ヴァン・クライバーン国際コンクール(24)番外編・Piano Texasマスタークラス
2013/06/18
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ヴァン・クライバーン国際コンクール期間中には、「ピアノ・テキサス マスタークラス&音楽祭(Piano Texas International Masterclass & Festival)」が開催されており、マスタークラスやコンサートの他、審査員や指揮者によるシンポジウムも行われた。マスタークラス対象はヤングアーティストと、アマチュア&指導者の2部門で、一部の審査員が講師を務めていた。ヤングアーティスト部門には今田篤さん(2010ピティナ特級銀賞、2010日本音楽コンクール第2位)が参加していた(参考)。
筆者はコンクール終了後から始まったアマチュア&指導者の部門を見学させて頂き、主宰・講師のタマーシュ・ウンガー先生にお話を伺った。(別日にはアリエ・ヴァルディ先生、ヨゼフ・バノウィッツ先生など、豪華教授陣によるマスタークラスが開催された)
今回全米から集まったのは、ピアノをこよなく愛する34名の皆さん。「ピアノが好きなだけでなく、もうね、"憑りつかれて"るのよ!小さい頃からクリーブランド交響楽団を聴いて育ちました」(左から2人目のナンシー・ハリスさん/イリノイ州出身)、「いやー、私は普通の社会人なんだけど、ピアノが本当に好きでね。これまでパリとベルリンのアマチュア国際コンクールに参加しましたよ」(右端のデヴィッド・ドーラン氏/ミズーリ州出身)。またある方はコンクールのファイナルを聴いて、「若い方は本当に凄いね!」と驚いていらした。
ウンガー先生は「人は本能でクリエイティビティを求めており、その発露先として、皆さんがピアノを選んでくれたことをまず嬉しく思います。ピアノを弾く目的は、作曲家の意図に一歩一歩近づいていくこと、一緒に少しずつ紐解いていきましょう。」と始まった。
この日のマスタークラスはモーツァルトやハイドンなどの古典派作品が多かったが、Trioにおけるピアノの立場、Adagioの意味など、楽語も一つ一つ歴史的背景を説明しとても分かりやすい。特に印象的だったのは、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン(特に初期)はレオポルト・モーツァルト著『ヴァイオリン奏法』に影響を受けており、鍵盤作品のフレージングは弦のボウイングを参考にしている、だからヴァイオリン奏者のようにアップボウ、ダウンボウを意識してフレーズを運ぶこと、という提案。するとやや平板だったフレーズに、豊かで自然な起伏が生まれてきた。
そのほか、モーツァルトやシューベルトの突然の転調がどのように成り立っているのか、各声部や楽節は「フィガロの結婚」などオペラの登場人物を想定して表情豊かに、また緩徐楽章の旋律はアリアのように。また各調性からどのような情感を引き出すのかなど、丁寧に歴史的背景を説明しながらレッスンが続けられた。
ウンガー先生はハンガリー出身、この地で「ピアノ・テキサス」を立ち上げて早30年以上が経つ。日本からの参加者もおり、その名を知っている方も多いかもしれない。今回マスタークラスを初めて拝見したが、とても楽しく明快で、また音楽の奥行きが見えてくる内容だった。ヴァン・クライバーン国際コンクールも毎日見学され、「大変レベルが高かったです」。日本の阪田知樹さんについても、チャレンジ精神旺盛で今後がとても楽しみ、と仰っていた。さてここで、多くの国から学生を受け入れている先生ならではの視点で、異文化を学ぶことについてお伺いした。
「音楽と言語は結びついていますから、日本語を母語とする方にとって、西洋音楽のフレーズを理解するのは大変だと思います。でも一度何かを学ぶと、皆さん素晴らしい速さで習得しますね。海外に勉強に来たら、ただピアノに向かって練習するだけでなく、たとえば美術館に行く、演劇を見に行く、本を読む、映画を見る、シェイクスピアの劇を見るなど、色々やることはあるでしょう。どの文化圏の人でも、異文化を学ぶのは難しいことです。たとえば私が日本の文化を学ぼうとしたら、その歴史を紐解くところから始めなければなりませんよね。文化とは様々な要素が複雑に絡み合っているもので、国民性、歴史、言語、伝統も強く作用しています。
たとえばアメリカの文化といえば皆さんはハリウッド映画を想像するかもしれませんが、決してそれだけではありません。たとえば米国の大学には、全く異なる知性の層があります。1920・30年代には、フィッツジェラルド著『華麗なるギャッツビー』など素晴らしい文学も生まれています。では同じ頃、1920年代・30年代のヨーロッパでは何が起きていたのか、人々が何を考え、どう生きていたのか。音楽とはそこから生まれた産物です。
たとえばチャイコフスキーのピアノ協奏曲はプーシキンやドストエフスキーの著書を知らなければ、あの壮麗な貴族社会の精神性をつかむのはなかなか難しい。貴族はフランス語を話し、ロシア語は召使いが話す言葉だとされていました。こうした背景を勉強する時間を持つとよいでしょう。以前アルフレッド・ブレンデル氏とお仕事をしましたが、彼は世界中の美術館をご存知で、どの場所にどの作品が展示されているのかも明確に覚えていました。彼の家にはおびただしい数の本があります。素晴らしい知性です。」
なお2014年度は「モーツァルト」と「フランス歌曲」がテーマ。歌手はモントリオールから呼び、ピアノ受講生と共演する。ピアノ受講生枠は24名で、ソロの他、フォートワース交響楽団とのコンチェルト共演(選抜)もあるそうだ。要項は今年11月発表予定。ピアノ・テキサス情報はこちらへ!
写真:マスタークラス会場のテキサス・クリスチャン大学キャンパス
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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