり興味が持てないままの生徒も多かったそうだが、今は皆一生懸命取り組んでいるという。試験の平均点もぐんと上がったそうだ。ただ1年間で授業が終わるため、コマ数が限られている現状ではその先に進めないのが目下の悩み。それだけ潜在能力を持った生徒が多く、また小鮒先生の情熱にも限りはない。(高2は高校からの編入生のための授業になる)
- 校歌:昭和10年に創られた校歌。作曲は信時潔で、1000曲ほど書かれた校歌のうち30曲目くらい。
5月の運動会、秋のマラソン大会、卒業式に全校で歌う。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/